第28話 伯爵令嬢になりたい(アイヴィー視点)

 ◇


 シャルリエ伯爵家では、ディナーの時間には家族全員が揃うのが慣わしだ。


「……っ」


 食事中、シャルリエ伯爵夫人――エステルの母、が言葉に詰まる。無意識のうちにエステルに話しかけようとしてその席が空席なことを思い出したらしい。


 エステルが出て行ってからかなりの月日が流れたものの、こういったことは未だに一日に数度は起きていた。


(……またエステルお姉様に話しかけようとしたのね)


 アイヴィーはそれをチラリと横目で見た後、話題を投げかける。


「今日、神殿の遣いで王都の東を浄化しました。街の人々がこんなに華やかな儀式は久しぶりに見たと褒めてくださいましたわ」

「……それは。聖女としてアイヴィーは頑張っているな」

「ありがとうございます、お兄様!」


 長兄が褒めてくれたものの、その口調はどこか気遣わしげだ。アイヴィー自身もそれを感じ取って頬を膨らませる。


(この家を出て行った人のことなんて、気にしたって仕方がないのに。私だってこの家の子なのよ。あらゆるものが平等に分け与えられてきたし、そうするべきだわ)


 その時、怒りながらお肉を切っていたせいで手元が狂い、アイヴィーのナイフが飛んでしまった。カシャン、と大きな音がしてナイフが床を滑り壁にぶつかる。それを聞いた母親はため息を吐いた。


「……アイヴィー。テーブルマナーの練習はどうしたのかしら? 最近、先生がいらっしゃっていないみたいだけれど」

「えっと……。聖女として神殿に赴く機会が増えたので、しばらくはお休みにしていただきました」


 本来、貴族令嬢としてテーブルマナーは最低限身につけるべき嗜みだ。けれど、アイヴィーにはなかなか身に付かなかったし、両親もそこまで厳しくは指導して来なかった。


 けれど、エステルがいなくなった途端、急に口うるさく言われるようになってしまったのだ。


(エステルお姉様にはこんな風に言っていなかったわ。きっと、私が養子だからお母様はうるさく言うのよ。……ひどい)


 アイヴィーの考え方は大体こんなものだ。伯爵令嬢として享受できるものは当然のように受け入れ、義務や面倒ごとに関しては疑問を投げかける。これまではそれでうまく行っていた。


 しかしエステルがいなくなった途端、厳しい目が向くようになってしまったのだ。


(私だって、れっきとしたこの家の子どもなのに!)


 何度目かの文句を呑み込んだ後で、アイヴィーはずっとおねだりしようとしていた願いを思い出す。


「そうだ。お父様。私、やっぱり今度の王太子殿下のお誕生日パーティーに出たいですわ」

「お誕生日パーティー、って。そんな軽いものではないだろう」

「だって……。お姉様には招待状が来たのに、どうして私には来ないのですか?」


 瞳を潤ませると、両親が困ったように顔を目配せをしあう。


「……実は、つい先日、エステルへのもの以外にも我が家に招待状は届いたのだ」

「まあ! それじゃあ……!」


 目を輝かせたアイヴィーに、母親はため息まじりに告げてくる。


「当たり前だけれど、会場は王城なの。もしかしたら、気まずい想いをするかもしれないわ」

「大丈夫よ! 私にはルシアン殿下のエスコートがあるのでしょう? もしわからないことがあっても、きっとフォローしてくださるわ」

「「…………」」


 両親はまた顔を見合わせてため息をつき、兄二人は何も言わずに食事を続けている。


 少し前まで、このディナーの時間は一家団欒の賑やかな時間だった。その中心はいつだってアイヴィーのはずだった。


(変なの。エステルお姉様がいなくなったせいでこんな雰囲気が変わってしまうなんて。……皆がお姉様のことを気にしているからだわ。……皆、お姉様のことなんて忘れてしまえばいいのに。そうすれば、きっと私は養子じゃなく本当の伯爵令嬢・アイヴィーになれるのに……!)





 両親は微妙な反応をしていたが、さすがに王城からの招待を断るわけには行かない。望み通り、アイヴィーは王太子の誕生日を祝う夜会へと出られることになった。


 アイヴィーが初めて貴族令嬢として招待された王城の煌びやかなパーティーである。とびきりはしゃいで喜びながらも、ただひとつ、エスコートがルシアンではなく兄だということだけは不満だった。


 ◇

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