episode2.少女を追って
庭園の入り口にある、丸く切りそろえられた生垣に身を隠して、女の子の様子を観察する。地下庫から出て来た彼女は、そのまま庭園の中に入って行き、四角い池の縁に沿って足早に歩いている。時折立ち止まり、周囲を窺う素振りを見せるため、どうにも挙動が怪しい。
「地下庫の方から出て来たみたいだったよな。何か様子がおかしくないか?」
エルセが声を抑えて、すぐ隣の生垣に隠れているイコルに話かけたが、彼女は不思議そうな顔をして答えた。
「どうして声をかけずに隠れるの?」
「馬鹿、地下庫から出て来たってことは、何か金目の物を盗って出て来たんだよ。そう考えれば挙動がおかしいのも頷けるだろ。逃げられる前にオレたちで捕まえよう。イコルの
「私の魔力だときっとすぐに解かれちゃうよ……。危ないことはやめて、警護を呼ぼうよ。エルセが怪我なんてしたら、私がルード様に叱られるんだよー」
気が弱いイコルは、自身の魔力に対して劣等感を抱いている。実際は平均よりも高い魔力を持つのだが、剣術も魔術も秀でた能力を持つ兄がいるため、どうしても比べてしまうようだ。
「相変わらず心配性だな、イコルは」
言葉を発している途中で、背後に人の気配を感じ取った。顔を向けようとしたとき、大きな手が頭の上に乗せられたため、エルセたちは動きを止める。
「お前たち、ここで何をやっているんだ?」
頭上から声が降ってきた。この声は、
「あっ、ヒバリ兄さん!」
イコルは、身を隠していることも忘れて、大きな声を出した。背後にいるのは、彼女の兄であるヒバリだ。二人の頭に乗せられた手が離れたため、体を彼の方へ向けた。エルセは、立ったままのヒバリの腕を引っ張り、身を隠すように促す。
「ヒバリ、オレは遊んでいるわけじゃないんだ。警護剣士長と言えども邪魔をすることは許さないからな」
いくら促してもヒバリは頑なに身を隠してはくれない。それに加えて、肩をすくめながら溜息を吐いた。
「遊んでいるようにしか見えないのだが。いいか二人共、私はリード様から仰せつかっているんだ。お前たちが羽目を外さないように、目を光らせておけ、とな」
「なんだよそれ。父さんに監視されてるみたいで気持ち悪いよ」
今日からこの家の当主になるというのに、いつまでも子供扱いをされるのは、エルセにとって良い気はしなかった。不貞腐れているエルセにはお構いなしに、イコルとヒバリは話を進める。
「丁度、警護を呼ぼうかって思っていたところなの。ねぇ、兄さん、あの人このクローザー邸で見かけたことがないんだけど、兄さんはどうかな?」
ヒバリは、イコルが指を差した先へ顔を向ける。白金の髪色をした女の子が、池の向こう側で立ち止まり、こちらの様子を伺っている。ヒバリが身を隠さないから、こちらの存在が知られてしまったようだ。いや、皆声を抑えずに話していたから、聴こえていたのかもしれない。
「そうだな、この邸宅の人間は把握しているつもりだが、彼女は私も見覚えがない。恐らく外部からの侵入者だろう」
ヒバリはそう言うと、少女が怪しい動きをしないか注視をしながら、彼女のそばへ近付いていった。危険があれば、すぐに抜刀する心構えで、刀へと意識を充てておく。
「おいお前、名を名乗れ」
「!」
声をかけた途端に、少女は体をビクリと跳ねさせて、庭園の奥へと駆け出してしまった。
「おい、待て!」
「あーあ、逃げられちゃった。ヒバリ、もっと慎重にやれよな。突然お前の仏頂面を向けられたら、オレでも逃げちゃうよ」
背が高くて体躯が良く、いつも眉間に皺を寄せた顔をしているヒバリは、使用人の間でも「怖い」と言われているようだ。エルセの言葉に、より眉間の皺を深くしたが何も言わず走り出した。
「あっ、兄さんどこ行くの」
イコルが走り去る兄の背中に声をかける。
「追うに決まっているだろう。お前たちは部屋に戻って大人しくしていろ」
ヒバリは顔だけこちらを向けて、吐き捨てるように言った。エルセはと言うと、ヒバリの忠告を受け入れる気はないようで、
「って言われると行きたくなっちゃうよねー」
にやりと含み笑いを浮かべると、ヒバリの背中を追って駆け出した。
「あーっ!エルセ、そろそろ支度を始めないと、ルード様に叱られるよー!」
兄の言うことは聞きたいが、ここで追いかけて連れ戻さないと、承継式の支度が間に合わなくなってしまう。それに式の前に怪我をされたのでは、ルードに怒られるどころじゃ済まない。結局イコルも、エルセの背中を見失わないようにして走り出した。
ロアと炎狐の魔剣士 甘烈なかぐろ @nakaguroguro
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