第12話 バトル(1/3)

「で、状況はどんな感じ」


 清清しいまでの笑顔で舞奈が言った。援軍JKは床の上でぴょんぴょんと軽く飛び跳ねている。特別装備であるシューズの履き心地を確かめているという意味ではまっとうな戦闘準備なのだが、傍目にはこれからジムにでも向かいそうな雰囲気だ。


 ちなみにこの船にはプールはないがジムはある。


「相変わらず緊張感がないな」

「船の中のこと全く把握できないんだもん。パパも困ってたよ」


 一番困ったのはそんな船に躊躇せずに入っていく娘だっただろうに。ダーツセットを受け取りながら、俺はTRPGキャラみたいな娘を持った古城晃洋には同情したい。メイキングしたときはそんなつもりはなかったはずだ。


 ……いかんいかん、発想が下ネタっぽくなっている。ダーツに仕込んだ新スキルのせいだな。


『モデルが船底のバッテリーに干渉しているのは明らかなようです。こちらからの制御が拒否されました。葛城さんが言うにはですが』


 同じ年齢でもきちんとした緊張感を維持している紗耶香の声が届く。


(こちらで向かうと葛城早馬に言ってくれ。紗耶香はこれまで通り連絡役を頼む。なるべくだが情報戦が続いていることを念頭に。ただしルルとの連携に関しては状況から見て控える余裕はない)


『……分かりました』

「じゃあ行きますか。今回はどんな試合になるかな」

「お前が言うと仕合に聞こえるからやめてくれ。密偵的には戦闘になった時点である種負けなんだよ」


 俺はそう言うと舞奈と共に船底への階段に向かう。


 とはいえ状況はそこまで悪くない。戦闘専門職が来てくれてこちらの戦力は二倍以上。相手は一人な上に、船底の構造は狙撃兵に有利な地形とは言えない。




 階段を下りた俺の目の前に、船底の空間が広がっていた。


 俺達が脚をつけているのは船舶用語でいうゼロ甲板。喫水下にある一番下の床だ。船底は当然二重になっているから下が直海水というわけじゃないが「板子一枚下は地獄」と表現したくなる状況は変わらない。


 直接目で見ると、思った以上にがらんとした空間だ。


 目立つものは船前方側に鎮座している二つの大きな台形の構造物とその間にある制御盤くらいだ。一つがコンテナの数倍の大きさはあるそれが、この船の動力のすべてを担う電池バッテリーだ。


 船の電動化は車よりもずっと遅れた。理由は長期航行に耐えるだけの容量と安全性を持ったバッテリーの開発に時間がかかったためだ。旧世代である液体電解質を使ったバッテリーのエネルギー密度は重油の五十分の一。しかも、トラブルでそれが洩れたら火災の原因になる。逃げ場のない船にとっては致命的だ。


 だが電解質を固体にした全固形電池の実用化は、十倍の容量と火災リスクの大幅な低減をもたらした。そうなると熱という形でエネルギーを無駄に捨てるタービンよりモーターの効率の高さが勝る。今や老朽船以外はEVになっている。


 目の前の二つの巨大な台形がその全固体バッテリーだ。五万トンの船を太平洋に渡す巨大なエネルギーが蓄えられている。


 燃えにくいというのは慰めにはならない。液体であるニトログリセリンと違って落としただけで爆発したりはしない固体爆薬ダイナマイトだって、信管を作動させれば同じだけの破壊力を発揮する。


 この戦場に鳴り響く警告音は導火線に点火されていることを示している。


 二つの台形の間にある制御盤の前に立つローブの男だ。背中にライフルを背負った状態で、バッテリーを暴走させようとしている。予定外のイベントに対応するため、船そのものを沈めるという単純なシナリオを選択したらしい。


 テロリストという“設定”を考えればあるいは最初からその予定だったのかもしれないな。しかし、そう考えると教団がそれだけのことをしてまでも葛城早馬を葬る理由については…………。


