おもい

七海 貴

おもい

「じぶんはーーーーーっっっ!」


舞台上で叫ぶ。日は傾き、校庭を橙に染めている。容赦ない西日が自分の顔に熱を持たせるのを感じた。


「このーー!クソデカ感情をーーー!!!」


おおーーー?と聴衆が応える。


「どうしても伝えたい人がいまーーーーーーすッ!」


黄色い声と、冷やかす声の波が押し寄せる。どうしても伝えたかった。高校最後の文化祭で舞台に上がってしまえば、自分も、相手も逃げられないと思った。


「蝶谷、風葵ぃぃぃーーーーーーーー!!」


彼女の姿はここからじゃ見えない。きっと驚いて困惑している。


「ステージにきてくださーーーーーーい!」


おもったより大きな声で自分でも驚いた。

司会者が彼女を探し舞台上に促す声が、聴衆の冷やかす声でかき消される。

やがて彼女が自分の前にやってきた。自分は太陽を背に彼女と向き合う。

夏の暑さでおかしくなりそうだ。

周りをきょろきょろとうかがいながら照れ笑いをうかべる風葵は、とても愛らしかった。彼女の首筋に流れる汗を眺めて自分はごくりと唾を飲み込み、次の言葉を吐くために大きく息を吸い込んだ。

なのに自分の声は驚くほど頼りなかった。


「───すきです。」


観衆が沸いた。冷やかしの声がより強くなる。

彼女は何を考えているのだろうか。きっと困惑している。

自分のこの感情に名前をつけることは出来ない。おそらく恋愛感情ではないし、友情にしては重たすぎる。

そもそも自分たちは親友という程に仲良くはないし、部活と帰る方向が同じだから保たれているような仲だ。

中学校の頃から一緒の部活に入り、高校も同じでまた部活も一緒。彼女が目立ちたがらないことはもちろん知っていた。けれど、どうしてもこの気持ちを伝えたかった。

ただひたすらに彼女が好きで、今のままじゃ足りないのだ。きっと独占欲に近いものだろう。

一番の友達じゃなくていい。

でも、彼女の特別な存在になりたかった。

冷やかしの声がおさまっていく。聴衆は自分の言葉を待っていた。

息を吸う。なのに言葉は出てこない。言葉になれなかった空気がただ吐かれる。その息は震えていた。もう一度、浅く息を吸う。


「……卒業しても……一緒にいたい」


違う。

それだけじゃこの感情は満たされない。


もう一度、今度は大きく息を吸った。


「最高の友達に出会えたことが人生で一番幸せです!これからもよろしく!」


違う、違う。

こんなことを伝えたいんじゃない。足りない。


司会者からマイクを渡された彼女は満面の笑みで応える。


「こちらこそ!私もだいすきー!」


群衆から拍手が沸き起こる。


「素晴らしい友情ですね!青春って感じ!おふた方ありがとうございました!」


司会者に促され降壇する。ごめん、と誰に伝えるでもなくつぶやいた言葉が沈みかけの太陽に焼き殺された。





勘違いだった。月城から発せられた言葉を聞いてそう思った。

『地球の果てまで想いを叫べ!!in文化祭』と銘打たれた舞台に月城が現れた時は驚いた。なにを叫ぶのか期待していたのに、月城は私をその舞台に呼んだ。

これから私は、なにか大きな感情をぶつけられるのだ。なんにせよ心当たりがなかった。怒られるのか、ドッキリか、ただのパフォーマンスなのか。色々考えたがどれもしっくりこない。

最後にたどり着いたのは、月城が、私に恋愛感情を向けていること。一番可能性が低そうだが、なぜか私はこれだと思った。しかし、伝えられたのはそれではなかったのだ。

安堵感とともに、違和感が込み上げた。

月城はこんなことのためにステージ──しかも全校生徒が注目する文化祭のステージに立つような人ではない。もっと重い内容で、伝えたいことがあったのではないか。違和感が募ってゆく。

私はまっすぐ相手をみつめた。山の向こうに沈みかけの太陽が笑っていた。

返事をするために大きく息を吸う。


「こちらこそ!私もだいすきー!」


心に引っかかるものを吹き飛ばすため、無駄にでかい声で叫んだ。

きっと私は太陽にも負けないくらい笑っているだろう。ただ純粋に嬉しいから。いくら違和感を感じようと、好きと言って貰えることは嬉しいのだ。

聴衆が今までで一番の歓声を上げた。

これで私たちの出番は終わりになるだろう。

逆光で月城の顔はよく見えなかった。

ステージを降る月城の背を追う。


「ごめん」


月城が前を向いたまま唐突に呟いた。私は驚いて一瞬足を止めてしまう。それは、空耳と間違えてしまいそうなほどかすかな声だった。

前を行く背中をみつめると、さっきの違和感は正しかった、そう思った。

司会者の声に笑う生徒たちの声が聞こえてきた。ステージにはもう次の発表者がいるらしい。

謝って欲しいわけじゃなかった。


「美花、」


前を行くその人は足を止めた。

私は返す言葉を探す。伝えようと息を吸い込む。

辺りをオレンジに染めていた太陽はもう沈んでしまった。涼しい風が吹く。

振り返った彼女の顔はこころなしか赤くみえる。


空には一番星が輝いていた。

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おもい 七海 貴 @17sokoku23

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