第1話 ドレスコード

 表参道の堂々たる路面店の前に僕たちはいた。ベルギーの高級ブランドの東京旗艦店は現代的で上品な店構えだ。貧乏人の感覚では誇示すべき屋号ブランドマークは磨き上げられた琥珀色の壁につや消しグレーでさりげなく刻まれている。


 ふさわしい相手にだけにわかってもらえればいい、とでもいわんばかりの高慢さに見える。


「すこし緊張しますね」

「高峰さんは何着ても様になるからそんな緊張しなくていいよ」


 隣に並んだ女子大生にいった。絹を染めたようなセミロングの黒髪と白い肌、整った美貌の聡明な美女には、むしろこのブランドはぴったりだろう。彼女はアレクサンダーメダルという若い天才科学者に贈られる世界的賞を受賞している。授賞式ではこの手の衣装を着たんじゃないのか?


「今ののろけ?」

「違う。大体これはゲームのための装備調達なんだ」


 僕の言葉に小さく口に手を当てた紗耶香に代わって、彼女の隣に立つ茶髪に一房の赤を染めたJKが口を開いた。古城舞奈、レオタードコスチュームで試合をする格闘家アスリートだけあって、堂々としたものだ。


 いや、ぶっつけ本番で異能バトルに参戦するバトルジャンキーにとっては、この程度何でもないというべきだろうか。


「とにかく買い物ミッション開始だ。僕は三階、君たちは二階。選び終わったら再会だ」


 事前に把握しておいた店内MAPを思い出して、僕は指示した。ちなみに一階はアクセサリーやギフト。二階が女性用、三階が男性用だ。




「ご予約の黒崎様でございますね」

「……よろしく」


 エレベーターを出た僕は、ごく自然なタイミングで現れた男性に絶句した。ファンタジーでもないのに執事がいる。上品な高級空間に溶け込むような店員に対して、お客様の場違い感はどうだ。いっそこのまま裏口から放り出してもらえないだろうか。


 いや、ハンカチ一つで大判のルールブックが三冊そろう値段にビビっている場合じゃない。そもそも値札なんてついてないんだし、何よりも僕の財布じゃない。


「客船ベルドランドに置いて催されるIPオークションのお召し物と伺っております。ご希望はございますでしょうか」


 客のことは完全に把握している。場違いな貧乏人相手に完璧な対応をしてのけるのはプロフェッショナルだと感心する。もちろん僕の背後にあるルルの財力あっての話だが。


「まず目立たないこと。僕はあくまで代理人なんだ。場にうずもれるくらいがちょうどいい」

「了解いたしました。では一般的なビジネスタイアをお勧めいたします。例えばこの色はいかがでしょうか。遠目には目立ちませんが、近づけばさりげなく生地と装丁の上質さを伝えます」

「ええっと、……少し派手に見えるけど」


 店員が示したのは青みのつよいグレーのスーツだった。


「左様でございますね。ですがお客様のご年齢でしたら、あまり地味な色のお召し物ではかえって目立つことがございます」


 プロに任せることに決めた。ただ、譲れないことが一つある。


「なるべく動きやすいようにお願いします。特に靴。走れるくらいがいいので」


 一瞬だけ店員しつじの顔が引きつったように見えた。こちらとしてはなるべく防御力の高い奴と言わなかった自分をほめてやりたい。まあ、戦闘になったら服の防御点なんて誤差だけどな。


 …………


「思ったよりは動きやすいな。さすがリアルタイムオーダーメイドか」


 僕は足の動きを確認しながら言った。ちなみに革靴の革は本物だ。自然保護税がかかるのでただでさえ高い靴がさらにとんでもないことになっていた。スーツはイタリアン・スタイルといってソフトで自然なシルエットを重視しているらしい。


 僕が認識したのはブリティッシュはネクタイの三分の一しか見えないのに対して、このイタリアンとかは三分の二が見えるという程度だ。パスタをイメージして納得したけど、間違いなく間違っているだろう。


「おお、馬子にも衣裳だね」

「馬子の衣装の方がましだよ。御令嬢の馬の轡をとるロールがやりたい」


 四階の『合わせ室』で僕たちは再び落ち合った。広い空間に余裕たっぷりに配置されたソファー、壁一面が鏡になっている。このままパーティー会場に出来そうな設備だ。セレブのパーティーではいまだペアでの参加が基本であり、組み合わせを試すための場所らしい。


「……とても似合っていますよ。白野さん」

「無理しなくていいから。服に着られているっていうのはこういうことなんって実感してる。高峰さんは、言うまでもないか」


 しっとりとした感じの紫のワンピースに身を包んだ美人を見る。腰の所を広めの紐で絞っていて、スマートエレガンスというカテゴリらしい。あまり格式張りすぎず、それでいて上品なスタイルは彼女の若々しい美貌を存分に引き立てている。ティアラを装備したらお姫様に見えるだろうな。


 魅力度APP最高値が、最上級の装備を身に着ける。魅了判定なら自動クリティカルだろう。ファンブルでもしたら場の全員の視線が集中するに違いない。この場合のファンブルが何かは言わないでおく。


「いうまでもないことをちゃんというのがモテる秘訣なんだよ」


 渋い顔で古城舞奈が突っ込んできた。ちなみに彼女は参加しないのでそのままだ。彼女がここの装備に身を固めて紗耶香と並んだら僕よりもずっと映えるだろうに。


「とりあえずこれで装備の調達は終わりだな」

「まった、アクセの一つも選んであげるのがマナーじゃない」


 普段着に着替えなおして一階に降りた時、古城舞奈が余計なことを言った。彼女の指の先にはクリスタルケースに並ぶキラキラした装飾品がある。まるでドラゴンの巣にため込まれた財宝だ。


「いくらすると思ってるんだよ」

「予算余ってるじゃん半分以上。男ならこの女は俺のだって印の一つもつけとくもんでしょ。高峰さんもほら、彼が自分にどんなのを付けさせたいか、知りたいよね」


 他人の財布から出る金額に全く気おされないのがすごい。ルルの財布なんて気にしてやるものかと思っている僕ですら、ここまでの出費にビビってるのに。


 センスに関してはさっき店員相手にさんざんロール失敗したあとだ。この宝飾品がマジックアイテムで、いざという時に装着者を守る役に立つなら真剣に選ぶんだが。


 そこまで考えた時、ひとつピンときたことがあった。


「わかった。確かにそういうアイテムが一つあった方がいいかもしれない」


 僕はスパイ映画のシーンを思い出しながらイヤリングが並ぶコーナーに足を向けた。情報の収集と分析だけが取り柄なのに、キラキラしているとしか感想が言えない。予算内で好きなのを選べばと言おうとしたが、後ろの二人の視線はケースではなく僕に向いていた。


 高峰紗耶香の先ほどの姿を思い出し、このアイテムが果たすべき機能について考えたあと、僕はファンブルだけはしませんようにと祈りながら心の中でダイスを振った。







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2023年7月23日:

次の投稿は来週日曜日になります。


『AIのための小説講座 ~書けなくなった小説家、小説を書きたいAI少女の先生になる~』も投稿しています。現在第三章まで投稿完了しています。こちらもよろしくお願いします。


https://kakuyomu.jp/works/16817330648438201762

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