生存不向き
小狸
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「僕、生きるのに向いていないと思うんだよね」
この題を見て、また陰鬱な文章の羅列が始まるぞ――と思った方は、きっと多いことだろう。
そう思われても仕方がない。僕が何かを書こうとすると、いつもこうなってしまう。内向的で内省的――内向きで自分しか見えていない。自己中心的で自意識過剰。それゆえの陰鬱さと陰湿さを、恐らく僕の書く文字から感じ取った方は多いことだろう。そう、間違いない、僕はその文章の通りの人間である。全てのベクトルを自分の方向に向けて、自分で自分の首を絞めている。そんな生きるのが下手な人間である。
この言葉だって、誰かに直接話すことはできないのだろうと思う。恐らく、一生。解決したいと思う気持ちも勿論ある――が、しかし、自分の内面を打ち明けて、良い結果になったことが一度としてない。大抵の人は、僕の内面を知ると離れていく。まあ、人間の内面――その人を作っているものというものは、必ずしも英雄譚的なものではないことは枚挙に暇がない。結局厭世的なことを言っておいて、誰かと一緒にいたいし、誰かと楽しくお喋りをしていたい――けれど、それが出来ない自分が、それを許されない自分が、とてつもなく歯痒い。歯が全て、ボロボロ抜けてしまうくらいに。ほら、こんな風に、全ての事象を結局、自分の話として統合してしまうのだ。自己卑下をしつつも、僕が自意識過剰である、何よりの証拠である。
と――長々と話してしまったが、結局のところ僕は、自分の気持ちを他人に話すことができないというだけなのである。後天的にできないというより、僕の実感、自らの感覚としては、先天的にそういう部位が欠損しているというべきだと思う。僕のことを知る人ならばきっと頷くだろうが、僕は一人で抱え込む人間である――抱え込み、その放出先を持てず決壊する。今まで所属していたどんな集団、団体でもそうだった。小学校の学芸会の時も、中学校の学級委員の時も、高校の副部長の時も、大学の管弦楽団の時も、いつも変わることができず、そんな自分にずっと違和を持ちながら生きてきた。誰にも助けを求めず、その結果崩壊して顰蹙を買い、居場所を失ってきた。だからこそ、僕の人間関係は、場所が変わるごとにリセットされている。
「生きるのに向いていない? 具体的にどういうこと?」
「分からない。でも、何ていうか、噛み合わない。人が当たり前みたいにできていることが僕には抜け落ちているようで」
「人間なんて、そんなものじゃない? あるものないもの、誰でもあるでしょ」
「うん、まあ、そうだよね。でも――そんな思いを思春期からずっと抱き続けて、今も尚、誰にも話すことが出来ずに悩んだまま、だとしたら、どう思う?」
「………………」
かける言葉が分からない――という風な表情をしていた。
「実際人にこうして話すことが出来たのは、初めてだよ。何だか、なんていうのかな、何かの間違いで生きている――みたいな感覚って、君にあったりする?」
「何かの、間違い?」
「そう。自分が生きているのは偶然とかそれ以前に何かの間違いで、自分はこの世の中にとっては異分子で、自分以外の全員が正しくて――自分にどこか抜け落ちている、みたいな、そんな感覚」
「……………私には、ないかな」
「そっか」
生きることが下手――僕は僕自身に、そういう評価を下している。
そんな風に自己責任的であることの理由は、両親の教育方針が、多く関与しているように思う。両親――と表記したけれど、あのような人物たちを、あまりそういう風には呼びたくはない。『お父さんとお母さんには感謝しなさい』『親が生んでくれたことに感謝しなさい』。まるで至極当然のようにそう語る道徳の授業が、一番苦手だった。そう――嫌い、にはなれないのだ。いい子の振りをするのに、必死だったから。残念ながら、世の中には感謝することのできない親というものがいる。そしてその親が偶然、僕の親だったというだけの話だ。あまり多く話してしまうと個人情報が特定されてしまうため控えさせていただこう。ただ、この僕という人間は醜悪なことに――『そうでない親』への羨望の眼差しを、諦めきれていないのである。そんなことを考えても仕方がないというのに。『もしも両親の仲が良かったら』。『もしも両親が子供を作らなかったら』。そうであればいいのに。そんな風に考えてしまうのだ。
話を戻そう。
「ああ、うん。分かっている。こんな風に言葉にしたところで、解決するような話じゃないし、極論僕が気にしなければ――どうにでもなるような問題。でも、そうやって目をそらし続けてきた問題が山積みになって、僕を押し込めている。『僕さえ気にしなければ』。そんな風に思ってしまうんだよね」
「それってさ」
彼女は、静かに言葉を選びながら、こう続けた。
「なんだか、生きづらそう、だよね」
「……そうかも」
首肯した。
それ以外に何ができるというのだろう。
「生きづらい――正直、辛い」
僕も語彙を取捨しながら、ゆっくり話す。
「逃げてしまいたいって思う。でも、死ぬことって、今、許されないじゃん。殺してくれって頼んで、誰かがぱっと殺してくれるってわけじゃない。それに自殺をしようにも――そこまでの勇気はない」
自殺というワードに、少しだけ彼女は反応して――そして言葉を重ねて続けた。
「だから、だからなの?」
彼女は続けた。
「だから君は、そうなの? ギリギリになるまで心と身体をすり減らして、その結果倒れたりして――自己犠牲みたいなふざけた真似して。そんな風に自分の身を顧みない無茶な行動ができるのは、初めから自分の身なんて、どうでもいいって、思っているから?」
「そうかもしれない。うん。自分なんて、どうでもいいんだよね」
「……………!」
彼女は、絶句したようだった。まあ、そうだろうなと思う。そもそも理解とか共存とか、そういうことが、初めから無理な話なのだ。誰にも迷惑をかけてはいけない。誰にも影響を与えてはいけない。誰かのことを不快にしてはいけない――親に言われたそれらの言葉が、声が、ずっと僕の脳内を反駁して離れない。
「そんな、そんな自己犠牲に、私たちを巻き込んで――何がしたいの?」
「言ったろ、死にたいんだよ」
「…………だったら」
――勝手に一人で、死ねよ。
そう言って――彼女は僕から離れていった。ああ、これでいい。理解なんて、共感なんてされなくっていい。優しい言葉なんてもう遅い。心温まる関係なんて、どこにもない。どうしようもない――もう全部遅いのだ。だから、これで良かった。僕のような人間と共にいるより、それこそが確実に、幸せなのだろうから。良かった。拍手喝采を掲げようじゃないか。僕から離れていった人々も、それはとても正しい判断なのだろうと思う。
僕のようなもう後のない人間は、こうして一人で、誰にも看取られず、何でもないふとした拍子にいなくなるのが相応しい。
生きるのに向いていない。
それでも、生きなければ駄目か?
(了)
生存不向き 小狸 @segen_gen
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