 フード付きローブが振り向いた。制御盤を守るように立った教団のモデル。服装は古風だが、ホログラムの一つの目が浮かぶ白い仮面は完全にサイバーパンクだ。超テクノロジーで世界を裏から支配する、いや世界を実験台に自分たちだけを次のステージに進化させようとする秘密結社の最大手、そのありようをこのモデルのギャップが映し出しているとしたら。


 いや、今はモデルの背後よりもこの船だ。


 バッテリーの暴走が取り返しのつかないところまで進む前に、こいつを倒して制御を取り戻すのが勝利条件というところか。バッテリー暴走までのカウントダウンが視界に表示される。


【05:11】


「あと五分か。そっちのスタミナは一ラウンド持つか?」

「この足があれば多分大丈夫。遠距離が得意ってことは近づけば有利取れるって感じね」

「打ち合わせ通り、左右から」

「前回と同じってわけね。了解」


 俺達は短く作戦を確認した後、左右に分かれる。白い仮面の一つ目が左右に動いた。


 第ゼロ甲板の左右のバッテリー沿いに、舞奈が右に俺が左に回り込む。仮面の男はライフルを背中に背負ったままだ。どうしてメイン武器を手にしない。


 密偵にとって戦闘と情報戦は同義だ。奴の戦力、戦法を分析して行動を選択する。そこまでは当然の準備だ。問題は始まってから。相手が俺達に適応したら、それを覆す次の手を打ち続ける。戦闘職が圧倒的な攻撃力で、魔法職が不可能を可能にする魔法でそうするように、密偵は情報をもって戦場の主導権をとる。


 ダーツを三本引き抜く。脳内に昆虫図鑑が捲られる。


【インセクト・ダーツ/トリオ】


 レベル4に上がったもう一つの成果だ。三種類のダーツがそれぞれ別の軌道でモデルに向かう。一本目は上空で旋回、もう一本はまっすぐ、そして最後の一本は地面ぎりぎりを時計回りの弧を描いて飛ぶ。トンボ、蜂、蚊。三種類の昆虫のイメージをニューロトリオンによって具現化プログラムしたスキルだ。


 戦闘でダーツを使うことで得た経験とこれまで生きてきて脳内に蓄えられたイメージの融合。イメージが鮮明であるほど、制御の負担が少ないから複数を同時にコントロールできる。


 三つのパターンの異なる動き、正確な狙撃でも対処できるか?


 三本のダーツが三方向から迫る。仮面に浮かぶ一つ目が上下左右に素早く動いた。灰色のローブがマントのように翻る。モデルの腕がローブの裏にあった拳銃を手に取った。三つの同心円しょうじゅんが仮面から空中へと飛び出す。引き金が引かれる。真正面から飛んでいく一本ハチが撃ち落とされた。腕が半回転して側面から迫るもう一本が破壊された。


 最後の一本トンボが空中を旋回して急降下、モデルに向かう。あと数メートルの距離に迫ったそれはモデルの目の前で撃ち落とされた。三方からの攻撃を精密機械みたいな正確さで対応しやがった。小回りの利く拳銃がこの場合はライフルに勝るのは理解できるが、同じくらい正確な射撃というのは参る。


 だが、俺のダーツはあくまで主戦力のための牽制だ。


 地面を這うように走る舞奈は既にモデルに五メートルまで近づいていた。身体調律がシューズの力で強化されている。次の瞬間、舞奈の身体が残像すら見えない速度で飛んだ。振りぬくような光の剣がモデルを薙ぎ払う光跡を描いた。


 拳銃を手にしたままのモデル。だが、ローブがすり鉢のような形になり、舞奈の攻撃を受け止めた。だが舞奈は今度は左手の肘を跳ね上げるようにしてモデルの顎を狙う。決まった、と思った時、彼女の肘は相手の左手に受け止められていた。


 舞奈の動きが止まる。拳銃を手放したモデルの右拳が迫る。舞奈の一房だけの赤毛の前に一瞬でアクティブバリアが展開される。


 不可視のエネルギー同士のぶつかり合い。


 ニューロトリオンの光る軌跡と共に、舞奈が跳ねるようにして飛びのいた。バリアアクティブが一撃で霧散している。見るとモデルの拳には指輪が三つはまっており、DPの光を帯びている。


