第7話 オークション (1/2)

「ねえルルちゃん。待ってるだけじゃ退屈なんだけど」

「ボクたちの情報は可能な限り秘匿する。ヤスユキの方針は聞いていただろ。それより新しい装備の練習を急いでよ。君は万が一の切り札なんだよ」

「終わったから退屈なんだよ。あっ、この靴すごいね。思った通りに身体が飛ぶっていうか」

「本当かい? ヤスユキは最初大分苦労してたみたいだよ」


 届いたばかりの“装備アイテム”を使いこなしたという舞奈に、ルルはぎょっとして聞いた。


「剣道は刀を自分の手の延長として扱うんだよ。えっと、そう剣禅一如ってやつ。そもそもバーチャルアーツはイメトレ苦手だと話にならないし」

 古めかしい武道用語とカタカナ略称を同時に使う相手にルルは理解に苦労する。ヤスユキにしてもサヤカにしても基本的に論理ベースでコミュニケーションできるのに、マナは常に感覚的だ。


 だが、ルルが確認したフィードバックデータは彼女の自信を裏付けていた。


「そうそう、聞きたいことがあるんだった。このチーム……パーティーだっけ、の深刻な火種になりかねない問題」

「…………一体どんな問題だい」


 さっきまでとは打って変わった深刻そうな舞奈の声音。ルルは緊張した。ただでさえ余裕がないのに、内部争いなど最悪といっていい。


「ルルちゃんは白野さんのことどうなの?」

「…………これまでの話の中で一番理解不可能だよ。せめて評価基準を定めて」

「えっ? いや、だからほら。ルルちゃんも女の子なわけだよね。白野さんを男としてどう思っているのかって話。いや、私はああくまで高峰さんの味方だけど、ルルちゃんと友達の板挟みはきついっていうか。以前私のグループで起きたことなんだけどね……」


 個人的かつ感情的な事例について延々と語り始める舞奈。ルルが関係ない話をどうやって止めるかを考え始めた。


『じゃあさ、私が入る前に、高峰さんと二人だけで白野さんのこと話したことくらいあるでしょ。その時どうだった?』

「…………全く問題なかったよ。サヤカは極めて論理的だからね」

「ふむ。なるほどね』



  ◇  ◇  ◇


 午後二時三十分。レセプションルームは朝とは違う華やかさに彩られていた。会場の周囲にはカクテルグラスが並び、美男美女のコンパニオンが控えている。テーブルには赤と白のワインボトルもある。なんと今どき天然コルクだ。テックグラスに銘柄を表示する。カリフォルニア州のナパバレーとかで作られたワインで、値段を見ると味が分からなくなる奴だ。


 なるほどカジノ的演出を上品なベールで被えばこうなるのか。テーブルの雰囲気が朝と違ってギラギラしている。大金のかかったギャンブルがいよいよ開始というわけだ。


 もっとも俺たちにとって掛かっているのはそれ以上のものだが。俺は緊張している隣のドレス美人に頷いたあと、向かいの白スーツに目を向ける。


「プレビューは楽しんでもらえたかな」

「休日に勉強させられた気分だ。ちなみにこういう高級な酒にも疎い方でな」

「高級? シリコンバレーで株式公開が決まった祝いに使われた稀少カルトワインではあるが」


 邪神をあがめている組織カルトが作っていないだろうな。飲んだら皮膚にうろこが生えてくる感じの。ちなみにそのスーツで赤ワインを飲む気なら、大した勇気だ。『手さばき』に失敗したら笑えるだろう。


「それよりも朝みたいに、あそこで一席ぶたないのか?」

「私は責任者だよ。司会は部下の仕事だ」


 つまり俺達とのギャンブルが本業というわけだ。上杉はともかく、財団が副業可とは意外だな。


「互いの札はどうやって提示するんだ」

「これに互いの選んだ番号を書き、伏せるというのはどうかな?」


 早馬はテーブルのコースターを一つ、こちらに滑らせた。俺は失礼というと、近くを通りかかったコンパニオンからコースターを一つもらい。自分の前にあったそれを早馬の方に滑らせた。


