第14話 バトル(3/3)

 多くの実験ロボが並ぶXome一階フロア。俺と舞奈のRules of Deeplayerパーティーと、傭兵マシナリー蜘蛛クモのシンジケートパーティー。異種格闘戦ならぬ異能戦が繰り広げられていた。


 状況は不利だ。舞奈の身体能力ステータスにVRアーツで培ったプレイヤースキルは期待以上、ニューロトリオンの剣は相手の脅威になっている。だが、彼女はレベル1でスキルが一度に一つしか使えない。最初は攻勢をかけていた舞奈も、今はかろうじて傭兵の攻撃をしのいでいる状態。


 レベル3の俺は、三階にいる蜘蛛が操作するドローン部隊の対処に手いっぱいだ。四つのプロペラで空中から攻めてくる飛行型、遠巻きに取り囲んで隙を見つけて走りこんでくる犬型。立体的な連携に圧倒されている。【ソナー】で後ろの敵も見えなければとっくにやられている。しかも地下から上がってきたボスドローンのレーザーが狙ってくる。退路を確保するどころか、舞奈とは反対の壁へと追いやられている状況だ。


 もちろん切り札はある。本来のシナリオなら舞奈を脱出させた後で俺が逃げ出す必要があったのだ。手段もなしに殿など出来ない。だが、それを切るために必要なわずかな時間がない。現在の戦場において必要な十数秒は永遠を意味する。


 つまり俺達は分断され両方共に劣勢。切り札を切る余裕がない。紛れがないまま敗北へ進む。


 戦場の全体像は脳内に認識した。いつもならここから勝利する未来へのシナリオを生みだす。だが、この状況でそんなものが見つかるだろうか。


 上空と地上からの攻撃を辛くもかわす。だが、逃げた先には犬型が回り込む。ボスドローンのレーザーがもう少しでチャージされる。


 向こうでは舞奈が傭兵の攻撃を光の竹刀で受けて、かろうじて反動で後ろに逃れた。彼女が隠れた柱に金属環の鞭が回り込む。転がるようにして逃げ出す舞奈。


 絶体絶命だ。未来どころかこのターンで二人ともやられていた可能性だってあった。


(むしろなんでまだ終わっていない?)


 敵のモデルコンビの組み合わせは最適だ。蜘蛛は一体一体は強くはないが、連携した群れ行動をとる多数のドローンを的確に制御する。傭兵は決定力を持つ一個の強力な戦力だ。極めて多彩な戦術を取れる理想的な組み合わせパーティーだ。


 例えば蜘蛛がドローン数体で俺を牽制、一台でも舞奈の背後に向ければいい。傭兵の攻撃は容易に彼女をしとめる。その後俺をつぶせば終わりだ。誰でも思いつく作戦だ。なのになぜ律義に一対一の状況を維持している? むしろ分担したようにフロアの左右に分かれている。


 俺と舞奈は即席パーティーだ。難しい連携など出来ないのだから、分担が分かれているのはむしろ合理的だ。


 そうだ。この圧倒的に不利な状況すら、相対的に俺たちに有利すぎる。奴らが必勝の作戦を取らないのはなぜだ?


 俺達の脱出を確実に防ぐため? ルルの存在を警戒している?


 この期に及んでどちらの可能性も薄い。俺たちのニューロトリオン能力の限界は向こうはもう把握しているはずだ。あたかも三人目が存在するように偽装しているルルが幻、正確には遠隔サイバー攻撃であることも感づいている。だからこそ蜘蛛は戦力の多くを一階に振り向けた。


 つまり、連携できない理由が向こうにある?


 まず思いつくのが財団と軍団でDPの混線が起こるなど技術的な問題だ。あるいは潜在的な敵対関係である財団と軍団のモデルが互いに信頼していないという政治的な理由。得る話だが、わざわざ軍団が派遣している説明がつかない。


 連携出来ない理由はどちらにある。蜘蛛と傭兵ではなく、八須長司とブラウディオ・ノゲイラという二人の人間について知っているデータを頭の中でロールプレイする。


 舞奈に向けて金属環の右腕を突き出した傭兵を見て、可能性が浮かび上がった。


 ルルのデータによると、ブラウディオは従軍中の負傷により片腕を失った。同時に多くの戦友を失い部隊は壊滅。優秀な下士官として知られていた奴が傭兵になったのはその後だ。


