第14話 バトル(2/3)
窓一つない清潔で寒々しい空間。モニターに囲まれたベッドの上で、私は膝を抱え体を丸めた姿勢でいる。下着すらなく、手術着一枚で覆われた状態が心細い。
父親の職場見学で見た野外遠隔手術車の中に似ていることには気が付いている。側面のモニターで回転しているのは多分私の頭部。頭蓋骨の内側にいくつもの矢印が突き刺さっているのが恐ろしい。
分からない、何がどうなってるの。助けてパパ。
顔を膝に埋める。暗い視界に映るのは捕まった時のこと。あの大男はVAのタイトル戦が遊びに思えるような、初めて体験する本物の戦いの空気を纏っていた。
そう言えば高峰さんはどうしただろう。あのストーカー男は? あの時、あいつはまるで私たちを守るように大男の前に立った。前に会った時は頭の良さや冷静な態度が、高峰さんにはお似合いなのかも思った。私へのアドバイスには納得したけど、個人的には男らしさを感じなかった。だから最低のDV野郎と聞かされても自分の直感が外れたのだと疑わなかったけど……。
空気が前髪を揺らした。音もなくドアが開いていた。思わず両手で体を抱いて後ずさる。入ってきたのは小型の掃除用のドローンだった。ドローンは入り口を守る大型のロボットを素通りして、ベッドの私の前まで来た。頭の上に小さなケースが乗っている。
恐る恐る手に取った。蓋を開くと二つの透明な円形が左右に並んで収まっているのが見えた。
「テックグラス?」
ケースから一枚の紙がシーツに落ちた。装着を指示するメモだ。当然躊躇する。でも、少しだけ丸身を帯びた文字に見覚えがあった。無理して女の子らしくしようとしているんだけど、内容が情報に偏りすぎているから失敗している。
「これ以上悪くならないよね」
グラスを装着した。視界が渦巻いた。奇妙な幾何学形が回転してぴったりと合わさる。【コギト・エルゴ・スム】聞いたことがない言葉が勝手に頭に響き、私の意識を吸い込んだ。
見たことないくらい必死な表情の友人が頭の中に現れた。
◇ ◇
螺旋状の渦巻きが降りかかってくる。俺は動けない。落下の衝撃を殺すため、靴が床に粘着しているのだ。着地硬直のタイミングを完全に把握されている。左腕から抜き取ったダーツを背後に投擲、NTの圧力で金属環の一部を崩壊させ、空いた穴に向かって両手をついて転がる。
ダーツが空けた穴の向こうに、歩行型ドローンが回り込む。犬のような鼻柱を右足でなんとか蹴り飛ばし、そのまま反動で距離を取る。ちくしょう、また一台畜生が増えた。
【HP:9/30】
HPは一桁。左腕のダーツは残り四本、どちらも三分の一を切った。しかもまずいことにこの武器がこけおどしであることがばれてきている。
傭兵が突っ込んでくる。強化視覚が相手の左手が腰に回るのを捕えた。シューズの空気圧のコントロールを合わせてバク転する。実験ブースを足場にもう一段飛ぼうとしたとき、右足から何かが抜ける音がした。
「っ!!」
シューズのアウトソールからジェルが漏れている。市販品なのに無理やり戦闘をさせられた装備の悲鳴だ。まるで俺自身だな。
空間に
地面に着いた足が熱い。左足のふくらはぎに熱い痛みが走った。男の手にサバイバルナイフがある。格闘技プロのこぶしですら凶器扱いなら、プロ軍人が持つ刃物なんて銃器以上に危険だろう。
スキルを無理やり同時に使ったショックで頭がくらくらする。恥も外聞もなく地面を転がる。間一髪で鎖の鞭を避けたところで、体が壁に突き当たった。
ダーツを引き抜こうとした指が空を切った。転がったショックでベルトからダーツが落ちていた。傭兵が右手を砲台に変える。
万事休す。だがマシナリーは引き金を引かなかった。這うようにして柱の背後に逃げる。今追撃されたら決まっていたよな?
疑問は背後で生じた「チン」という音が教えてくれた。開いたエレベーターから手術着の女の子が出てきた。彼女の両眼にはニューロトリオンの光が、手には光る警棒くらいの円筒形がある。
周囲を警戒していたドローンの一体が舞奈に襲い掛かった。彼女は慣れた手つきで光る棒をふるいドローンを弾き飛ばした。
勝利”条件”がやっと発生してくれた。
後は
さあ、早く逃げてくれ。残念ながらエスコートは出来ないから、今の調子で何とかしてくれよ。
期待に応えるように背後から犬型ドローンがはじけ飛んできた。四本足を痙攣させた後で沈黙したのはさっき俺を襲った個体だ。確かすぐ後ろにいたような?
