第12話 バトル(2/3)
突然脳裏に響いた男の声。同時にルルから示された伝達経路からDROSをハッキングする形で早馬と繋がっているのが分かる。脳内にいけ好かない男の声がクリアに響くのは勘弁して欲しい。
『いきなりどこの誰?』
(敵の敵だ。味方じゃないから気を付けろ。で、どういうことだ葛城早馬)
俺はほぼ敵である共闘者に聞いた、好悪よりも情報が大事だ。
『……まあいいだろう。教団ではモデルはメンバーではなく神と称するAIが運用する』
早馬は説明によると、教団の正規メンバーは多くが科学や工学の専門家で、DP技術による超高性能AIの開発に専念している。そしてそのAIがモデルのDPCを制御することで、DP技術とAIの融合的な発展を目指す。クラウドAIに制御されるロボットの構図か。
モデルがモルモットなのは共通だが、メンバーの志向が完全に科学宗教ってことか。なるほど教団という名称はふさわしいものだな。
(つまりあいつの目の動きが体の動きと全然違うのは)
『私も直接見るのは初めてだが、モデルが何を見るかすら教団のAI《かみ》が決めているというのはあり得る話だ』
『うわ、すっごい納得できる。おじさん詳しいんだね』
『…………教団は私にとって最大の障害だ。情報収集は欠かさない』
舞奈の言葉に早馬が一瞬鼻白んだのが分かる。敵と言われた時よりも不満そうだ。それはともかく強敵ほど情報収集に力を入れるべきということは同意する。お前がそうしたせいでこうなってるのは置いておくが。
とにかくこれでやっとモデルのキャラが少し見えた。問題はそんな人格を持たないロボット相手にどうするかだ。
「あいつ動く」
舞奈の警告と同時にDPがはじけた。モデルのローブが翻り、拳銃が俺を向いた。目の前に照準が現れた。ライフルよりもずっと早い。
複合装甲で何とか打ち消した。アクティブを抜かないところを見ると、ライフルよりも威力は低め。次の照準がすでに収束を始めている。チャージ時間も威力相応に短い。
単位時間当たりのDP量の分配の問題だろうことは分かる。だが、他に共通点はないのか。
【インセクト・ダーツ/
掴みとったダーツを空中にばらまいた。エサを見つけた蠅のようにまとわりつくダーツの群れ。モデルはローブで跳ねのけた。背後に回った舞奈がモデルに蹴りを見舞う。
モデルの体がカードをめくるような滑らかさでバク転した。舞奈のさらに背後に降り立ったモデルは、無防備な背中に拳を叩き込もうとする。
舞奈は一瞬で振り向き、
「ちょちょっと。今のはなんで?」
戸惑いの声。よく見ると舞奈のバリア/パッシブが吹き飛んでいるが、梯子をつかんだ手はバリアアクティブが残っている。確かにおかしい、彼女は攻撃に合わせたはずだが……。
モデルが舞奈に拳銃を構える。俺は制御盤目指して走る。二つになったモデルの目の片方が俺を捉える。制御盤の前に、うっすらと多重円が見えた。踏み込もうとした瞬間、足元から爆発的な気流が発生する。空中に放り上げられた俺はバッテリーの壁面にシューズを吸着させる。上昇気流で前髪が吹き上げられる。
よく見るとコースターくらいの大きさの円形の何かが下にあった。DPを使って空気を圧縮した地雷か。真下からの攻撃なんて素人には意識できないぞ。
一体いくつ手札を持っているんだ。人間というよりも兵器システムだ。
二対一でありながら、天井に目がついているようにこちらの位置を把握し、その精度がどんどん上がっていく。二対一の優位がほとんど意味をなさない。早馬の情報でイメージできるようになっても、打開策は浮かばない。
このままでは二人の未来位置を同時に捉えるだろう。そこに多彩な攻撃の中から最適を合わせられたらやられる。しかも奴にはバッテリー暴走まで守っているだけというルートもある。
【2:29】
(陽動がほとんど意味をなしていない。俺も前に出る)
『大丈夫?』
(大丈夫じゃないが切り札の一枚くらいはある)
俺は舞奈に作戦を伝え、左右から接近していく。
モデルがライフルを構えた。これまでならこの距離は拳銃だった。俺たちは二人とも奴の視界に入っているのに。いや、問題は奴の目の方向だ。真正面を向いた仮面の中で、ホログラムの目が見ているのは上方。
まずい!!
