終章 旅立ち③
(なあジーク、結局あの時の黒い魔力は一体何だったんだ?)
海を眺めてくると言ってデッキに向かったアリサを見送り、客室のベッドに寝転んだ龍也が、己の内に潜むもう一つの存在に声を掛ける。
(──悪いがこっちにも事情があってな。あれについてはまだ詳しくは教えられねえ。……だが、一つだけ忠告しておく。今後、あれを頼りにして戦うのはやめろ。あれは今のお前に扱える代物じゃねえ)
(……ふーん。まあお前が言うならそうなんだろうな。実際、今回あれに飲み込まれて無事だったのは奇跡みたいなもんだっていうのは俺にだって分かる。あれは迂闊に手を出していいものじゃないってな。分かった、あれについては一旦忘れる。その代わりに一つ答えろ)
あっさりと引き下がった龍也に、ジークは驚いた様子で言葉を返す。
(もっと食い下がるもんかと思ってたが。……まあいい。で、何だ?)
(────俺は、まだ強くなれるか?)
アリサが天使憑きとなり、今後彼女が人類と天使の戦争、その渦中に巻き込まれていくことはほぼ確定事項。
これから来るであろう天界からの追っ手がセロスより強いことも十分に考えられる。
今回の一件で身にしみたのは、彼女を守り通すためには今まで以上に自身を鍛え上げていかなくてはならないということ。
(……かつて、といっても悪魔である俺の時間感覚でいえばわりと最近ではあるが、魔界で悠々自適に過ごしていたオレに、喧嘩を売ってきた馬鹿な人間の男がいた。今でも信じられないことだが、そいつは悪魔憑きでもなんでもない己の身一つで本気のこのオレと対等にやりあいやがった。そいつがオレが今まで出会った人間の中で一番強い奴なわけだが、お前はまだあの男の足元にも及んじゃいねえ)
(おいおい、本当に人間なのかそいつ……?)
普段夢の中での組手ではまるで本気でないジークにいいようにあしらわれている龍也が呆れたような顔で呟く。
(ああ、なんでこんな奴が人間としての範疇に収まれているのか、いまだにオレも分からん。……だが、人外度でいえばお前もあいつとどっこいどっこいだ。──安心しろ。お前はまだまだ強くなれる)
(…………ああ、その答えが聞ければ十分だ)
(自分のわがままにあの嬢ちゃんを巻き込んだんだ。中途半端は許されないぜ)
(言われなくても分かってるっつーの)
龍也の脳裏に、昨晩アリサが眠りに落ちた後、彼女の体を使って彼の部屋を訪ねてきたフィリアとの会話がフラッシュバックする。
「そういえば、あの日俺に伝えたいことがあるとか言ってたな。その件か?」
「……ええ。実は、契約完了時にアリサの肉体の修復は全て完了したと伝えましたが、本当は一つだけ修復ができなかった箇所があるのです」
「────何だと?」
顔を険しくした龍也を見上げて、フィリアがその事実を告げる。
「修復できなかったのは、──彼女の魂」
「……魂?」
眉をひそめた龍也に、フィリアが説明を加える。
「私の治癒術式は、紙一重で間に合っていなかったのです。私が彼女の内部に侵入した時、すでに彼女の魂は肉体との繋がりを失い、この世界からの消滅を始めていました」
「……つまり、あの時アリサは死んでいた、と?」
顔を青くして尋ねた龍也に、フィリアは首を振った。
「肉体と魂の乖離を死と定義するなら、確かに彼女はあの時死にました。しかし、彼女の魂は未だこの肉体の内に存在しています」
自身の胸に手を当ててそう言ったフィリアに、龍也は張り詰めさせていた緊張を解く。
「私の技量では、一度肉体と分かたれた魂を再度肉体に定着させることは不可能でした。なのであの時、私は咄嗟に彼女の魂を私の結界術で肉体の内に閉じ込めたのです」
しばらく考え込み、状況を理解した龍也は顔を上げる。
「現在の彼女の魂は肉体と結びついていない非常に不安定な状態です。もし何らかの外的要因によって私とアリサの契約が破棄され私と彼女の繋がりが消えれば、術式は効力を失い彼女の魂は今度こそ消滅してしまいます。つまり──」
「──魂を肉体に再度定着させる方法を見つけるまで、お前とアリサは契約を解除することができない、と」
フィリアのセリフを引き継いだ龍也に、彼女は頷きを返す。
「その通りです。ですから、それまであなたがアリサを守ってあげてください。もちろん私も彼女に自衛の方法は教えていくつもりですが、私と彼女の力だけでは限界があります」
「──言われるまでもないさ。そのために、俺がいるんだからな」
もう二度と彼女を傷つかせずに済むように、今後は敵を倒す能力だけではなく、
「……もう一度、鍛え直しだな」
決意を込めて声に出した龍也の呟きに呼応するかのように、廊下の先から軽快な足音が近づいてくる。
足音の主は扉の前で立ち止まり、コンコンと扉を叩いた。
「──────」
「────ああ、今行く」
扉の先には、どんな未来が待っているのだろうか。
案外なんてことはない道のりかもしれないし、血反吐を吐き、もがき苦しみながら、それでも這いずって進んでいかなければならないような道のりかもしれない。
しかし、不思議と怖くはなかった。
隣には、彼女がいてくれる。それだけで、彼にとっては十分だった。
龍也は扉の前で一度深呼吸をしてから、ゆっくりと扉を開ける。
「────じゃあ、行くか」
そう言って、龍也は未来への最初の一歩を踏み出した。
(おわり)
デモニック・リベリオン 〜悪魔憑きの少年と無垢なる少女〜 咲宮 綾 @sakimiya_ryo
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