桃三李四

藤泉都理

偽装




「何だおまえ。また来たのか?」

「毎年来るって言ったでしょうが」


 鬱蒼とした森の奥深くにそびえたつ荘厳なる邸の扉を開けて、開けて、開けて。

 美術室と殴り書きされた扉を開いた先。

 革張りの大椅子にふんぞり返って座っていたのは、長髪と瞳が妖しく銀色に輝く魔法使いの男性であり、ここまで猪突猛進で駆け抜けてきた女性が求婚する相手でもあった。


 女性は絵画や木工、金工、硝子工芸、染色、織物、陶芸などの雑多に置かれていた作品に触れないように気をつけながらも部屋の中を進んで、魔法使いの前に立つと始めましょうと告げた。

 ほくそ笑んだ魔法使いはいいだろうと言って指を鳴らすと、この部屋に置かれた作品と入れ替わって大量の桃が出現した。


 本物の桃が占める中でたった一つだけ。

 魔法使い手製の桃があり、それを見つけ出せたら結婚だと約束を交わしていたのだ。


 魔法使いは気だるげに嘆息した。


「約束を交わして何年経った?」

「十五年」

「おまえ、何歳だ?」

「三十」

「おまえは短命な人間だぞ」

「そうよ。だから?」

「無駄にしているな。すべてを」

「私は無駄にしているとは思ってない。だってあなたと一緒にいたいんだもの」

「見つけられないくせに?」

「あなた。桃を偽装してない?」

「自分の未熟さを俺のせいにするな」

「………わかったわ。始める」


 女性は魔法使いの傍らにある桃から順々に注意深く見て行き、すべてを見終えてから扉の近くにあった桃を手に取って、魔法使いの前に持って来た。


「食べてみろ」


 魔法使いの躊躇いのなさに眉をひくりと動かした女性が桃にかぶりつけば、甘い汁が口の中いっぱいに広がり、手と言わず腕まで滴り落ちた。


「絶対偽装している!もしくは私が選んだ時点で魔法で入れ替えている!」

「ぎゃんぎゃんわめくな」

「もう!そんなに!」


 言葉を切った女性は部屋から出て行ったかと思えば即座に籠を持って戻って来て、籠の中に入れていた或る物を魔法使いに投げつけると、そこかしこにある桃を引っ掴んで籠に入れてまた来年来ると言い、今度こそ部屋を後にした。








「申し訳ないとは、思っている」


 女性が邸から出て行ったのを魔法で確認した魔法使いは、静寂に満ちた部屋で独白すると、女性が顔に投げつけてきては机の上に落ちた菊の花束を拾い上げた。


 薬にも料理にも魔物召喚にも染色にも使えるから便利だ。

 そういつか溢したのを律儀に覚えていたのだろう。

 或る年から持ってくるようになり、大抵は投げつけてくる。


「俺だって早く」


 けれどまだ彼女の手を掴むわけにはいかなかった。

 必死に探してはいるが、自分を人間にする方法も、彼女を不老不死にする方法も見つけ出せていないのだから。


「おまえが生きている間には必ず」




 見つけ出してみせるから。

 それまでは偽装をゆるしてくれ。











(2022.7.16)



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桃三李四 藤泉都理 @fujitori

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