第2話 記憶の中の気持ちと本音


 八月の盆の時期ともなれば午前も午後も暑く、休まる時間がない。ということで三人は日曜の早朝、始発電車で出発した。いくつか乗り換えがあるのだが、始発が一番待ち時間が少ないルートで来れた。

 けれど朝早くに雪菜の叔父さんを起こすのは忍びなく、先に海を見に行くことにした。


 町中から漁港を通り越して灯台に着く。時間はおよそ十五分。灯台は離れ小島のようなところにあり、鉄橋を渡って行くようだ。ちなみに灯台の手前の小島には神社があった。二つの小島は繋がっていないものの、きちんと整備されて小ざっぱりしていた。


「思った以上にキレイなところね」

「それにここは釣りスポットみたいだな。結構人がいる」

「…………」

「あれ? もしかしてここって飛び込んで遊べる感じかしら?」

「地元の小学生か? 随分早起きだな」


 雪菜と徹は保護者のように観察を続けて言いたい放題だ。しかし肝心の夏海はぽうっとしているのか言葉は発さない。二人は夏海の様子を横目に見つつ、そっとしている。なにか思うところがあっても、雪菜と徹では判別できない。


「……ここ……?」

「どうした?」


 ぽそっと呟いて瞬間、夏海は走り出していた。鉄橋を渡り灯台を登る前に麓に立つ。そしてバッと灯台を見上げる。


「ちょっと?」

「!! ここか!? 探してた場所!!」

「えっ!?」


 地元の住民が驚くのもかえりみず、夏海たちは走って灯台を一周する。時間が早すぎて灯台は開放されていない。ここは展望台のようにもなっていて、一般人に無料開放していた。雪菜たちが夏海に追いついたとき、夏海は涙を流していた。


「ひっ……うぅっ……」

「見覚えがあったの?」

「ここで間違いないんだな!?」

「うぅぇん……」


 人目など気にせずに夏海は泣き、雪菜と徹は背をさすり泣かせた。気の済むまで泣けばいい。そう言って落ち着かせ、それでも予定していた昼前には叔父の住む店舗兼住宅に着いた。挨拶もそこそこに、泣き疲れて眠る夏海だけ留守番をし、雪菜と徹は予定通りにバイトに励む。


「ありがとうございました〜!」

「お疲れ。雪菜ちゃん洗い物頼む。徹くんは一旦外閉めてきてくれるかな?」

「はーい!」

「分かりました」


 雪菜の母の弟であるこの叔父は独身で、一人でのんびりラーメン屋を営んでいる。地元のおなじみさんしか来ていないような、ラーメン屋というかぶっちゃけ飲み屋で、ビールやつまみなども出している。何やら他の仕事もしているようで、稼ぎはラーメン屋だけではないし何ならラーメンは道楽のような位置にあると昔ほんのり聞いたことがある。混むのは夜だが、高校生は働かなくていいと言っていた。

 お昼営業を終えて一息つく。お昼ごはんは交代でとれたものの、動き回ったあとに一息つくとなにか甘いものをつまみたくなってきた。


「お疲れー。いやぁ助かったよ。夏休みは実家に帰ってきてるのか、いつもは居ないような若い子たちがたくさん来てね。一人じゃ厳しかったんだ。雪菜ちゃんはともかく、徹くんも慣れてるね」


 叔父は冷蔵庫から炭酸の飲み物を出して二人に渡す。渡してもらったので飲んでいるが、それは商品では? という疑問もついてくる。


「俺も飲食バイトは初めてじゃないですから。それより一人寝ててすみません」


 雪菜は小遣い稼ぎに毎年来ていたようだが、夏海はともかく徹は初めてだ。皿を割らなくてよかったと安心している。

 部屋で寝ている夏海のことを詫びると、叔父はタバコに火をつけて手を振った。


「いやいや、なんか訳アリっぽいしこっちは大丈夫。お盆だけの話だったけど、気の済むまでいていいよ。親御さんへの連絡はお願いね」

「叔父さん相変わらず軽いね。あ、冷蔵庫にお母さんからのお菓子入れといたよ」

「お、ありがとう。まぁ、灯台の麓で暮らしているとさ、ヤバい方向に訳アリの若者とかよく来るんだけど、町のみんなで話とか聞いてさ。悪い話が広まらないようにしてるから変に慣れちゃってるんだよね。君たちは大丈夫だと思うけど」

