第6話

 アリスがコインを指で弾く。

 ソレが地面に着くと同時に俺は口を開き、試験官──エグゼ先生は俺に向けて杖を突き出してきた。


 相手の適性属性元素がわからない以上、自分の中で最も得意とするスタイルで戦闘に臨む必要がある。

 魔術師という肩書きは遠距離戦闘のイメージを持たれがちだが、生憎俺は近接戦闘の方が何倍も得意だ。

 こんな戦い方をしてしまえば不合格を貰うやも知れんが、アリスは普段通りやればいいと言っていた。

 アリスの駒である俺は、従うのみ──。


「主よ、願わくば、我に流るるあかき血を滾らせきらめく豪炎を上げ給え。

 熱きほのおは愚鈍なる輩を焼き焦がし、あかき焔は暗き心をちからって塗り潰さんとす。

 己の命を燃や尽くし、与えられしさだを全うせんとする時、我は主の元へ近付かん。

 雄大なる蓮炎の精霊を今此処ここに顕現せよ。

 ──魔剣《炎舞之剣フレアグラディウス》」


 詠唱を終えると共に俺はエグゼ先生の杖から飛んできた土の塊──《土弾アースショット》へ向けて右手を振り下ろす。

 魔力の流れが早まり手のひらから感じる熱量が高まった瞬間、そこには炎でできた剣が握られていた。

 赤いへんが纏わり付いたソレで寸分違わず《土弾》の中央を捉え、魔剣に魔力を注ぎながら叩き斬る。

 火矢のような燃える軌跡を描きながら真っ二つに割れたソレは飛んでいき、訓練場の壁にぶつかって砕け散った。


 先生が驚きながらも次の魔法を使おうとしているのを見た俺はすぐさま地面を蹴り、彼との距離を縮める。

 下級魔法は無詠唱で使われることが多い為どれを撃ってくるか知れんが、火の魔剣を見たならば普通は水属性な筈。

 相性が悪いのに衝突してはこちらが不利になるし、策を練らずに距離を詰めるのは愚行と言う他無いだろう。


 俺は姿勢を低くして相手の視線を下に向けさせ、魔剣のリーチに入る前に思いきり地面を蹴り飛ばした。

 先生の上を超えるように高く跳び、そのまま殺さないよう彼の腕を狙い叩き下ろす。

 事前に治癒魔法は聖級まで使えることは教えてもらっていたので、手の1本くらいは生やせるだろう。

 無駄に時間を掛けて動きを見破られては叶わんし、この一撃で決める。


 ──と、思っていたのだが。


「んー、やるねぇ、キミ」

「……目、良いな」


 エグゼ先生は余裕そうに俺の姿を捉え、前に体を滑らせて俺の剣を躱した。

 地面に当たった魔剣の反作用に従って体勢をすぐさま整え、彼の双眸を射抜く。

 どこか楽しそうで、しかし困惑もしている複雑な表情が見える。

 魔法学園なのに近接戦闘とはこれ如何に、とでも思われているのだろうか。

 ぐうの音も出ん。


 アクシアも俺のことを見て驚いていたが、アリスはどこか納得したように頷きながら俺たちのことを眺めている。

 過去の文献ではブレイズ王国は戦争で近接戦闘を多用していたと書かれているし、予想できたのかも知れん。

 まぁ、ソレは今どうでもいいが。


「《水弾ウォーターボール》」

「並行魔法生成か。しかも4つかよ……ッ」


 猛スピードで飛んでくる《水弾》を体を捻ったり魔力障壁を張ったりして躱しながら魔剣のリーチに彼を引き込む。

 紅蓮の剣筋が空気を焼き焦がし、眩い光を発しながらエグゼ先生へと向かう。

《土弾》と違って《水弾》は魔剣で受けるとこちらの魔力がごっそり削られるし、距離を詰めるだけで重労働だな。

 闇魔法を使えないってのがこんなにも不便だとは思ってもみなかった。

 クソッ。


 リーチに入って剣を振ってみれば炎が軽く掠るだけで、中々大きなダメージを与えさせてくれない。

 魔術師のクセになんでこんな身体能力まで持ってやがるんだ、この先生。

 しかし戦いは未だ俺有利に進んでいるし、このままジリ貧展開に持っていけば勝つのは俺だろう。

 全属性中最速の光魔法でも使われん限りは近接では俺に分がある。


「速すぎるよ、キミ──《疾風ソニックウィンド》!」

「《無空間ゼロ・マテリアル》」

「なっ──!?」


 咄嗟に風を起こして距離を取ろうとしてきたので、上級土魔法の《無空間》を使って風の媒質である空気を一瞬だけ無くす。

 先生が驚いて魔力の供給を断った瞬間俺は止めていた息を吐き、虚空に向けていた魔力の流れを自分の中へと向けた。

《無空間》が途切れ空気が戻ってくるが、彼の魔力はまだ乱れたまま。

 コレは、いける──。


 生物に宿っている《形式魔力タイプ・マナ》は、ソレが有する生命力とほぼ等しい。

