第3話 約束
シロに指定されたのは、王国東部に位置している村だった。
この村では年に一度、魔王が倒された日を記念日として、花火を打ち上げる祭が催される。
硝石が産出するこの地域では、以前、魔王によって生み出された黒雲に対しての、抵抗の意として、年に一度花火を打ち上げていた。
それが魔王討伐後は、訪れた平和を祝うとともに、魔王軍による犠牲者の鎮魂を願い、天に向かって花火を打ち上げる祭へと変化した。
シロが指定した場所と日時は、まさにこの祭りが行われる日だった。
魔王軍との五年間の戦争で、この国は疲弊した。
未だに各地には戦争の名残がある。
離散を強いられた町や村、親や子を失った人々。
魔王の居城があった地域は、強力な魔物の生息地となり、王国もまだ復興へと着手できていない。
十年の時が経過し、その地域とは無関係の人々は、失った物、困っている隣人の存在に無関心になりつつある。
それは仕方の無い面もあるだろう。
日々の生活に追われてしまえば、他人を気遣う余裕を失う。
しかしそれは、辛い思いをした人々から与えられた貴重な教訓を忘れ、また同じ歴史を繰り返す愚へと、我が身を向ける態度に他ならない。
だからこそ年に一度、失った物に目を向ける機会として、この祭にはきっと大きな意義がある、と信じたい。
パーティーのメンバーには静養を兼ねて祭りに行く、と伝えた。
レナに嘘は通用しないが、普段働き詰めの分、静養する必要性は感じていたので、満更嘘という訳でもない。
俺たちは誰も花火を見たことが無かったので、皆楽しみにしてくれた。
「すごい人出だねー」
「そうだな」
レナの言葉に俺は頷いた。
普段はそれほど人が多くないであろうこの村に、今日は人が溢れていた。
「さあさあ、これは周辺国で流行りの、鳥の揚げ物だよ! サクサクとして旨いぜぇ!」
「今日の記念に、絵はどうですか? 今なら花火を背景に描きますよ!」
人が集まれば、商売が始まる。
料理店だけではなく、装飾品の販売、即興の似顔絵を描く店といった、多種多様な出店があった。
常に賑わっている王都の繁華街とは違い、ここは非日常の空間。
まさに打ち上げれば一瞬の輝きと共に消える、花火のような場所。
「よし、今日はみんなで楽しもう! 花火の打ち上げはもうしばらく後になるらしいし、それまで──」
俺が言い掛けると。
「おーい! 誰か! 治癒魔法の使い手はいないか! 子供が怪我しちまって!」
やや切迫したような叫び声が聞こえた。
「はーい! 私使えまーす! 今行きまーす」
俺達の返事も待たず、レナは声がした方向へと駆け出す。
「⋯⋯しょうがねぇなあ、ニックいくぞ」
「はい」
そのあとをファランとニックが追おうとした。
俺もついていこうとしたのだが⋯⋯。
「全員でゾロゾロ行ってもしょうがねぇだろ。エリウスとノノアは、花火を見るのに良い場所でも探しておいてくれ。落ち着いたらここに集まろう」
「そうしてください。あと、仲直りもお願いしますねー」
そのまま俺の返事を待たず、ファランとニックはレナを追った。
思わずノノアと顔を見合わせ、お互い苦笑いを浮かべた。
仲直り、か。
確かに先日の、指輪の一件以来、ノノアとはギクシャクとしているが⋯⋯それで周りに気を遣わせていたようだ。
⋯⋯それをさらっと言うのは、いかにもニックらしい。
「じゃあ、行くか?」
「ええ、行きましょう──仲直りの旅に、ね」
その後特に会話する事もなく、ノノアと二人で歩く。
場所取りと言っても、なにせ花火鑑賞自体初めての経験。
高い場所の方が見やすいのではないか? とは思うが、かといって村を離れたりしたら三人との合流に支障があるだろう。
村人に花火が上がる方向を確認しながら、人が少ない場所を探しているとお
「ここなら人もいないな」
「そうね」
「そろそろあっちも片が付いたかな? じゃあ、戻って合流──」
ドーン、と。
俺の言葉を遮る大きな音を伴いながら──花火が空に美しい大輪を咲かせた。
──全く。シロさんを動かすためとはいえ、夢を見せたり、指輪を買わせたり⋯⋯周りくどくない?
彼女の指摘に、俺は苦笑いした。
──ひとつくらいは、約束を守りたかったんだ。⋯⋯守れない約束ばかり繰り返したから。
俺の言葉に、彼女は頷いた。
──そうね、約束したもんね。魔王を倒したら⋯⋯みんなで花火を見ようって。
かつて交わした約束。
やっと守れた、大事な約束。
──ああ。何度も繰り返して、何度も見て⋯⋯花火なんて見飽きたと思ったが⋯⋯黒雲に塞がれていない空に、大輪を咲かせる花火は⋯⋯綺麗だ。
──うん。
──ありがとう、この空を取り戻してくれて。
──違うわ。二人で⋯⋯ううん、みんなで、でしょ?
