第33話 知らなくてもいいこと
(まぁ……確かに、アイヴィーは本当のことしか言っていない……)
けれど同情はしない。
エステルはついさっき、死に戻り前に自分を殺したであろう男二人の会話を聞いてしまった。元を辿れば、毒ができてしまったのはアイヴィーが原因とも言える。
真っ青になって慌て出したアイヴィーだったが、この部屋の王族二人は冷静だった。
「ルシアン? お前は彼女が私に毒を盛ったことに関わる事情を知っているのか?」
「……おそらく、突発的で偶然に近いものでしょう」
「それなのに“言い訳があれば聞く”とはどういうことだ?」
「今にわかります」
(ルシアン殿下は一体何の話をしておいでなのかしら)
エステルでさえ意味がわからない。けれど、ルシアンは鋭い視線をアイヴィーに向けた。
「アイヴィー嬢。君に招待状を手配してから、動きを調べさせてもらった」
「う、動き? 何のことかわかりませんわ」
「君は良からぬ者との付き合いがあるようだ。それ自体は好きにすればいい。しかし、あの不届き者二人がすんなりとこの会場に入れるなんておかしいと思わなかったのか?」
「!」
「当然、罠だ。そして俺の優秀な側近が二人を捕まえてくれた」
ルシアンがそう言うと、一人でソファの上に移動して寝そべっていた黒猫姿のクロードがあーんと口を開ける。そこから黒いもやが広がり人影が現れた。
「キャッ!?」
(……この人たち!?)
アイヴィーの悲鳴の後でもやが消える。そこで気を失っていたのは、正装を身につけて招待客に扮した柄の悪い二人の男だった。ふー、とクロードが誇らしげに胸を張る。
「さっき見つけたから腹ん中入れといた」
(……!? これって、さっき廊下で私を攫うと話していた人たち……!?)
クロードは会場の外で待機していたわけではなく、今日ここに彼らが来ると踏んでいたルシアンの指示で二人を探していたらしい。
ルシアンはアイヴィーを冷ややかに見つめる。
「少し脅したら、簡単に吐いてくれたよ。アイヴィー嬢にエステルを攫うよう頼まれたとね」
「わ、私は何も知らないですわ!」
「アイヴィー嬢のサイン入りの小切手を持っていた。報酬か?」
「……! そ、それは……!」
アイヴィーの反応で、疑いは確信に変わる。
(この二人が……私を殺した人)
二人の姿を見る前に意識を失ってしまったので、エステルにはこの男たちに見覚えはない。
けれど、凍りつくほどに冷たいルシアンの声色に、怒りを向けられていないはずのエステルまで体が動かない。
「――今日、アイヴィー嬢とシャルリエ伯爵夫妻をこのパーティーの招待客リストに入れてもらったのは、エステルは王家の庇護下にあることをわからせたかったからだ。……だが。思わぬ収穫があって何よりだ」
エステルを攫うように依頼を受けていた二人は衛兵に引き取られ、一応は聖女であるアイヴィーは気遣いの結果別室で事情を聞かれることになった。
一段落がついたところで、穏やかな表情を取り戻したルシアンが告げてくる。
「エステル。少し話をしないか」
「はい、もちろんですわ」
(……? 何かしら)
首を傾げつつ、エステルはついていくことにした。
◇
「ここ……!」
ルシアンが案内してくれたのは、大広間を抜けた先にあるバルコニーだった。
ベンチが置かれた先には庭園が広がっていて、密会にぴったりの場所である。そして、死に戻り前のエステルが慣れないお酒を飲んで気を失った場所でもあった。
奇しくも、エステルの手にはシャンパングラスが握られている。けれど、中身はジュースだ。ここに来る途中でウェイターが渡してくれたのだが、一旦はシャンパンを手渡されたところを、ルシアンがこれに変えてくれた。
(私がお酒に慣れていないとわかってくださっているなんて……不思議)
グラスの中でジュースがキラキラと揺れるのを眺めながら、エステルは庭の景色を眺める。隣のルシアンはずいぶんと楽しそうだった。さっきの厳しい表情が嘘のように、優しい笑みを向けてくれている。
追い払われたのかクロードはいない。もしいたら『オマエ気持ち悪い』と言いそうな頬の緩みっぷりである。
「ルシアン殿下は何がそんなに楽しいのですか」
「……ただ、安心した。そして、エステルとここにこうしていられることが夢のようだ」
「……」
ルシアンは相変わらず甘い言葉を吐いてくるが、不自然さはない。きっと呪いにかかっていなかったとしても、彼はここでこの言葉を告げてくるのだろう。
そう思うと、一度は閉じたはずの気持ちの蓋が開きかける。本当に育ててはだめなものかと確かめたくなる。
「ルシアン殿下の……その“私に嘘がつけない”という呪いは呪い返しですか?」
「……そのようなものかな。でも、エステルには知らなくてもいいこともあるんだ。その代わりに君は俺が守る。絶対に」
(私が知らなくてもいいこと、って……)
ルシアンの瞳に真剣な輝きが宿ったのを見て、エステルはふと思い出す。死に戻り前、馬車の扉の隙間から入り込んできた夜霧のことを。
普通、夜霧に色はついていない気がする。ということは、あれは何だったのだろうか。
(……ん? あれはもしかして、黒いもやだったのでは……!?)
答えがふっと降りてきた。そうすると、全ての辻褄が合う気がした。
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