《形式魔力》が身体中隈無く巡る時、普通ならば有り得ないような凄まじい身体能力を手に入れられる。

 人間──俺もソレは例外ではないのだ。


「チェックメイト」

「……ははっ、凄いねシグマくん。入試で僕が負けたのは、アリスくん以外じゃキミが初めてだよ」


 どんな魔法よりも速い赤い軌跡が訓練場を明るく照らした刹那、俺の持つ《炎舞之剣》はエグゼ先生の首に添えられていた。

 コレは殺し合いではないから、彼も俺も全力は出していない。

 だが、それでも、勝ったのは俺だ。

 先生は褒めるように首に炎の刃を突き付けられたまま手を叩いた。


 ゆっくりと立ち上がり《炎舞之剣》を消し去ると、俺は左手をエクゼ先生へ伸ばす。

 彼はソレをしっかりと掴んで立ち上がり、それから満面の笑みで「合格です」と言ってくれた。


「っし──!」

「シグマくんほどの力なら、アリスくんの右腕になりる。ここで沢山学んで、いつか彼女を助けてあげてね」

「はい。期待に応えられるよう頑張ります」


 俺はそう言いながら頷き、彼の目を見る。

 彼は微笑みながらソレを受け取り手を伸ばすと、するりと優しく俺の頭を撫でた。

 彼の手は大きく、温かい。

 しかし訓練の跡が見て取れるような、ほのかな強さも内包する硬さを持っていた。


 そんな彼の微笑みに応えたのか知れんが、俺の口角も僅かに吊り上がっていた。


*  *  *


「合格おめでとうございます、シグマさん」

「ありがとうございます」


 学園からの帰りの馬車。

 相変わらずの美しく可憐な微笑みと共にアリスは祝いの言葉をくれた。

 アクシアは更に俺に対する警戒を高めたのか目つきは鋭かったが、意外なことにこちらからも言葉を頂いた。

 何のつもりか遠回しに聞いてみると、魔法学園に受かるのは簡単ではないからそこは素直に祝いを、ということらしかった。


「ただまぁ、俺だけの力ではきっと合格できませんでしたよ。アリスさんのお陰です」

「エグゼ先生に勝っておいてよくもまぁヌケヌケと言えますね、そんなこと。わたしでさえエグゼ先生とは五分五分なのに」


 ジト目でそう言いながらアリスは俺の足を杖でツンツン突いてくる。

 くすぐったい。


 五分五分の相手に初見の俺が勝ったのに驚き半分悔しさ半分、と言ったところか。

 まぁ恐らくエグゼ先生はちっとも全力を出していないだろうし、あまり参考になる結果ではない気がするがな。

 しかしそんなことを言いながらも彼女の口元には笑みが浮かんでおり、この結果にどこか喜んでいるようにも見えた。


「と言うか、五分五分って……アリスさんはその足で戦えるんですか?」


 アリスはいつも杖を突いて歩いており、椅子から立ち上がるのでさえままならない。

 そんな彼女が戦ってる姿なんてちっとも想像できないのだが。


「ええ、戦えますよ。戦闘という一点にのみ注目するならば、わたしはこの国で最も強いと言っても過言ではありません」


 ──相手を殺しても良いなら、ですが。


 そう彼女は言った。


 いや、怖ぇよ……。

 笑いながら言っていい台詞じゃないだろ。

 アリスの微笑みはどこか冷たく、まるで心が凍りきっているかのように見える。

 人の心情を読むのが苦手な俺にはそう見えるだけで、実際は別にそんなことないのかも知れないが。


「やりますか? まぁ、死ぬのはわたしになるかも知れませんが」

「……冗談はしてください」

「ふふ、そうですね。お戯れが過ぎました。ですが──」


 アリスが突然俺の頬に手を添えてきた。

 相変わらず柔らかくて、温かい。

 しかし、何故か氷柱を突き付けられているように冷たく感じもした。


「わたしは、あなたになら殺されても良いと思っています。これは本当ですよ」

「俺を傍に置いているのがその証拠だ、とでも言うつもりですか」

「ええ。さて、どうしますか?」


 彼女の手は震えていない。

 しかし、その美しい灰色の瞳には確かな覚悟が映っているように見える。

 本当に死ぬ覚悟と共に、俺にこんな下らない話をしてきたのか。


 ……敵わんな。

 俺には命を懸ける覚悟なんてこれっぽっちも無いから、余計にソレがわかる。

 きっと一生を掛けても、俺はずっと彼女を見上げることになるんだろう。


「帰りましょう」

「……はいっ」


 彼女の目尻に薄く浮かぶ涙は、見なかったことにした。

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