幕間 天空の芝居

「これで君のプロジェクトは連続失敗デフォルトだ」

「Xomeを失ったことは取るに足らんが、国防隊が関与した政治的コストと軍団からの補償請求は甚大だ。後者に関しても君が交わした傭兵契約が財団にとって不利な形であるためだ」

「挙句プロジェクト自体からも撤退。これでは君の能力に大いなる疑義を持たざるを得ない」


 天空の会議室では神々による人間への断罪のようなシーンが繰り広げられていた。U字型の席に着座する財団幹部が糾弾するのは中央に立つ若い準幹部、葛城早馬だ。


 月替わりで新しく就任した別派閥の議長は嘲笑、中立のはずの財務担当幹部は軽蔑、彼の派閥の長である先議長は失望。遥かに高位の者からのつるし上げに、早馬は表情を微塵も動かさない。


「弁明はないということでいいのだな」

「もちろんです。なぜなら私は失敗などしておりませんので」


 早馬の言葉は彼の庇護者であるはずの先議長すら眉をしかめる不遜なものだった。


「この期に及んで言い逃れとは、降格どころかメンバーから除外するほかないか」

「もちろん、きちんと説明させていただきます。これをご覧ください」


 若い被告は東京を中心とした三次元地図を展開した。点在する三色の点は財団、軍団、教団のモデルを現す。本来なら存在確率にすぎないはずの軍団と教団の活動が明確に示されていた。


正体不明の敵対者アンノーン財団われわれと軍団のモデルがXomeで戦闘を行っていた時間における動きです。本プロジェクトが軍団との共同作戦であることを活用し双方の索敵情報を合成しました。御覧の通り、Xomeに対して教団と軍団の他のモデルが動いた形跡は皆無です」


 自慢のプロジェクトを報告するかのようなプレゼンに苦々しげな表情を浮かべていた面々は、早馬の最後の言葉に表情を変えた。


「アンノーンは教団でも軍団でもない、むろん我々財団でもない。つまり、シンジケートのDP技術の独占が崩れている。君が言いたいのはそういうことか」

「はい。それを前提に次のアンノーンが用いたDPC技術のデータをご覧ください」


 早馬の周囲に多数のグラフが出現し、それが全員に見えるようにゆっくりと回転する。


 出力と隠蔽能力の両立。多彩な発動効果を現すスペクトラム。Xomeという設備自体を実験室として収集されたデータは、未知の脅威者のDP技術水準の高さ、いや異質さを示していた。


「我々シンジケート以外の、我々とは異質の高度なDP技術を持つアンノーンの存在の証明。これが今回の私のプロジェクトの『成果』です」


 両手を上げる芝居がかった仕草、裁判に引き出された被告から舞台の主役俳優に転じた若造に、重役会議ボードメンバーは沈黙した。軍団を巻き込むことによる広域情報と、自らの施設に誘い込むことによる近接情報を組み合わせて、未知の敵の存在を導き出した手腕が見事ということだけではない。


 革新的技術を所有する競合者コンペティターはビジネスにおける存亡リスクだということをここにいる者たちは知悉していた。それは数知れぬ巨大名門企業が滅びた原理だ。


 原子限界オングストローム・リミットやAIの質的限界という断崖は、技術進歩を前提としていた世界の経済、軍事、政治の生態系に混乱をもたらした。この天空の住人たちはそうした環境の変化によりのし上がることで現在の富を築き上げた者たちだ。


 すなわち、既知の問題を解決する者より、解決すべき未知の問題を示した者を評価する。自らが巨大な既得権益と化したからこそゆるがせにできないその原則を、彼らは理解している。


「君の意見は分かった。では君はこのアンノーンにどう対処するべきと考えているのか」

「今は情報取集のフェーズであると考えます。インビジブル・アイズへの干渉からシンジケート内に協力者がいると考えるべきです。国防隊とのつながりも予想されます。まずは私にお任せいただきたい。必ずや皆様の判断に資する資料インテリジェンスを仕上げて見せます」