 奴の部隊を壊滅させたのはドローンだったはずだ。


 つまりブラウディオにとってドローンは忌むべき存在だ。ゆえに八須長司はドローンを一定範囲には近づけないようにしている。それならこの状況に説明がつく。


 あり得るだろうか。向こうにとって俺たちRoDは未知の強力な敵だ。万全の警備体制で備えていたし、ニューロトリオンによるスキルに過剰なほど警戒していた。感情的な問題で不合理な戦術をとるなど余りに非現実的な仮定だ。


 俺の中でロールプレイするブラウディオが首を振った。


 元プロの軍人だから戦いでは合理性を追求する? それは人間の本質を外したロールプレイだ。人はロボットではない。如何に経験を積んでも、いや経験を積むからこそ生まれる不合理がある。


 記憶とは感情と結びつくことによって強く脳に刻まれ、その記憶はきっかけさえあれば自動的にロードされる。本物の戦場で刻まれた記憶は日常とは比較にならないほど強く、合理性など無視する。


 生物にとって根源的な恐怖により強く脳に刻まれた記憶。戦場から生きて帰った兵士が取り戻したはずの平穏の中で自殺にすら追い込む深刻なPTSD《トラウマ》だ。


 試す価値はある。俺は頭上を飛ぶ飛行ドローンを確認する。狙いはDP制御の方だ。


 円を描いてこちらに迫る機械の猛禽。それが急降下体勢に入った。飛び上がった俺は右手のグローブを使って空中で突起をつかみ、ニューロトリオンで一時的にショックを与える。そのまま背後に向かって投げつけた。機体は最低限の飛行安定システムに従って落下を防ぐための軌道を選択する。


 小さな空軍は友軍の領空を侵犯する。舞奈を薙ぎ払おうとしていた傭兵が、突如として天に向かって金環の腕を突き伸ばした。ショック状態から脱し、本来の任務にもどろうと旋回するドローンが空中で粉々になった。


 ドローン部隊が乱れた。味方の誤射に三階が混乱している。傭兵の方も飛び下がるように距離を置いた。敵パーティーの連携がゼロからマイナスになった。切り札を切るなら今しかない。


沙耶香サブマス。準備は?)

『最終ステップで止めています』

(ルル《マスター》、空調経路は確保できているか)

『必要なバルブはすべて閉鎖済みだよ』

(OK)


 エレベーターから出たときハッキングした実験ロボの上に飛び乗った。天井に向けて伸びるダクトを外す。下のブースで、沙耶香のロボットアームが瓶をひっくり返した。ビーカーの中で撹拌機が回転する。俺はダクトを天井の換気口に突っ込んだ。


 ブースに設定された陰圧装置が最大出力でブース内の気体を吸い上げる。


 効果はすぐに出た。陣形を立て直そうとしていたドローン部隊が沈黙していく。犬型はうずくまるように停止し、飛行型はホバリング体勢で止まる。


 ボスドローンに至っては最初に出てきた巣穴ダクトに引き返していく。自動退避プログラムの発動だ。ドローンは常にコントロールから外れる危険性を抱えている。通信が切れたときに自動的に発動する安全確保と退避機能を持っている。


 沙耶香が実験ロボを使って合成したのは亜酸化窒素N2O。二つの窒素原子と一つの酸素原子からなる単純な無色透明の気体分子だ。その別名は『笑気ガス』。医療用にも使われる麻酔薬で吸引すると速やかに酩酊状態になる。


 ダクトを通ったガスは本来なら屋上へ向かい建物の外に排出される。だが、ルルがハッキングしたバルブが閉められたことでダクト内に籠る。充満したガスは俺が地下に降りる時に開けた穴から三階の管理室に流れ込むというわけだ。


 これで二対一。後はあいつに一撃加えて脱出する。俺は舞奈に『右から行く』と伝えて走る。舞奈は無言で左へと走る。


 走りながら腰のベルトに刺した隠し玉のダーツを確認する。後三本。そのうちの二本を手にする。


 舞奈が剣を構えて反対側から傭兵に迫る。傭兵はこちらをちらっと見ると、ブースを遮蔽にして舞奈に身体を向けた。脅威度に関する正しい判断だ。左足のシューズに力を籠め台だけになったブースに飛び上がる。そして左手のダーツを天井に向かって投げた。


