顔だけ聖女なのに、死に戻ったら冷酷だった公爵様の本音が甘すぎます!
一分咲🌸生贄悪女、元落ち⑤6月発売
第1話 プロローグ
王都のはずれ、周囲を木々と花々に囲まれた、真っ白なレンガがかわいいカフェ。
「ねえ。お姉様の婚約者を私にくださいな」
悪びれる風でもなく『ケーキをひとつ下さい』と注文するのと同じようなノリで告げてくる義理の妹に、エステルは接客用のトレーを握りしめ目を瞬いた。
「アイヴィー。何をふざけたことを言っているの。……それに、もう私に婚約者なんていないわ」
「嘘よ。私、知ってるの。お姉様が家を追い出された後も、ここに第二王子殿下が通っているってこと。ねえ、どうやって誑かしたの?」
「……た、誑かす」
眉間に皺を寄せ、呆気に取られたエステルだったが、義妹は気に留める様子もない。
「“顔だけ聖女”に夢中になるなんて、第二王子殿下・ルシアン様は随分と変わった趣味をしているのね。それにしても、お姉様が平民みたいにして働いているっていうからどんなのかと思ったのだけれど……このお店、悪くないわ」
「アイヴィー。そろそろ帰ってもらえるかしら。私、ランチタイムの準備がしたいの」
エステルの精一杯の警告を無視して、アイヴィーは意地悪く微笑んだ。
「そうだわ! ねえ。ルシアン様だけじゃなく、ここも私がもらってあげる。そうしたらお姉様はまた私の下になるでしょう? うちにいた時みたいに」
「……!」
まるで、エステルの生家を自分の家扱いするようなアイヴィーの言葉に、エステルはため息をつく。こんなのはいつものことだが、まともに相手をするだけ自分の精神が削られる。
(このカフェは、私がシャルリエ伯爵家を出て行かないといけなくなった時、生活費代わりにもらったものなのに……アイヴィーは何でも手に入って当然だと思っているのね)
そう思った途端、カランと音がしてカフェの中に暗雲が立ち込めた。
あ、いけない、と思って慌てて入口に視線をやると、一人の青年が立っていた。黒曜石のように艶やかな黒髪と、僅かに青みがかったグレーの瞳。離れていても、ハッとするほどに整った容姿とオーラの持ち主である。
ちなみに、暗雲というのはリアルな暗雲であって雰囲気が悪いとかそういった類いのことではない。大体にして、雰囲気が悪いのはアイヴィーが無理やり訪ねてきた30分前からずっとだ。今さら気にすることではなかった。
(何てタイミングが悪いの……!)
こちらを睨みつける青年に向かい、慌てて手で“待て”のジェスチャーをしたエステルは、アイヴィーを本格的に追い返しにかかる。
「と、とにかく、今日は向こうの出口からもう帰って。そして二度と来ないでくれるかしら?」
「せっかく遊びにきたのにどうしてそんなことを言うの……? お姉様って冷たいのよね。いくら私の方が聖女にふさわしいと言われたからって。そんなんだから魔力がほとんどないんだわ。……ていうか、この黒いもやは何なのよ!?」
「さっき焼いていたケーキが焦げたのかもしれないわ。本当にもう帰って!」
「全然焦げ臭くないけど!? い、痛い! 押さないで!」
「ご来店ありがとうございました〜! どうかもうお越しいただけないことを切にお祈りして!」
エステルはアイヴィーを何とか押し出して、バタンと扉を閉め鍵をかける。外でギャアギャアいう声が聞こえたが、それどころではない。
問題はこっちだ。扉に寄りかかってはぁと息を吐くと、暗雲の発生源から低く不満そうな声が響いた。
「……焦げではないんだが」
それは、たった今までアイヴィーが譲ってくれと強請っていた王子殿下張本人だった。
「ルシアン殿下。このお店の中で闇魔法を展開されては困ります。この国で、闇魔法を使えるのはルシアン殿下おひとりということになっています。もしアイヴィーに知られたら面倒なことに」
「俺はここに通っていることを知られても痛くも痒くもないが。それに消し去ればいいだろう、あんなの」
「消し去る」
(それはさすがに……)
この国で聖女扱いされている義妹を抹殺しようとする第二王子にくらりと眩暈がする。
そして、ルシアンの顔色は良好だし嘘はついていないらしいのがまた恐ろしかった。
エステルの脳裏には思い浮かぶ。
死に戻った日、彼が「君が好きすぎてつらい」と訳のわからないことを告げにきたときのことが。
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