「あぁ……まぁ……」

「あたしたちもあの子もそんなことにはならないわよ。それよりちょっと聞きたいんだけどいい?」

「うん?」


 夏海の事情を話すわけにはいかないので、雪菜はちょっと気になっていたことを聞くことにした。


「この灯台に、なにか伝説とか言い伝えとか残ってない? 誰かを待っているとか、待ったまま死んじゃったとか」

「……雪菜」

「寝てるあの子に関係すること?」

「それは秘密」


 秘密と言ってる時点で、もうバレてる気もするがそこを話すつもりはない。灯台で見せた夏海の行動と涙が、どうにも雪菜には引っかかりがあった。

 思った以上に深刻なことだったのだ。


 雪菜と夏海と徹は幼稚園からの幼馴染。それでも雪菜がこの話を聞いたのは、徹より少し遅い小学六年の頃だ。


『わたしね、前世の記憶があるの』


 こう言われた時点で、雪菜は夏海を不思議ちゃんと認定した。しかしあまりにも真面目に言ってきたため、本当にその時が来るまでは話の半分だけ信じようと思った。

 しかし続きを聞いて、ん? と疑問を持った。前世の記憶というが、明確な記述はなかったのだ。


『海が見えて、灯台みたいな展望台があって、下は崖で。わたしはどうしても別れたくなかったんだけど、その人はどうしても行かなくちゃいけなかったの。必死に止めたんだけど、その人はわたしに“ 生まれ変わったら迎えに来るから。必ずわたしを見つけるから待っていてほしい ”そう言ってどこかへ行ってしまったの。

 だからとなりにある神社で“ 帰ってきてほしい ”って、ずっとお祈りしてたの』 


 この話をきいて、幼稚園に入る前、親戚もしくは仲良くしてた誰かと約束をして、それが頭にあったのだろう。そう思っていた。あまりにもおかしなことだと思ったからだ。

 前世というわりに、あまりにも近い。灯台みたいな展望台など、出来てせいぜい百年。場所によっては戦争の被害もあるだろうから、もっと短いかもしれない。夏海本人には言えないが、雪菜にはどうしても作り話か絵本の物語に聞こえていた。


 けれどどうだろう。実際の夏海の行動は雪菜の想像以上だった。言葉を発することなく頭の中の情景と重ねていたのかもしれない。記憶と現実を照らし合わせるかのように足を進め、迷うことなく灯台へ向かい一周した。流したのは歓喜の涙なのか、それとも別れを思い出していたのだろうか。


「そうだなぁ、子どもが噂する都市伝説みたいなのだと、恋人と別れ話をするけれど、結局揃って心中したとかだったかなぁ?」


 昔のことを思い出していた雪菜の耳に、とても不穏な叔父の声が届く。ふたりとも死んでしまったのなら前世というのもあながち間違ってはいなさそうだ。


「他になにか知りませんか? 待ち人の話とか?」

「……なんだろうなぁ、俺が思ってる以上にややこしそうだから、隣の小島の神社へ行くといいよ。おしゃべりなおばちゃんか、まじめなおっちゃんに話を聞けるよ」


 説明を面倒に思ったのか、関わりたくないと思ったのか、叔父は話を切り上げて夜の仕込みに入っていった。バイトを終えてしまった二人は、この話を夏海にもするか、それとも先に神社へ確認に行くか迷っていた。けれどその迷いはあっさり打ち止められた。


「雪菜も徹も、気になるなら聞いていいよ? わたしは聞かないから。お昼サボっちゃった分、掃除とかしてるね」


 普段と何も変わらない夏海がそのままのテンションで後ろにいた。いったいいつからそこにいて話を聞いていたのだろうか。厨房に立つ叔父に断って店内や外を掃き、不足品の補充を始めた。


「……徹、どうする?」

「俺、聞いてくるよ。雪菜は?」

「……あたしは……」


 雪菜の迷いを見透かすように、徹は雪菜の背をポンと押した。


「大丈夫だ。きっと夏海も分かってたよ。俺たちが半信半疑だったってことくらい。俺もちゃんと話して、詫びるつもりだ」


 じゃあなと、徹は外に出ていく。おそらく徹は神社に行きつつ頭の中を整理するつもりだろう。それは雪菜にも必要なことで、夏海はきっと整理が終わるのを待っていてくれる。

 雪菜は自分の頭と心を整理するため、しばらくカウンターに座ってぼーっとし続けた。厨房にいる叔父も、丁寧に掃除する夏海も、何も言わずにいてくれる。それがとても有難かった。


