第2話 聖女だった頃の記憶
エステルは二度目の人生を送っている。
一度目の人生、エステルの運命は散々なものだった。
◇
エステル・シャルリエは聖女を輩出するシャルリエ伯爵家の長女として生まれた。裕福で名誉ある実家と、優しい両親、かわいがってくれる二人の兄。
キラキラと輝く滑らかな銀髪に鮮やかなピンクサファイアの瞳は、子どもながらにして女神のような美しさと表現されることもあった。
歴史に名を残した聖女たちは皆美しく、神殿や街中には銅像が置かれている。先人たちに遜色のない外見を持つエステルは聖女になるという将来を約束され、第二王子と婚約した。
エステルが歩む未来はとても輝かしいものだと誰もが信じて疑わなかった。
風向きが変わり始めたのは、エステルが7歳のある日のこと。
「……お母様。森の中に誰かいるわ。私よりも小さな女の子」
「あら、本当ね」
その日、エステルは母親と一緒に散策に出た森で女の子を見つけた。もしゃもしゃの茶色い髪に淡いミントグリーンの瞳。痩せこけていて顔は汚れていたが、どこか目を引く少女だった。
無邪気に「おなかすいた」と話しかけてくる少女に同情し、エステルの母親はアイヴィーと名乗った少女をシャルリエ伯爵家に連れて帰った。
エステルは後日知ったことだったが、アイヴィーに両親はおらず、近くの孤児院から脱走して森を彷徨っていたところだったらしい。
慈悲深かったシャルリエ伯爵夫妻はアイヴィーを引き取り、家族の一員とした。家で一番年下だったエステルは、妹ができてとてもうれしかった。
アイヴィーを養子としてシャルリエ伯爵家に受け入れた両親は、彼女を本当の娘のようにして育てた。
ドレスも宝石も教養も礼儀作法も全部、エステルと同じものを与えた。ただひとつだけ、同じものを与えることが不可能だったのは――。
それが“未来の聖女”としての地位である。エステルが10歳、アイヴィーが9歳の頃、妹はその不公平さに気がついたようだった。
「……エステルお姉様はいつも神殿に行くのね。知っているわ。綺麗なドレスを着て、たくさんの人に手を振るのでしょう?」
「アイヴィー。私は将来のためにお勉強をしに行っているの。……そうだわ! 今度教わってきたことを教えてあげるね!」
「……勉強なんて嫌よ。私は綺麗なドレスを着て、みんなに褒められたいの」
ぷうと頬を膨らませる妹を家族全員で慰めつつ、エステルは何となく首を傾げた。
その日、初めてアイヴィーにだけ新しいドレスが与えられた。
エステルは不思議な違和感を覚えたものの、何も言えなかった。だってまだ子どもだったし、アイヴィーは大切な家族の一員で、妹だったから。
大事件が起きたのは、それから数年後のことだった。
オリオール王国では一人が一つの属性に適性を持ち、魔法を扱える。火・水・風・土のほか、一部には稀に光、そしてさらにごく稀に闇を操れるものもいる。
シャルリエ伯爵家は代々光属性に適性を示してきた。聖女とは光属性の魔力を持つ女性が就ける地位のことで、複数の適任者がいる場合、家格が優先される。
シャルリエ伯爵家が聖女を輩出するのは当然のことだった。
けれど、なぜかエステルには光属性の魔力がわずかしかないことが判明したのだ。
「お母様。私には光属性の魔力がないのでしょうか……?」
「あるわ。あるけれど、ほんの少しなのですって……」
聖女として求められる仕事をこなすには数倍の時間がかかるけれど、問題はないはずだった。しかし、家族の落胆は相当なもので。
そんな中、義妹・アイヴィーに光属性の魔力があることが明らかになったのだった。
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