 ダーツが天井のパイプに巻き付く。ダーツに結び付けたテグスをつかんだ。サーカスの空中ブランコのような半円を描いた俺の目に遮蔽を越えて大男の背中が見えた。禿げ頭の中心にあるDPCに向けて右手のダーツを投げる。鎖が傘のように盾を作る。ダーツは盾にぶつかる瞬間に大量のDPとしてはじけた。


 DPによる閃光手榴弾だ。これのいいのは奴が背後を向いていても関係ないことだ。


 反射的に目を覆った傭兵の前に舞奈が駆け込んでいく。光の斬撃が奴を襲う。かろうじて鎖を前面に移動して防ぐ傭兵。だが舞奈は構わず攻撃を続ける。攻撃の度に金属環が周囲に飛び散る。


 どんどん薄くなっていく傭兵の盾。向こうはもう反撃の手すらないらしい。テグスから手を放しブースの一つに着地した俺は、無駄な手出しを控えた。


 だが、あと一撃で敵の防衛に穴が開くという瞬間、舞奈は前触れもなく大きく後ろにとんだ。


「あいつ攻撃の雰囲気してる」


 その言葉と同時に異常に気が付いた。周囲に浮いている七色の円。つまりディープフォトンフィールド《DPF》の密度がいつの間にか増している。周囲に散らばっていた金属環が一斉に空中へと浮かびあがった。俺たちの周囲で金属環が激しい回転を始める。


 その金属環同士をDPFが繋ぐように光った。俺はとっさに腰から最後のダーツを引き抜いた。俺と舞奈の間の地面にダーツを叩きつけた。ダーツから崩壊したDPが発生するのと周囲を黄色い光が覆うのは同時だった。


 バチバチという音と目を焼くような光が周囲を取り囲み【HP】の表記が消し飛んだ。濃いオゾンの香りが襲い掛かってくる。


 隣の実験ブースで煙を上げるロボットアームがうなだれていた。通路で動きを止めていた犬型ドローンがひっくり返って四肢をびくびくと痙攣させている。目の前に飛行ドローンの残骸が落ちてきた。


 そして俺と舞奈は感電した半身を抱えて膝をついている。


 回転する磁界じしゃくによる電流の生成。つまり電磁誘導による電流の範囲攻撃だ。


 三階分のDPFを一階に集中させたのだろう。DPF構築の起点モデルが一つになったことを逆手にとった切り札というわけだ。ダーツで大量のDPを発生させて効果を乱さなければ終わっていた。


 だが、次が来るまでに対処しないと結局はゲームエンドだ。


 周囲のDPFは今の攻撃で薄くなったが天井から傭兵を中心にDPFが補充されつつある。地面に散らばっていた金属環が奴の腕に回収されていくが、大半が周りに散らばっている。近づけば電撃が来るだろう。


 ニューロトリオンで保護された頭部はともかく、守れなかった半身にしびれが残っている。この足じゃ、出口まで間に合わない。後ろから狙い打たれて終わりだ。二対一に持って行ったのにさっきまでよりピンチになっている。


 どこにも希望がない。今度こそ諦めたくなる。だがあいにくだが僕はロールプレイの途中だ。密偵とは絶望の中でも情報を集め続ける。勝てる未来を創造するために。


【感覚調律/視覚】【ソナー/アクティブ】


 強化された視覚が敵の腕の根元近くのひときわ強い一つの赤い光をとらえた。金属環の一つがアイドリング中のエンジンのように動いている。それが何かはすぐに見当がついた。奴のDPアームをコントロールしていたスレイブコアだ。


 つまり脳のマスターコアの下で金属環の磁力制御を担うアレさえ叩けば電流は止まる。となれば問題は……。


(俺が奴の電磁バリアを止める。後は任せた)

『は? ちょっと』


 痺れる足を引きづって立ち上がる。これでもレベル3だ。それにモデルとの戦いに関しては一日の長がある。


 俺の脳を中心に【ソナー/アクティブ】が周囲に広がる。地面に転がる一つの反応を認識した後、シューズの反発だよりに走り出した。先の戦闘で腕のベルトから落ちたダーツを拾い上げた後、天井から垂れ下がったテグスに向かって飛び上がる。残っていた左のシューズのそこが剥がれ落ちたが、かろうじて手が届く。