「雪菜ちゃん、俺先に銭湯行ってくるから、徹くん帰ってきたら三人も行ってね! ラーメン屋から来ましたって言えば、アイスかコーヒー牛乳もらえるから! 鍵よろしく!」


 空の色が優しくなり始めた頃、叔父は洗面器を持って下駄をカラコロと鳴らしていなくなった。銭湯? と二人が顔を見合わせて、二人でぷっと笑い合う。


「そういえば夏海お腹すいてないの? 何も食べてないじゃない?」

「うーん、そうなんだけど、泣いて寝てただけだから、あんまりお腹すいたって気がしてない」

「それ夏バテの開始かもよ」

「お風呂入ってからいっぱい食べようかな」


 時間も時間だし。そう言って二人は銭湯へ行く準備をしつつ徹の帰りを待った。話をするなら、三人揃ってからのほうがいいと思ったからだ。

 そう決めてすぐ、徹が帰ってきた。お風呂の準備をさせて、三人仲良く歩く。銭湯の場所はなんとなくだったけれど、細長い煙突を頼りに歩いた。迷ったら誰かに聞こう。


「で、どうだった? 神社の話聞けた?」

「いやー、おっちゃんとおばちゃんが二人そろってたんだけど、おばちゃんが話を逸らすし、おっちゃんは軌道修正ヘタだしで大変だった。神社で遊んでる子どもたちのほうが分かりやすかったわ」


 いわく、灯台で恋人が別れたのは本当の話のようだった。ただ明治時代のことで文献などはないので、当時の噂話と口伝によって伝えられる話だそうだ。

 徹は夏海に聞かせるために、ゆっくりと話した。


「性別は伝わってないみたいで、あくまでも“ 恋人と相手 ”なんだ。いつも仲の良かった二人だが、ある日恋人は別れ話を切り出された。必死に食い下がったけれど、一族の掟やらでどうしても帰らなくちゃならない。だけど、必ずまた戻ってくる。迎えに来るから待っていてほしいと言い残して、相手は去っていった。けれど恋人が死ぬまで、相手は帰ってこなかったそうだ」

「悲恋のおはなしね」

「…………」

「夏海が言っていたのと、話の筋は同じだと思ったよ。俺はお前の話を疑ってた。夏海、悪かった」

「あたしも。作り話とは思っていなかったけど、前世は嘘だと思ってたわ。物心つく前、二・三歳の頃のことだろうって勝手に決めつけてた。ごめんなさい」


 歩きながら話していたけれど、謝罪はきっちりと足を止めて頭を下げた。けれどすぐに、頭上から良いよと声がかかる。


「半信半疑になっていたのは、わたしもなの。二人が謝ることじゃないよ」


 向き合ったまま、夏海は後ろに足を進めた。歌い出すように、軽い感じで。


「名前の由来もよくわからなくて、ただ海が好きだった。頭の中に情景はあったけど、それが本物なのかはわたしにもわからなかった。ほんとはね、もう自信がなくなってて、灯台めぐりやめようかと思ってたんだ」


 けれど、この地に来た。

 疑っていた三人が本物に出会ったから、夏海は自分をもう一度信じようと思えたし、雪菜と徹を信じようと決めた。


「二人は、頭が悪いわたしの頼りだった。十分守ってくれたよ! どうもありがとう!」


 夏海もまた足を止めて頭を下げる。それを見て雪菜と徹は不安に襲われた。そしてそれは的中した。


「もう場所も分かったし、この先は一人でも大丈夫! もう二人をつき合せたくない」

「いやいやこのまま終われねーよ。お前は待ち続けるんだろう!?」

「そうよ。どうせなら最後まで見届けたいわ。勝手に決めないで!」


 必死に食い下がってくれる二人を夏海には突き放せなかった。きっと昔の自分は、突き放されたほうだから。


「ありがとう。雪菜、徹」


 銭湯から帰ってきて、晴々とした三人の表情を見た叔父は、十時から十四時の四時間をバイト時間とした。その前後に軽く食べ、夕方は思う存分灯台で遊べと言ってくれた。夜はもちろん早く寝ること。そのかわり早朝も近隣を散歩してもいいと言ってくれた。話のわかる叔父だ。

 夏海はもちろん雪菜も徹も散歩をしたり、灯台からの景色を楽しんだり海に飛び込んだりして、夏を満喫した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る