エピローグ
ビクトリア朝ロンドンの荘厳な建物、王立オペラハウスの
狐面を付けたRMモードのルル。彼女の指から黄色の光線が繋がるのはテーブル上のホログラムだ。一見すると
表示されているのは海面上に現れたごく一部であり、ここにIDが見えているだけで危ない。
注目している
俺と舞奈の間には山頂を繋ぐように強いリンクが張られている。舞奈と沙耶香の間にも弱いつながりがある。俺と沙耶香の間に何のつながりもないことだけが救いだ。
おかげで情報の輪は完成せず紐の両端が不安定に揺れている状態というわけだ。仮にこの三者がつながり三角形として情報構造を作れば自己強化により一気に重要性が上がる。そうすると紗耶香つながりで
プラス材料としては、俺と舞奈と直接対峙した傭兵のDPCを破壊できたこと。また、俺と舞奈の現在位置は
これは国防隊の出動による撹乱だ。ちなみに出動理由はコグニトームへの“テロ活動”の疑いである。ルルがやったコグニトーム情報の改ざんを一部表に出したのだ。言ってみれば国防隊はシンジケートの手先としてコグニトームを守る国際条約に基づいて、俺たちを捕まえるために出動したことになる。その指揮官である古城晃洋が実はこちら側なのだから、ある意味最良の欺瞞工作だ。
とはいえ古城晃洋が舞奈の父親である以上限界がある。そもそもどれだけ情報を壊乱しても舞奈がXomeにいてモデルを倒した挙句に逃げおおせた事実は消しようがない。実際ランドスケープの中で舞奈のスコアはどんどん上がっている。舞奈につられて沙耶香のIDもスコアを上げていく。
『墨芳徹のIDを再出現させる。海外がいい。これで残り二人への注目を分散……。サヤカとマナのリンクが強すぎて重心をずらせない……』
ルルの奮闘むなしく、どんどんスコアは上がっていく。舞奈のIDが閾値を突き抜け、続いて沙耶香のそれも続こうとした。背中に当たっている沙耶香の手が震える。俺もさすがに無理があったかとあきらめかけた時だった。
突如として舞奈のスコアが低下し始めた。いや、まるで地形全体が水没するように全体のスコアが下がっていった。やがて表示されたのは『Withdrawal』の文字。
「どう言う意味だ?」
『本来の案件。つまりXomeのNSD関連遺伝子の調査自体が
つまり財団のプロジェクトそのものがなくなったから舞奈のスコアが大幅に減ったと。潜在的に俺と紗耶香をつないでいたのも彼女だ。ヨハネスブルクに再出現した俺のスコアは前科のために高いままだが、こちらは二度と名乗ることはない
「あそこから巻き返すなんてすごいな」
「おかしい。……国防隊との衝突を避けた? いや、そんな理由じゃ説明できない。まるで敢て……」
ルルを称賛した。だが当の本人の顔は晴れない。ルールマスターは理解できないセキュリティー用語を並べながら作業を継続している。
「ええっと【リンク】だっけ、これでいいのかな。もしもし、繋がってますかー?」
四つ目の声が会議室に響いた。元気そうな若い女の子の声。そういえばテックグラスは回収していなかったな。
「古城さん」
「なんか見えてきた。高峰さんもいるんだ? 声しか聞こえない。そっちの二人は姿も見えるのに」
「それはこのシステムを使う上での……」
ルルが作業に没頭したままなので
「すごい。本当に感触がある」
「セクハラはやめろ」
「背中を預けた戦友に硬いこと言いっこなしでしょ。ああ、でも筋肉の硬さはあんまりないか。うーん私的にはもうちょっと鍛えてほしいかな」
「こ、古城さん?」
「っと、いけない。こいつ高峰さんのカレだった」
「えっ、あの、だからそれは説明した通り。あのデートとかは……お芝居で」
「いやいやそれはないでしょ。あの時の高峰さんの様子って……。大体、今も一緒にいるんじゃないの。このままお泊りとか?」
俺の背中の湿布を変えていた沙耶香の手に力が掛った。背中が痛い。ついでに言えばお泊りじゃない。これはTRPGでは『大休息』というんだ。古城舞奈が何を想像したのか知らないが、腰を酷使するようなことが出来る体調じゃない。
「こほん。いいかここはそんな軽いノリで入ってきていい場所じゃないぞ」
俺は注意する。俺たちの