 回転ブランコの要領で敵の上空を旋回。【ソナー/アクティブ】で敵の周囲をサーチする。傭兵の周囲の金属環が回転を速める。だが、俺が見ているのはDPFの濃淡だ。回転の中心に、台風の目のようにDPFの薄い部分を検知した。


 テグスをつかんだ手から力を抜く。グローブを使って摩擦をコントロール。DPFの目に突っ込む。傭兵の体を中心に電磁障壁がこちらに迫る。電流のしびれが体を覆う。【バリア/アクティブ】で守った腕を電磁障壁へと突き出す。ソナーで相手のスレイブコアをロックオン。右手のこぶしを開きダーツを解放した。


【ダーツ・オブ・アビス】


 スキル名通り、ダーツはアビスのように複雑な軌道を描き、敵に迫る。傭兵の右腕の鎖の中に入り込む。回転し、連結と分離を繰り返す複雑な地形を潜り抜け、回転する赤い光に向かって進む。


 それがぶつかった瞬間、全ての鎖が動きを止めた。帯電していた鎖が崩れる。だが、地面に落ちる鎖の音を聞く前に俺の目の前に黒鉄のような筋肉が迫った。


 体が壁に叩きつけられ、肺の空気の全てを吐き出させられる。あの時のマンションの再現だ。主力を止められるや即座に生身の左手で殴りつけた。これだからプレイヤースキルもちは嫌なんだ。


 だが、今回はこっちにも格闘経験者がいる。


 舞奈が間合いにマシナリーを捕えている。がら空きになった傭兵の胴体にこれまで以上に強力に光を帯びたブレードが叩き込まれる。「ごふっ」といううめきはこいつの口から聞く初めての声だ。


 大男は崩れかけた体を踏ん張り、同時に腰から引き抜いたナイフが舞奈に向かう。だが白銀の一閃は左手首を打ち据える剣に止められた。傭兵のナイフを叩き落とした反動で跳ね上がる光の切っ先は、低くなったスキンヘッドに向かう。


 振り下ろすというより、斜めにぶつけるように見える高速の一撃が眉間を捉えた。胴、小手、面。剣道なら三本取った形オーバーキルだ。


 男の頭部でDPCが砕けた波動が俺のソナーを揺らす。軍団のつわものは片腕の姿で地面に倒れ伏した。完全に意識を失っている。


「あの中に突っ込むなんて無謀過ぎない?」

「俺の取柄は頭の中身ニューロトリオンだけなんでな。そっちこそあいつが落ちていくだけの俺を脅威に感じなかったら危なかったぞ」

「だからそういうのって大体わかるんだって。あと、そういう説教みたいなのはせめて立ち上がってから言って欲しいかな」


 壁に背中を預けた俺に手を差しのべる舞奈が不敵に笑った。確かに姫君に自力で逃げ出してもらう作戦シナリオだったが、まさかぶっつけで戦闘をやらかすバトルジャンキーとは思わなかった。


 苦笑を浮かべて年下の女の子の手を握る。


「あ、あれ?」

「お、おい」


 引き上げるはずの腕が逆にこちらに向かって倒れてきた。ついさっき筋肉ダルマを打ち倒したとは思えない柔らかい身体が密着する。


「ごめん。なんか体力の限界かも。あと、頭がガンガンする」


 手術着一枚だけの女子高生は俺の上で小さく呻いた。未成年が二日酔いみたいな台詞を吐くんじゃない。はずみで胸元から少し控えめなお椀が、その見えてはいけない先端まで見えるだろう。


『…………急いでください。周囲が異常に気が付いています』


 温度の低い沙耶香の警告が届いた。俺は慌てて舞奈を抱き起して二人で裏口に向かう。ルルの操作で開いたシャッターから外に出た。


 Xomeの表には警察、消防の車が集まっていた。俺の目にはそれが日常にもどってきたような錯覚を与える。一台、異様な雰囲気を纏った車両がある。公道を唯一人の手で走ることが許可されている証である緑色のホログラムナンバー持ちのゴツイ車両だ。


 どうやらルルは交渉ロールに成功したらしい。国防隊はここで行われている“コグニトーム”に対するテロ活動を防ぐために出動したのだ。


 俺は舞奈に合図をした。彼女は俺から離れて、ジープへ向かった。手術着の少女が車に近づくと、ドアが開いて四十代くらいの精悍そうな男性が舞奈を抱きとめる。

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