『……遠距離アウトレンジが得意じゃなかったの』

(……さっきまでそうだった)


 リンクでそう返したが、額を冷や汗が落ちた。今のコンビネーションは、我ながらいい出来だったはずだ。これを完全にいなされたとなると、次の一手なんてそうそう出ないぞ。


 Xomeで軍団のモデル相手に機能したコンビネーションを、レベルが上がった結果、前回よりもはるかに上手く連携出来た。だがモデルは一人で対処して見せた。中距離に対して拳銃、近接距離に対しては拳で。


 奴はオールラウンダ―だったってことだ。事前の情報収集失敗。


『次は完全に同時になるように合わせる。そっちも攻撃力があるようにして』

(分かった)


 俺は引き抜いたダーツを構えた。


 三本のダーツがそれぞれ半円形の軌道を描いてモデルに迫る。すべてが蜂の動きで、スピード重視だ。舞奈がバッテリーの側面をけるようにして四つ目の軌道となってモデルに迫る。拳銃で二本のダーツが撃ち落とされる。俺は最後の一本に制御を集中する。急加速したダーツが右からモデルの仮面に突っ込む。イメージとしては針を構えて突っ込むスズメバチだ。


 同時に地面に手をついた舞奈がばねのように体をはじけさせる。


 左右からの完璧な連携が現出した。正確に言えば俺のダーツに舞奈がタイミングを合わせたわけだが。拳銃を構えていたモデルはまるで対応できず、真正面を見ているように見えた。


 だがその仮面の上で、虹色の目が二つに分かれた。


 踏み込んだ舞奈の蹴りをローブが巻き付いた右腕が受け止めた。同時に俺のダーツは左腕が握りつぶす。よく見ると二つになったホログラムの目が仮面の右上と左下にあった。舞奈の足を巻き込んだローブがひねりを加えるようにして舞奈を空中に放り投げた。


 まずいと思った俺が次のダーツに手をかけた時、二つに分かれた目が中央で一つになる。その視線の先は舞奈ではなく俺だった。


 俺はバッテリーの冷却フィンの後ろに隠れる。遮蔽を取った瞬間、さっきさんざん見たDPの同心円が見えた。赤いリングが俺の胸を縛るように収縮した。


 アクティブバリアを展開する。正面からの攻撃に二重バリアは抜かれた。打ち消せなかった効果が右肩を削った。


 熱い液体が肌を這う。リアルHPが削られる衝撃にもんどりうつ。ライフルを手にしたモデルに自分の愚かさを認識する。ついさっきまで遠距離狙撃に散々苦しめられていたのに、奴の手札の多さに失念させられた。


 情報戦の敗北を悟った。倒れる俺の胸部に、最初から小さな赤い光の円が出現した。だが、次の瞬間、照準が四散した。見ると、舞奈がライフルを持ったモデルに攻撃している。体を回転させるようにして、地面を転がり何とか立ち上がった。


 モデルではなく制御盤に向かってダーツを放ち、何とか敵の注意を分散させる。


「左右同時に対処したよね。どうやったらできるの」

「分からん。目が二つあるとしか思えない」

「二つあるじゃん。じゃなくて、私に対するときとあんたに対するときと、体の動きのパターンから全く違うの。後最後の狙撃も。なんていうか、三人の全くタイプの違う選手が入れ替わっているみたい」


 舞奈の言うとおりだ。遠距離のライフル、中距離の拳銃、近接の格闘、それぞれ全く違う。船の屋根から狙われていた時も感じたが、こうして実際に見てみるとさらに人間味がない。


 そうか、奴のイメージが一貫していないから、ライフルのことが頭から飛んでいたんだ。はっきり言えば奴がライフルを用いた遮蔽無視の遠距離攻撃をすること自体が、頭の中から消えていた。これじゃロールプレイの入れ替えだ。


 だが、戦闘の真っ最中に一人の人間にそんな芸当がどうやったら可能なんだ?


『教団のモデルは自分の意志で動いているんじゃない』


 俺の疑問に答えたのは、いけ好かない優男の声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る