──そうだな。そうだ。
嬉しかった。
彼女が『みんなで』と言ってくれた事が。
一緒に戦った、と認めてくれた事が。
そのまましばらく何を言うわけでもなく、二人で花火を見ていると、彼女はふふっと笑いながら言った。
──でも⋯⋯どうなっちゃうんだろうね?
──うん?
──私たちのカンケイ、みたいなヤツ?
クスリ、と、彼女が笑った気配がした。
──さあ、それは⋯⋯俺達が決める事じゃないさ。
──ふふ⋯⋯そうね。
──でも、まあ⋯⋯ちょっとくらいのイタズラは許されるか。なんせ⋯⋯シロに言わせれば俺達は
──イタズラ?
──ここに来る時に見たんだ。似顔絵を描く店に、赤い染料があった。少し分けてもらおう。
俺の言葉に、彼女は呆れた表情を浮かべた。
──もう。あまり良くないと思うよ? そんな使い方は⋯⋯。
──死ぬ間際にせっかく思い付いたんだし、イタズラするくらい良いだろう? ⋯⋯だから、外してある指輪を付けてくれないか?
──指輪? うん、良いけど⋯⋯。
──ま、これで最後さ。幽霊もごっこも、な。
──⋯⋯。
──じゃあな、ノノア。
──うん、バイバイ⋯⋯エリウス。
──『導』。
別れ際の、彼女の笑顔は晴れやかで。
それでいて⋯⋯一瞬の輝きを残せば、あとは消えゆく運命を強いられた、花火のような儚さを感じた。
「おーい! エリウス! ノノア!」
ファランの声に、俺はハッとして振り返った。
俺達二人がいたのは、さっき三人と離れた場所だ。
花火が上がってから、ここまで戻って来るまでの記憶が無い。
そのまま、隣のノノアを見る。
彼女も俺と同じように、戸惑っている雰囲気を感じた。
「なんだよ二人して、ボーッとつっ立って⋯⋯花火終わっちまったじゃねーかよ」
「⋯⋯あ、ああ。すまない。そっちは?」
「とっくに終わってるよ。大した怪我じゃなかった」
「あ、いたいた、エリウス、ノノアおかえりー」
レナとニックがこちらに向かって来ていた。
どうやら三人で俺達を探していたようだ。
ファランが二人の方に歩き出し、俺もそのあとをついて歩こうと足を出そうとした時。
視界の隅で、ノノアの指輪が光るのが見えた。
指輪を見た瞬間、俺は──。
「ノノア、その指輪⋯⋯」
「ん? あれ? おかしいわね、外したつもりだったんだけど⋯⋯」
再び指輪を外そうとするノノアの手を、俺は反射的に掴んだ。
突然の行動に、驚いた顔を浮かべる彼女に──俺の口から、絞り出すように言葉が溢れ出た。
「外す必要ないさ。⋯⋯その、似合ってるよ、指輪」
しばらくノノアは俺の顔を凝視していたが⋯⋯ゆっくりと俺の手を払い、ちょうどこちらに来たレナに、助けを求めるように叫んだ。
「レナ大変! どうしよう! エリウスがなんか変な事言いだした! 指輪似合ってるよとか、全然似合わない事言い出しちゃった! たぶんこれ、偽者だと思う!」
「⋯⋯おい」
「えー。本物っぽいよ?」
「だっておかしいじゃん! エリウスだよ!?」
「あらら、遂に覚醒しちゃったんだね──エロウスに」
「⋯⋯いや、レナさんそれ、ヤメて?」
その後も、俺をからかうように盛り上がる二人を見ながら考える。
なぜ、あんな事を口走ったのかを。
⋯⋯わからない。
ただ、あえて大袈裟に言うならば──まるで、運命に『これを必ず言え』と命じられ、言わされたような感覚だ。
(これも、幽霊の仕業⋯⋯ってことか?)
怨みと感謝。
その二つを織り交ぜながら、まだまだ盛り上がっているパーティーメンバー達を見ながら⋯⋯。
(いや、感謝すべき⋯⋯なんだろうな)
久々に溢れる仲間たちの笑い声に、俺自身も楽しい気持ちになってきた。
若造の癖に、リーダーだから、剣の師だからと変に肩肘張っていた自分に『そうじゃない』と説教された気分だ。
俺が笑いものになるくらいで、パーティーメンバーに笑顔が生まれるなら、それはリーダーとして本望に思うべきだろう。
大事なのは、『竜牙の噛み合わせ』が示すように、仲間同士の絆なんだ、と諭されたような心境だ。
それを教えてくれた幽霊を探すように、俺はそのまま空を見上げた。
ファランの言葉通り、もう、花火は終わっていた。
雲の無い、満天の星空に──やけに目立つ星が二つ、輝いているような気がした。
──それ以来、俺達が既視感に悩まされる事は無くなった。
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お知らせ
遂にコミカライズ版の第一巻が本日発売されました!
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よろしくお願いします。
俺は何度でもお前を追放する~ハズレスキルがこのあと覚醒して、最強になるんだよね? 一方で俺は没落してひどい最期を迎えるんだよね? 知ってるよ、でもパーティーを出て行ってくれないか~ 長谷川凸蔵@『俺追』コミカライズ連載中 @Totsuzou
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