海とまちあわせ

冴木花霞

第1話 夏休み前の気持ち

 もり夏海なつみ小田おだ雪菜ゆきな、そして古賀こがとおるの三人は高校まで同じ学校を選んできた仲良し幼馴染だ。男一女ニだが三角関係のような間柄ではなく、むしろ雪菜と徹は夏海を放っておけなかった。夏美がどのような選択をするのか、気になって仕方がなかったのだ。

 森夏海は不思議ちゃんに分類できるような人間だ。理由を知っている雪菜と徹はもちろん、初めて夏海を見てヒトメボレしましたとか言ってる彼にも。


「友だちからでもいいんで、付き合わない?」


 夏海はキョトンとしながら、教室でいきなり話しかけてきた名前も知らない彼にペコっと頭を下げた。


「ごめんなさい」

「え……だめ? 友だちでも?」

「友だちはもういるから大丈夫です! あと、あなた誰ですか?」


 彼は絶句して去っていく。その後ろ姿を見送り、雪菜はハァとため息をついた。


「あれはちょっと気の毒」

「まさかサッカー部のエースの名前も覚えてないとはな」

「え? でも自己紹介されてないよ?」

「隣のクラスだからな。自分が知られてないとは思ってなかっんだろうよ」

「体育も別なのになんで知ってるって思ってるんだろう……」


 その後に続くだろう言葉を、徹は手で止める。聞き耳を立てていそうなクラスメートたちに余計な情報を与えたくはない。


「興味ない子もいるんだってこと、彼は知るべきよね」


 雪菜が小声で呟き、夏海はコクコクと頷いた。大声で喋らなくてよかったと思う反面、わざわざ言わなくてもいいのでは? と思ってしまう。

 夏海は広く友だちと仲良くなりたいタイプではない。深く狭く。クラスメートも挨拶はするけれど、あくまでもクラスメート。連絡先を知らないし、聞くこともしない。夏海にとっては時間の無駄なのだ。


「今年の夏も、海に行くだろ? 日にちだけ合わせとこう」

「うん!」

「そうね。あたしもバイト入れるし」

「雪菜バイトしてるの?」

「ううん。夏休みだけの短期。親戚の叔父さんのやってるラーメン屋」

「夏海、食べに行くぞ!」

「うん! 行く!」

「毎度ありー!」


 笑いあっていたとき、ふいに夏海が雪菜と徹を見てふっと息を吐いた。なんだ? と二人が思っていたとき、口を開く。


「やっぱりわたし、友だちはもういらない。雪菜と徹がいてくれたら、それ以上はいらないわ」


 名を呼ばれてその後の言葉に驚いた。雪菜にしろ徹にしろ、話をする友人は多いほうだ。夏海は極端に少ないが、二人にはそれなりに付き合いがある。


「どうした? いきなり……」

「あんたの事情を知っているのはあたしたちだけだけど、断言するのは早いんじゃ……?」


 人間関係がいきなり拗れることもあるしと告げても、夏海は首を振る。


「イチからの説明も面倒だし、それを全部信じてくれるわけでも受け入れてくれるわけでもない。二人が特殊だって言うのは分かってる。あ、変なのはわたしなんだけど……。あっちは諦められないから、諦めるのは新しい友だちだなって思ったんだ」


 清々しいくらいさっぱりと言い切る夏海は、海のない県で生まれた。両親はどちらかといえば山派で、小さな頃の夏場の旅行は山でキャンプだった。

 けれどいつからだろうか。夏海の心は海に囚われていた。海が恋しく、入って遊ぶのももちろんだが、何より眺めていたかったし、記憶にある海を探したかったのだ。


 電車や車に乗って海を見つければ窓にべたりと張り付いて、飛行機に乗るときは必ず窓側。なにもない海を見下ろしていた。雪菜と徹を理解者として一緒に行動するようになれば、二人を振り回して海へ出かけた。行ったことのない海岸、灯台を巡っては、スタンプラリーのようにチェックして次を探した。

 夏に限らず春も秋も冬も。雪菜と徹は夏海に付き合った。近場を回りまくったせいで土日は難しくなり、三日以上の連休のときは海岸沿いを旅して回った。それでも学生には限度があり、それぞれがバイトをしてお金を貯めてから旅行へ行っている。


「雪菜のバイト先ってどこだ? 県内?」

「ううん。実はちょこっと遠いけど、近くに行ったことのない灯台があるの。よかったら二人もバイトしない? お盆の一週間だけなんだけど宿代とご飯代が浮くわ……」

「やりたい!」

「……ありがたい話だな」


 話はとんとんと進み、七月は宿題を片付けて、八月に行動することにした。バイト代がそのまま手に入るなら、ちょっと期間と足を伸ばしてその先の海も見に行こうということになった。

 それぞれが準備をし、猛暑どころか酷暑に襲われかけた八月、いよいよ出発する。


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