『そちらの事情を聞こうか』
「ルルーシアさんだっけ。何で狐なの? ああそうだ、最初にこれを言わないといけなかったんだ。今回は助けていただいてありがとうございます」
さっきまでのふざけた態度を一転させ、舞奈は背筋を伸ばし礼儀正しく俺達に頭を下げた。まるで剣道の試合前みたいな見事な姿勢だった。そしてすぐに彼女が知るあちら側の話を始めた。
「……というわけで、こちらからはそんなところです」
要するに国防隊と警察が連携してXomeについては調査する。ただし、何も見つからないだろうということだった。まあ、さっきのスコアの変動を見れば十分役に立ったと言える。
「そうそう、あんな危ない組織と関わるなんてって、パパに叱られたんだよね。でも、私被害者だよね。遺伝子ならパパとママにも責任あるわけじゃない」
「……一応確認しておくが、その危ない組織は『シンジケート』のことだよな」
「さてさて。パパは戦略の要諦は敵を一度に一つに絞ること、なんて言ってたから大丈夫じゃない?」
絶対こっちも怪しんでるだろ。俺たちみたいな連中を警戒しない人間が日本の諜報の幹部じゃ困るが。ルルは古城晃洋の任務回線に無理やり通信を繋げた挙句、警察の内部情報も含めたコグニトーム改竄を示したらしいからな。
「というわけでこれからよろしく」
「よろしく? もう君のシナリオは終わったんだが」
確かに便宜上古城舞奈をプレイヤーとして認めたが、あくまでゲストだ。
「でも私もこのチーム、ええっとパーティーだっけ、に入るんでしょ。ねえルルーシアさん」
「ああ歓迎するよ。マナ」
「勝手に歓迎するな。聞いてないぞ」
『マナにはニューロトリオンの才能がある。古城晃洋とのパイプも作るべきだ。君のシナリオ通りじゃないか』
「…………」
ルルは不思議そうな目で俺を見る。くそ、反論できない。システムに戦闘要素がどんどん増えていく。そしてTRPGはシナリオ通りに進むとろくなことが起こらない、邪神復活とか。
「実は子供のころからこういうヒーロー的なのに憧れてたんだよね」
「俺達は正義の組織じゃないぞ」
「へえ、じゃあなんで私を助けに来たの?」
「それは…………古城晃洋に貸しを作る為だな」
「つまり、パパとの繋ぎである私は必要ってことじゃん」
「……」
舞奈の言葉に俺は再び口を閉ざさずにはおれなかった。誰がシナリオを主導してるって?
「それに高峰さんとも一緒だし」
「そうですね。今回のことも考えると……心強いと言わざるを得ないです」
「大丈夫。友達の男に手を出したりしないって。あくまで戦友? みたいな感じだから」
「そんなことを心配してるんじゃないです。古城さんも危険なことになったらと思ってるんです。でも、白野さんだけだとまた無茶をするかもしれないし……」
「そう言えばあのDV話ってどこまで事実を反映してるの? 実際はラブラブなシーンを無理やりそっち方向にもっていったとか?」
「あれはだからあ、お芝居なんです」
「でも今思えば肝心なところはぼかされてたし」
姦しい二人の女の子の会話。由緒あるオペラハウスが放課後のファーストフード店に逆戻りだ。
とはいえ戦力としての古城舞奈は確かに貴重だし、シンジケートに対するのに国防隊とのつながりは必要だ。最悪の場合シンジケートと国防隊に挟み撃ちにされるかもしれないとしても。
そういえば、結局さっきの謎の援軍はこの子の父親絡みだったのだろう。そう思って作業にもどったルルを見る。だがルルは納得いかない表情のまま「誰が干渉を……」と動きを止めたホログラムを解析している。
「うんうん。女の子なら友情より恋だよね」
「何の話ですか」
舞奈が何か言うたびに、サヤカの手が傷口を抉る。俺は思った。今後のシナリオではとにかく戦闘は避けよう。リアルでのダメージは大休憩じゃ治ってはくれない。仮にそれが美女の手当て付きでも。
シナリオを成功させるごとに状況が悪化していく気がする。これだから現実でTRPGをするのは駄目なんだ。しかも登場キャラで普通の思考を持っているのは僕だけだ。
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