そう思った時、素足の足音がこちらに近づいてきた。
マシナリーが腕を前にして警戒態勢を取り、仲間を破壊されたドローン部隊が出口を塞ぐように陣形を組む。予想外の展開に唖然とする俺の横に彼女が並んだ。
「作戦と違うんだが」
「友達の“大事な人”を見捨てるわけにはいかないでしょ」
見事な姿勢で手の円柱を構えて見せる舞奈。丸めたリボン状だった円筒が伸び、竹刀くらいの長さになった。
君の手に構えた武器は確かにルルが材料の大部分を注ぎ込んだ代物だ。実は俺の装備よりコストがかかっている。でもそれはレベル1に自力で逃げてもらうという無茶へのせめてもの配慮なんだが。
「遊びじゃないんだぞ」
「高峰さんからはゲームだって聞いたけど」
「そうじゃ、いやそうだけど……。違う、戦えるのか」
「多分あんたよりは行けると思う。というわけで、大きいのは私がもらうから」
レベル1が口にしてはいけないセリフを吐くや、彼女は止める間もなく飛び出した。向かうは彼女とは大人と子供以上の大きさに差がある大男だ。
新手に警戒しているのか、傭兵は手元に回収した鎖を構えた。二の腕の部分の形状が縦に三分割して盾のようになると同時に、余った金属環が棒状の武器を形成する。近接戦闘スタイルの巨人に向かって、舞奈は地面を蹴って飛び込む。
空中で体の光が消え手元に集まる。ニューロトリオンを纏った
紫色の光が赤い光と激突した。金属環がいくつも飛び散り、あの巨体が数歩下がった。見ると、奴が用意した盾が三分の一削られている。彼女はバク転して着地した。
レベル1だよな。スキルは同時に一つしか使えないよな。つまり感覚強化なしで運動神経強化をあの精度で制御したってことか。加えて武器へのニューロトリオンの注入と身体強化の切り替えをシームレスに繋げただって?
それ俺にはできないんだが。驚きの休まる暇もない。おかげで彼女が地面に降りた時に手術着がめくれてお尻が丸出しになったのに動揺し損ねた。
「向こうが何をしてくるのかわからないのに正面から行くな」
「相手が攻めるつもりか、守るつもりかなんて体の微妙な姿勢でなんとなくわかるでしょ。今のは守りだった」
先輩としての威厳を取り繕おうとした俺に戦士っぽいロールプレイが返ってきた。なるほどこれが
「わかった。強い方は君に任せた。俺は周囲の
「男らしくないね」
「密偵に武人の誇りはないんだよ」
彼女の方が強いなら適切な分担を受け入れるだけだ。
「了解。その割切りは嫌いじゃない」
舞奈がマシナリーにアームを向ける。
(ルルは少しでも蜘蛛を引き付けてくれ。紗耶香は予定通りに実験を始めて)
『何とかするよ』
『分かりました』
パーティー戦とは予定外もいいとこだ。なんでこのゲームは毎回毎回状況がエスカレーションするんだ。
ドローンの部隊に対する。地上型が四に飛行型が二の合計六体だ。出口をふさぐように陣形を取っている。俺の役割は退路を確保すること、そしてこいつらを主力戦に参加させないことか。
飛行ドローンが、エサを見つけたカラスのように突っ込んでくる。反転して躱したところに二体の地上型が左右から挟み撃ちにすべく襲ってくる。左足で地面をける。左右の二匹が平行に並んで追ってきたところで右腕を突き出す。
二体の犬型の直前で地面から赤い光がはじける。さっき傭兵に吹き飛ばされたときに地面に落としたダーツに込めたNTの爆発だ。圧倒的な量のDPにさらされたドローンが完全に混乱する。一体の首に取り付き、強化した筋力で首の関節をひねる。
背後を見ると、振り下ろされた鎖の鞭を舞奈の剣が振り払っていた。踏み込んだ彼女の前には金属環の二段の盾。剣が叩き付けられる。ニューロトリオンのエネルギーがDPを崩し、一枚目は崩壊する。二段目の盾が竹刀を止めるも舞奈が力を籠めると形が歪む。
たまらず傭兵は後ろに飛び、崩壊した鎖を磁力で回収する。
…………
飛び散った金属や樹脂の破片が背後から降り注ぐ。酸っぽい煙の発生する中、舞奈が全力で後方に退くのが見えた。手術着の脇や胸元が汗で重たくなっている。実験ロボのブースにぶつかりそうになり、慌てて片手をついて方向転換している。
俺たちの攻勢は少しの間だけだった。俺はドローン部隊の連携を崩せない。地下から前回俺を追い詰めたボスドローンが上がってきて、ボスを中心に戦闘態勢が整えられている。
強敵に対する舞奈も苦しい。さっきまでの背中に目があるような軽やかな動きではない。一方、彼女に迫る巨体はそのパワーを全く衰えさせることなく、動きの精度を上げていっている。
舞奈の動きにもその武器にも慣れてきている。彼女の攻撃と攻撃の隙間に絶妙に一撃を合わせているのだ。一度に一つのスキルしか発動できないことがバレたのだろう。彼女自前の身体能力が無ければとっくに落とされている。
加勢に行く余裕はない。次々と現れるドローンの対処に追われる。今は前後を囲まれ、頭上には飛行型が舞う。こいつらの役目は俺の行動半径を狭めることだ。背後にボスドローンが移動するのが見える。三つ目の眼球が赤い光をはらむ。HPを削られながら強引に二体のドローンを突破する。
レーザーの進路に回り込み、発射と同時に【バリア/アクティブ】で受ける。跳ね返ったレーザーが天井の配管に穴を穿ち。煙が噴き出す。
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