第3話 再出発の気持ち


 それから一年半。高校三年の終わりの春。

 夏海は卒業前の高校最後の春休みに、雪菜と徹を灯台まで呼び出した。けれど二人には、ここに呼び出される理由が分かっていた。受験後の進路を、三人はそれぞれ秘密にしていた。各々が予想してはいたものの、確認はしなかった。だから今ここで、答え合わせをしようとしたのだ。


「もー。わざわざ微妙に寒い時期に来なくても、卒業して暖かくなってから来ればいいじゃない! みんなこの町に来るんだし」

「さすがにバレてるよな。それぞれ担任に呼ばれてた」

「あたしはまだマシな方よ? 親戚の叔父さんの店だし」

「夏海と俺はちょっと無理だったけど、まぁなんとかなったよな」

「うん。先生しつこかったね」


 それぞれがそれぞれの理由で、この町に来た。事態が急に動き変わったら、それはそれ。またそこから考えようと、みんな楽観的だった。きっと担任は苦労したと思う。


「じゃ、上に行こう」


 上はまだ、かなり寒かった。制服だから長袖を着ているが、コートは手放せない。


「待って。ホットドリンクがほしい!」

「わかる」

「えっとじゃあ手短に!」


 夏海はくるりと向きを変え、海に背を向けた。親友の二人をまっすぐに見つめて、しっかりと腰を曲げた。


「本当にどうもありがとう。腐れ縁なんて、切ってしまってもよかったけれど、繋ぎ止めてくれて本当に嬉しいです。これからもよろしくお願いします!」


 雪菜と徹は、これだからこの縁を切りたくなかった。この不思議な幼なじみを、しっかりと見ていたい。夏海が選ぶ未来を、見届けたいと強く願った。


 挨拶もそこそこにして、三人は階段を下りる。風邪を引いてしまったら大変だからだ。やっと始められる門出。風邪スタートなどにしたくない。

 その時ふと、本当に何も考えずに降りてきた夏海が階段を見上げると、なにか影を見た。


(え……?)


 人がいるようなゆらめきだった。しかしそんなはずはない。三人しかいなかったのだ。扉を開けたのも、閉めたのも、階段で誰かとすれ違うなんてなかった。上に人が居るわけがない。

 それでもなぜか走った。


「夏海!?」

「どうしたの!?」


 慌てて付いてくる二人を待つことはできなかったけれど、一本道なので視界から消えることはない。閉めたばかりの扉を開けると、目の前いっぱいに海。そして視界の端に、ヒラヒラした赤いもの。学生の制服のような、おしゃれさんのスカーフのようなものだった。一体いつからここにあったのか。


(さっきはあった? 見落としていた?)


「はぁ。どうしたの?」

「なんだそれ? スカーフ?」


 徹が手にとってひろげる。種も仕掛けもない事を確認するように裏表を確認すると、そこには不思議なものがあった。


「徹待って! 夏海、これ……」


 雪菜が見たそこには、



『まっていてくれてありがとう』



 と、そう書かれていた。

 夏海は思わずそれを抱きしめ、何度も何度もメッセージを確認した。泣いて、涙で消してはいけないと、慌てながら自分のハンカチで涙を拭う。


「良かったな、夏海……」


 そう言って夏海の背を擦る徹の表情を、雪菜は忘れないだろう。


「うん。うん……! ありがとう、ありがとうふたりとも! 良かった……わたしここに来れてよかったよぅ!」


 待ち人と再会したら、夏海は間違いなく、笑顔で親友を紹介するだろう。その時の彼らの表情は、晴々としているのだろうか。

 夏海は海ごと灯台を抱きしめるかのように壁にはりついている。喜びを噛みしめているのか、雪菜と徹が少し離れても気づく様子はない。


「夏海が海に囚われているのなら、あたしたちは夏海に囚われているのかもしれないね。

 好きは好きだけど、愛してるでもないし。本当に放っておけないというか、なんだろう。あの子の選択を、見届けなくちゃっていう気持ち、かな」

「わかる、それ。夏海が諦めるのか、忘れるのか、追いかけ続けて叶うのかかなわないのか。いくつもある未来の、どれを掴み取るのか、選ばされているのか、その結果を見たいと思ってるんだ」

「まぁ、アンタには好きも入っているんでしょうけど?」

「おい…………それはっ……」

「言わないわよ。あたしたちは同志じゃん」

「おぅ」

「あたしだって彼氏を作るつもりはないし、作ったとしても夏海を優先させると思う。どっかの漫画のセリフを使うなら、『魂に誓って』ってやつかしら?」

「なんの漫画?」

「何の話してるの?」

「えっと……何だったかな。バトルモノのやつよ……」

「漫画の話。雪菜がタイトルがわからないんだけどさ」


 しみじみと話していた二人の前に夏海がにょきっと顔を出すと、慌てていることを悟らせないように話を逸らす。


 今度はこの街で、三人は同じ目的で動く。誰もがとらわれたまま。海と人と、その心に。


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海とまちあわせ 冴木花霞 @saekikasumi

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