第14話 人聞きが悪すぎます
「あの。念のためお伺いしますが……闇魔法、ってルシアン殿下がお持ちになっている闇属性の魔法ということであっていますか?」
「ああ、そうだ」
「……」
意味がわからない。
エステルは、とりあえず今できあがったばかりのミルクティーを濾してカップに入れた。このままにしておくと渋くなってしまう。
自分の分と、ルシアンの分と、クロードの分。三つのカップから湯気が立ち上って、室内にミルクの甘い香りが広がっていく。
「闇魔法で作ったミルクティーです、……なんて」
「いただきます」
「あっ」
ほんの冗談のつもりだったのに、ルシアンは間髪入れずにカップを手に取り、飲んでしまった。王族らしい仕草でこくこくとミルクティーを味わったルシアンは、ふっと微笑んだ。
「まず、おいしい」
「ありがとうございます……」
「毎朝飲みたい」
「……ありがとうございます……」
「控えめに冗談を言うエステルがかわいすぎて死にたい」
「「……!?!?」」
最後のはうっかりだったらしい。同時にルシアンが頭を抱えたのを見てエステルは慌てて視線を逸らした。うっかりは聞き流す約束である。
しかし味に関しては嘘ではないらしい。ルシアンの顔色が紫になっていなくて、エステルは心底ほっとした。
けれど、ルシアンは緩み切っていた表情を急に引き締めると側近を呼んだ。
「クロード。猫になってここに来い」
「何だよ」
文句を言いつつクロードは人から猫の姿になり、たったか駆け寄ってくる。そこにルシアンがカップを押し出す。
「これを飲んでみろ」
「えーやだよ。猫。猫舌。熱いの無理泣いちゃう」
「ちょっとで済むから我慢しろ」
「無理なもんは無理にゃ」
「お前、その、猫になるとぶりっ子する癖は本当にやめろ」
(ルシアン殿下が猫とじゃれあっている……)
この光景は一体なんなのだ。完璧すぎるはずの彼がますます人間ぽく感じてときめいてしまう。
(違う、そうじゃなかった……)
見かねたエステルはクロード用のカップに氷をふたつ入れてやった。これで大分飲みやすくなるだろう。
「もしよろしければこれをどうぞ」
「お前気が利くにゃ」
ぶりっ子のクロードはぴょんとカウンターに乗る。そして氷入りのミルクティーをひと舐めした。
「うまい」
「当然だろう。エステルが作ったんだ」
ルシアンに睨まれつつ、クロードはさらに飲んでいく。口の周りと髭にミルクがついて、黒猫が白猫になりかける。エステルが『かわいい』と思う間も無く、その変化は起こった。
カウンターに乗っていたクロードがゆらりと揺れたと思ったら、彼の大声が室内に響く。
「うわっ!?」
次の瞬間には、人の形をしたクロードがカウンターに座っていた。
「……!?」
「やっぱりな」
(クロードは今くるっと回っていないのに……!?)
一日を一緒に過ごしてわかったのだが、クロードは猫から人間の姿になるとき、くるっと回る。それなのに今は勝手に人間の姿になってしまったように見えた。どうして、とエステルは目を瞬く。
しかし、ルシアンは動揺することなくミルクティーを飲み干し、「ごちそうさま」とカウンターの上にカップを置いた。
「昨日も、この家に結界を張って帰ろうとしたんだが」
「……クロードに聞きました。私、気がつかなくて……ありがとうございます」
「それは全然いいんだ。俺がそうしないと気が済まないから。……だが」
ルシアンは窓の外――白い柵、に視線をやる。
「普通に、エステルを害する人間を弾くものだけ張ろうと思ったんだ。でも、魔力が満たされていてどんなことも容易に思えた。結果、エステルに好意を持つ男を弾くものまで張れた。おかげで安心して王城に戻ることができた」
「……ナチュラルに爆弾発言をしないでいただけますか……」
クロードから聞いていたとはいえ、あらためて知りたい情報でもなかった。この発言もうっかりだったらしいルシアンは片手で赤くなった顔を隠しながら続ける。
「闇属性の魔法とは、光属性と対極にある。光がすべてを照らし外側から浄化し癒すのに対し、闇は完全なる陰だ。内側に入り込み、中身を変えていく。今は存在しないが、大昔に知られた毒薬や秘薬の類は闇属性の魔法を扱う人間が編み出したものだったらしい」
ルシアンの意図がなんとなくわかったエステルは、息を呑む。
(つまり、私が作るものには変な効果が付与されるってこと……!?)
「昨日、俺はエステルが焼いたケークサレを食べた。それで楽に難易度の高い結界を張ることができた。今、クロードが意図せず猫から人間になったのも、このミルクティーを飲んで勝手に魔力が満たされたからだと思う」
「…………何で……私、魔力なしなんじゃなかったの……」
「本当に闇属性と光属性のふたつを持っているとしたら、過去にもいないんじゃないか。作ったものが毒薬にならないのは光属性とうまく反応していそうだ。調べてみないとわからないが」
人の姿でミルクティーを飲みつつ、二人の会話を聞いていたクロードはへへっと笑う。
「んじゃあれか。こいつは、“顔だけ聖女”じゃなくて“闇聖女”だったってことだな」
エステルはクロードを睨みつける。同時に、カウンター越しにルシアンの鋭い視線がクロードを刺すのも見た。
ちょっと人聞きが悪すぎた。
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