船内地図を頼りにジャンプする。シューズの反発でかろうじてライフルの射線に割り込む。ソナー/アクティブで敵のDPに微かに干渉できた。
次の瞬間、上のほうで振動が響いた。『きゃあ』という紗耶香の悲鳴が聞こえる。
「紗耶香大丈夫? こいつ」
舞奈が突っ込む。モデルはライフルを空中に投げ、舞奈の方を向く。拳と蹴りをローブでいなし、逆に足蹴りの一発を舞奈に見舞う。かろうじてシューズの反発で交わした舞奈。モデルは落ちてきたライフルを取った。
俺はもう一度射線を遮ろうと足に力を込めた。だがモデルの目が今度は俺をまっすぐに見ていた。照準が俺の額にぴったりと合う。足は
視界が揺れたような奇妙な感覚の後、敵の攻撃は俺の頭部を逸れた。髪の毛が数本宙を舞う。
何で狙いがずれた? さっきの俺はまさに的、超高性能AIじゃなくても狙えるだろう。かろうじて両足を離した俺は、揺れで転びそうになった。
今の幸運ロール成功は船の揺れか。奴が撃った瞬間、左に揺れそこから右に復元した。だからってなんでこの距離で外した? 奴の馬鹿みたいに正確な照準はどこに行った。高さに差がないから想定的な座標は変わらなかったはずだ。
頭の中複数の情報が乱舞する。意識が理解する前に、脳が必要な情報がそろったと伝えるあの感覚が来た。
俺は今、どんな
頭の中に答えがある前提で、それを論理的に掘り起こす。自分の中から直感的に出た答えを自分自身に説明しようとする。思考がスピードを増す感覚。
奴の攻撃は多彩だが基本的に一度に一種類だけだ。もう一つ、奴の攻撃はすべて性質が違うように見えて、やっていることはDPの効果の発生する場所の指定と考えれば統一される。舞奈の
つまり教団モデルにとって一番重要なのは座標だ。それは船の天井にいた時と、この船底で一貫して変わらない。そしてその座標はいわば
つまり、絶対座標と相対座標。
今の船の揺れがその二つの厳密に同期しているはずの座標に小さなずれを生じさせたとしたら。
勝利する未来のシナリオが見えた。
(作戦を聞いてくれ)
俺は【リンク】で全員に言った。
『それは私も含んでいるのかな』
(残念ながらな)
拳銃の照準を避けながらいけ好かない声に答えた。
俺は教団のモデルがAIによる絶対座標と自身の持つ相対座標を同調させて攻撃を実行しているという仮説と、その間の連動を切るための作戦を説明した。
『なるほど、戦場自体を動かすことで絶対座標と相対座標のギャップを作り出すんだね』
(そういうことだ。これは戦場が船だからこそ出来ること。つまり――)
『操船によってモデルにとって予測不可能、君たちには予測可能な揺れを作るというわけか』
早馬は言おうとしたことを先取りした。そうこの男の協力が必要になる。さっきまでのようにそれぞれ別のミッションに取り組むのではなく、一緒にやらなければならない。
AIの神の指示通りに動くのより、ちょっとだけましな地獄だ。
(シンジケートのメンバー資格っていうのは、沈没にも有効なほど万能じゃないだろう)
『実際にどう揺れるかは波との関係になる。作戦の効果を高めるために復原力のぎりぎりを攻めることになる。最悪転覆するが?』
(このままじゃ沈没する。とるべきリスクだ)
『いいだろう。ただし、さっきみたいにこちらに攻撃が来るのはやめてもらおう』
(お前が上手くやればモデルにそういう余裕はなくなる)
何枚もの壁を挟んで、早馬が肩をすくめたのが見えた気がした。実に嫌な錯覚だ。
『私は何をすれば』
(紗耶香はタイミングとおおよその角度をこちらに伝えてくれ。ルルはその揺れを俺たちに分かりやすく加工して伝えてくれ)
『時間的に難しいけどやってみるよ』
これからやるのはまさにマルチレイヤー戦だ。ルルによる敵のAIの妨害、早馬と紗耶香による戦場自体の操作、そして後は俺達だが。
『すごく面白そうなステージじゃん』
(…………そのアドレナリンに酔った思考が頼もしいよ)
俺は舞奈に向かって苦笑した。
【1:40】
作戦開始だ。
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