「つまらない小細工をするつもりはないんだが」

「表立ってやる必要がないからな」


 俺は紗耶香にコースターを渡す。紗耶香が番号を書くと受け取り、前に伏せた。早馬も同じことをする。


「それではオークションを開催いたします」


 俺達の宣戦布告が終わるのを待っていたように、壇上の司会が手のハンマーを軽く打ち付けた。


「…………というわけで、歯の再生は健康寿命に密接にかかわり……」

「30。5ポイント」


 発表者による短い説明ピッチが終わり、入札の声が上がった。四番目のIPは歯根の再生医療だ。ちなみに最初の数字は単価で単位はリソースを日本円に換算した場合の一万。ポイントというのはその特許IPの権利の割合だ。一ポイントが1パーセントに当たる。この場合の権利は使用権にあたるもので、将来その特許が生み出す収入のどれだけを配分されるかだ。


 つまり今の入札は一ポイント当たり、30万円で5ポイント。つまり成立したときに落札者は150万を支払い、将来この特許が生み出す収入の5パーセントを得る権利を獲得する。


 ちなみに議決権に関しては特許権保持者が、一定以上を保持する。株式のA株B株の仕組みに似ている。無形資産の扱い方には共通項があるのだろう。


「宮里様はこれで一ラウンドの上限10ポイントに達成です。ご質問はありますか?」

「インプラント等の人工物の性能がかなりの域に達している。生物学的に歯が再生できるメリットだが……」

「はい。再生医療により、歯神経と脳の連絡が保たれることが最大の……。いわば食事の度に脳トレになるわけです」


 入札者の質問に発表者が答える。


「では、次のターンに入ります。残り90ポイントの内、30ポイントが対象です」


 これがこのギャンブルのゲーム的要素だ。各ターンごとに最高値を付けた入札者一人には質問権が与えられる。それによって、次のターンでの落札額に影響がでる。落札者は価値のある特許を安値で確保したことになる。また次のターンに想像以上に単価が上がれば自分が確保した持ち分を売ってもいい。


「おめでとうございます。今回のトップ落札者は更科様です」


 司会の声と共に。落札者のテーブルでワインの栓が抜かれた。落札者はそれを周囲のテーブルの客にふるまっている。勝利の美酒のおすそ分けか。実に優雅だ。


 オークションが進行する。何人かの発表者が、肩を落として壇を降りる。全く入札がないIPも出てきた。金がかかっているだけあって実に冷徹だ。


「それではいよいよ注目のベスト3のオークションに入ります」


 21番目のIPが終わったところで司会者が言った。


 ちなみにここまでの上位三つの落札価格が壇上には表示されていて、紗耶香が最初に予想した三つのうち二つが入っている。紗耶香がきつめのダメ出しをした培養液だけが外れている。このオークションの参加者たちの生物学ロールが、ある意味で証明されている。初期値は俺だけだな。


 しかし、注目のベスト3か。よく言ったものだ。俺は未だどちらも伏せられたままのテーブルの上のコースターを見る。


 残りはプレビューで一番人気だった老化治療の03番。紗耶香が一番有望だといった15番の網膜再生、そして俺たちが最後に訪れた24番だ。…………明らかにそういう順番になってるじゃないか。


 …………


「おめでとうございます本永さま。網膜の再生組織。これまでの最高額で落札です」

 ポンッという派手な音と共に落札者である初老の男性のグラスにシャンパンが注がれた。ちなみにこれは最高額の更新の特別演出だ。


 早馬が俺の手元に視線を投げてきた。俺がコースターをひっくり返すつもりがないのを確認して、少し意外そうな顔になった。


 もし自分の金がかかっているなら手堅くこれにした。だけど、自分キャラクターを賭けているなら話は別だ。今の俺はあくまで黒崎亨ロールプレイなんでな。脅迫で参加させられたシナリオのおかげで、あんまり調子よくないけど。


「さていよいよ残り二つ。次の03番はプレビューでもっとも注目を集めていたIPです」

『我々の開発したmRNAワクチンはセノリシス理論に基づく抗老化ワクチンです』


 細眼鏡の立派なスーツを着た三十代後半の男性が説明を始めた。片手を軽く上げて話し始めるその仕草は、妙に様になっていた。


「セノリシスっていうのは何なんだ?」

「抗老化理論の一つです。組織の再生ではなく、老化した細胞の除去を特徴とします。一昔前は有望だと考えられていました」


 俺の質問に紗耶香が答えた。俺達の向かいに座る早馬が薄く笑った。そんなポーズは要らないって感じだ。いや、演技じゃなくて本当に知らないんだ。

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