「いいだろう。君の手腕に期待しよう」


 沈黙したままの新議長に代わり旧議長が言った。早馬は恭しく老人ボスに頭を下げた。


 ◇  ◇


 周囲を取り囲む老いた神々が一瞬で消え、早馬は己がオフィスにいた。


 多国籍製薬企業上杉Uesugiの最上階一つ下、白い壁と上品な机だけの一室は一見するとミニマリストのような空間だ。だがそれは物理空間の話だ。早馬の眼にはいくつもの半透明のモニターが映っている。今回のプロジェクトの結果得られた情報の数々だ。


 アンノーンが文字通りのアンノーンであること、そのDP技術がシンジケートよりも明白に優れていることを証明するための情報であり、すでに上司たちに報告済みの物。


 だが、彼が今回のプロジェクトで得た情報はそれにはとどまらない。


 今回の作戦は財団と軍団という二つの組織によって行われた。すなわち仲介役である早馬は双方の情報を突き合わせることが出来る立場だった。そしてXomeで八須長司に続きクラウディオが倒された後、彼がプロジェクトそのものを取り下げたのは、己が独占できる情報を最大化させるためだ。


 客観的かつ合理的なデータの大半は上司に提供した。だがこれほど異質な相手に対するに一番重要な情報を彼は私物化してる。


 空中ならぶ四枚の写真、自分の成果に優男の顔が酷薄に歪んだ。


『黒崎亨/白野康之』

『高峰沙耶香』

『古城舞奈』

最後にシルエットだけの『ハッカー』


 最弱分派『財団』の準幹部に過ぎない彼がシンジケート全体のトップに立つ。この四枚はその高難易度のゲームをプレイするための必須のカードになるはずだ。


「一切表に出ていない『シルエット』が最重要人物だ。次に二度のモデルとの戦いに現れた男が実働戦力の中心だろう。それに加えて生物科学の天才と、新しく勧誘されたVAの選手。なるほど粒ぞろいではある。こいつらの目的は、行動原理はなんだ?」


 シンジケートよりも強力なDP技術を用いていながら、その行動は極めて小規模。流石に四人などということは考えられないが、小さなチームだろう。そもそも大規模な組織ならシンジケートを滅ぼせるはずだ。その小規模な戦力でXomeに飛び込んでくるギャンブルじみた行動。どんな方針で動いているのか理解できない。


 顎に手を当てたポーズで部屋を横切りながら思考する。マネージメントエリートの早馬にとって、対人情報の扱いは主戦場だ。そして情報の秘匿は絶対である以上、直接接触するのが最適の選択肢。ゲームを楽しむ以上、リスクは取らなければいけない。


 ただし、未知の敵に身をさらす以上、場の用意は万全を期さなければいけない。複雑な条件設定が彼の脳内を渦巻く。それが突如形を作ったのは、窓に着いた時だった。


 タワーを抱える東京湾、行き来する多くの船の光の数々が眼前のガラスに映っている。


 早馬は窓ガラスに重なるようにスクリーンを開いた。情報通信の望遠鏡により、太平洋を越えて東京湾に近づく客船が映った。それは彼が近く開催するイベントの会場だった。


「招待状を用意するとしよう」


 大都市を見下ろす己をガラスに映しながら早馬はにやりと笑った。




**************

ここまで読んでいただきありがとうございます。おかげさまで深層世界のルールブックのブラッシュアップを終えることが出来ました。

複雑化していたストーリーと文章をなるべくシンプルにしたい、カクヨムのコンテストへの参加、という二つの目的で始めたブラッシュアップですが、作者としては前よりは読みやすくできたのではないかと思っています。残念ながらコンテストは突破できませんでしたが、これは作者の力不足です。



今後なのですが。現在セッション3の下書きを書いてみているところです。ある程度書いて、これならいける、と思える形が見えたら投稿を開始したいと思っています。再開の有無や時期は未定とさせてください。


ここまで読んでいただいた皆さんに先のことを約束できず申し訳ありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る