第13話 属性が二つ

 その日、クロードは意外とエステルの役に立ってくれた。買い出しに行けば荷物を持ってくれたし、“顔だけ聖女”を揶揄うような周囲の視線も恫喝してくれたし、重い家具もひょいひょいと動かしてくれた。


 口はありえないほどに下品だが、悪い使い魔ではないらしい。


 夕方の白いレンガの家。エステルとクロードの一日を聞いたルシアンはほっとしたように微笑んだ。


「よかった。一応、安全が保証できるような結界を張って行ったんだが。危ないことは何もなかったようだな」


 それはこの家の柵に張られた営業妨害の結界のことでいいのだろうか。詳しく聞きたいところだったが、また甘い言葉を吐かれては困る。


 なるべくそっち方面には行かない方向でエステルは応じた。


「クロードと仲良くなるのは難しそうですが、なんとか上手くやっていくことはできそうです」

「…………」


 今日、言葉を反芻するのはルシアンだった。


「……どうしてアイツのことは名前を呼び捨てにしているんだ」

「本人が、使い魔に敬称はいらないというので」

「俺も似たようなものだ。至急殿下呼びを止めるように」

「……!? どう考えても違いますけれど!?」


 顔を赤くして震え上がったエステルだったが、ルシアンは当たり前のように続ける。


「今日は、第二王子じゃなくて使い魔だったらずっとこの家にいられるのだろうなと思って一日を過ごした。それから、エステルの顔が見たくて、会いたくて仕方がないから来た。君のことを考えたら、何も手につかない」

「な……なにもてにつかない」


 色々衝撃的なことを言われた気がする。乾いた口をぱくぱくとさせたエステルは、かろうじて最後の言葉だけを受け止めた。


 しかしこの至近距離でその言葉を吐くのはいかがなものだろうか。耳まで熱くなって固まったエステルに、ルシアンは美しい顔を悪戯っぽく崩し微笑んだ。


「……大体のことは聞き流してくれるんだろう?」

「……!?!?」


(すっかり慣れてきてる……さすがルシアン殿下……)


 何とか体の自由を取り戻したエステルは慌ててカウンターの中に引っ込むと、コンロに火をつけた。


 とにかくお茶でも淹れて落ち着きたい。ガチャガチャと準備をしていると、ルシアンが低い声で告げてくる。


「……今のは言おうと思って言った」

「え?」


「本心だが、言おうと思って言ったから平気だ。でも、うっかり思っていることが出てしまった時はあまり反応しないで聞き流してくれると助かる」

「…………!」

「多分、俺もその時は普通の顔ではいられない」

「…………!?!?」


(この方……本当にどなたですか……!)


 呪いで甘い言葉が滑り出るならまだしも、狙って言うとは何事なのだろうか。エステルが知っている彼の姿とはあまりに違いすぎて、ぽかんと開いた口が塞がらない。


「うわ! むず痒くて死ぬ!」


 窓際の椅子に座り、エステルとルシアンの会話を見守っていたクロードが叫ぶと、ルシアンは凍りつくような視線を送る。


「それならそれでいい。可及的速やかに死ね」

「お前、自分の使い魔にそういうこと言うか!? 王子様っぽさ皆無だぞ!?」


(この二人って……一体……)


 まるで子どものようなやり取りに、エステルののぼせ切った頭が冷えていく。


(……あっ)


 その時、エステルの手元のコンロから火が上がった。緊張しすぎて、鍋に水を入れないまま火にかけていたらしい。


 慌てて水をかけようと水さしに手をかけたエステルだったが、それよりも早くルシアンが何かを唱えた。すると、火を吹く小鍋の上にとぷんと水の塊が現れて、そのまま下に落ち、火は一瞬で消えた。


「!?!?」


(今のは何……!?)


 呆気に取られているエステルの手を、ルシアンは当然のように取る。いつの間にかカウンターの中に入って来ていたらしい。怪我がないか確認しているようだ。


「……怪我がなくてよかった。普段はあまり言わないようにしているが、俺は二属性持ちなんだ。闇の他に水も使える。少しだが」

「……な、なるほど」


(そういえば、そういう人間が稀に生まれてくると聞いたことがあるわ。目の前で見たのは初めてだけれど……ルシアン殿下なら納得……)


 珍しい光属性持ちながらも魔力量が少ない『顔だけ聖女』のエステルにとってはとても羨ましいことである。


 気を取り直し、黒焦げになった鍋を片づけ新しい鍋を取り出したエステルはもう一度水を入れて火にかける。沸騰したら、紅茶の葉をスプーンで二杯。そして茶葉が開いたところにミルクを加える。


(スパイスは……まぁいいかな)


 ルシアンはともかく、たまに猫になる使い魔に珍しい味のスパイスはきついだろう。そんなことを考えていると、ルシアンが隣からこちらを凝視しているのに気がついた。


「? 何か……?」

「うーん。エステル。その歌、やっぱり闇属性魔法の呪文をベースにしたものだと思う」


 エステルは昨日ケークサレを焼いたとき同様、気がつかないうちにまた『シャルリエ伯爵家の厨房に伝わる歌』を口ずさんでいたらしい。


 恥ずかしい、と慌てて口を噤んだものの、ルシアンの意図は違うところにあるらしかった。


「やっぱりそれ、闇魔法が発動してるな」

「…………。…………はい?」


 自分は光属性の僅かな魔力を持つだけの『顔だけ聖女』である。思いがけないルシアンの言葉に、エステルはたっぷり固まってただ目を瞬いたのだった。

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