第2話 デートⅡ (2/2)

「この二つの事務所のどちらかで迷っているというわけか」


 古城舞奈から送られてきたリンクをテックグラスで開く。二つのVRアーツの事務所の情報が眼前に並ぶ。一つは大手で、もう一つは個人代表の小さな事務所だ。


 VRアーツ、VRAは肉体の動きをVR空間に投影することで行われる競技で、格闘ゲームとFPSを合わせたようなイメージになる。原型はオープンソース化された軍の兵士訓練プログラムのようだ。


 競技者プレイヤーの体全体がコントローラーになるため、持久力や筋力といった本人の運動能力フィジカルが反映されるリアリティーと、VRを用いて重力が半分のステージがあったり、特殊な武器を使ったり、まさにゲームと現実の融合だ。


 膨大なデータのリアルタイム処理が必要なので、ゲームとしての歴史はまだ十年ほどと浅いが、ここ数年で大きな盛り上がりを見せている。選手の年俸もうなぎのぼりで、トップリーグなら年俸にして億を超える。


 つまり、アーティストA系ということになる。向かいの席のJKは将来のSEAM候補ということだ。ちなみに彼女の横のJDはすでにSEAMとみなされるので、テーブルのこちらとあちらでくっきりと分かれている。


 SEAMとしての未来を左右する所属事務所の選択。もちろん彼女は僕のアドバイスが聞きたいなんてことは全くなく、マネージメント能力をテストしてやろうというのが本音だ。


 こちらの本音としては、付き合ってられるかということになるわけだが、今シナリオにおける僕のロールがそれを許さない。


 VRA選手のマネージメントを行うのがVRアーツ事務所、VRAMだ。古城舞奈が提示した二つは業界の最大手と、小さな個人事務所という対照的なもの。ルルからの情報で、彼女は五つのオファーからこの二つに絞ったと解る。


 白野康之プレイヤーの表情のまま、意識だけを黒崎亨キャラにして考える。脳内の空間にバラバラに配置されているこれらの情報から、密偵として何を導き出せるか。


 まずわかることは、古城舞奈がVRA選手として将来に期待されていること、もう一つが彼女が迷っているポイントの性質だ。


 VRAは専用施設や全般的なフィジカルコーチングが必要だ。つまり、普通に考えたら大手一択の状況。


「個人事務所、レイナVRAMの方によほど君が惹かれる要因がある。察するに代表の松木麗奈氏に関するものだ」

「………………そうかも、しれませんね」


 試すように俺を見ていたJKは一瞬目を見開いた。おっと、ちょっと口調が強かったか。今の俺は白野康之のロールプレイをしていることをちゃんと意識しないと。


 別に難しいことじゃない。彼女が迷っていたのが業界二位と三位なら、いろいろな要素がありうるのでこんな断定はできない。だが一位と十位で迷っているのなら、十位の方によほど大きな理由が、それもおそらく彼女に特有の理由が存在するはずだ。そして、個人事務所ということは要素は一つしか考えられない。


 ここまで 有形無形問わず、価値というものは二面性を持つ。客観的な価値と主観的な価値だ。その二つをきちんと分けて、その上で軽重を測る。密偵としての対人情報分析の基本だ。


 テックグラスに松木麗奈の経歴が表示される。


「松木氏は引退したVRA選手みたいだね。マネージメント出身じゃないというのは珍しい」

「麗奈さんはVRアーツの黎明期から活躍していた人で私のあこがれ。マネージメント的にはきっとそういう感情的な要素は重視しないんでしょうね」


 古城舞奈は横にちらっと視線を走らせてから言った。


「一般的にはそうだね」


 創造経済においてマネージメントはそれ自体が専門職だ。自分を動かすのと、他人を動かすのは異なる種類の技能であり、突出した才能を持つ個人を組織化して管理する技能は、突出した科学技術や創作の才能と同じくらい稀少で価値がある。SEAMと言われるのには理由があるのだ。


 実際、大手の方ではマネージメント出身が経営を握り、元選手はコーチとして専門的な役割を果たしている。


「すでに大量のデータが存在する確立している分野なら、僕も大手の方がいいと考える。だけど、VRAは新しい競技だ。松木氏の持っている個人的経験がスタンダードなマネージメントスキルを上回る可能性がある」


 松木氏はVRA発展の全体像を持っている数少ない人物だ。TRPGのシステム同様、一つの競技は一つの世界といえる。頭の中で複数の異なる種類の情報が統合されることで、初めて認識できる立体的な世界ということだ。


 それがコンピュータに代替できない『A.I.の質的限界』の原因だという点において、俺はルルや高峰沙耶香の意見に賛成している。今の俺の存在が、まさにそうだ。


 しかし一方で、個人活動と違ってマネージメントは複数の人間をまとめる必要がある。だからこそ、マネージメントスキルはその複雑さを汎用的な一つの基準にまとめ、短期的な数値目標に集約することで管理しようとする。


 複数の球体を並べて線として扱うようなものだ。複数の人間が目的を共有して、組織として動くためには必要な要素だ。そして、その汎用性と数値を支えているのがコグニトームを通じて得られる情報だ。


「この二つのバランスは、データの蓄積と共に後者に偏る。VRAはまだ新しい分野だと考えれば、体験することでしか得られない世界が、意味を持つ可能性があるということ」

「理屈っぽいのがマネージメントの人っぽいですね」


 高峰沙耶香は小さくうなずいたが、古城舞奈はきゅっと唇を締めた。理屈では誤魔化されない、そういう態度だ。唇を結んだ古城舞奈の表情は、確かに戦う女の子のものだった。そんな戦闘モードのJKに、僕は頷いて見せる。


「松木氏がVRAという世界きょうぎをどう見ているのか、素人の僕では理解できない。だから、改めて質問したいんだ。君は松木氏の選手としてのどんなところに魅力を感じたのかな」


 VRA選手同士、松木麗奈と古城舞奈、二人の世界がどう共鳴したのか。いわば、古城舞奈の中の松木麗奈キャラクターを問う。


「それは、麗奈さんが何度も第一リーグから落ちても、その度に復活した不屈の選手だから」

「それは根性があるってこと?」

「もちろん精神的な要素も大きいけど、それだけで何とかなるような世界じゃない。麗奈さんは復活するたびに新しいスタイルを見せてくれた。VRAは…………白野さんが言ったように、すごく変化が激しいから。とにかく、ずっと見ていた私にはそれがどれだけ大変ですごいことかわかるの」

「なるほど。つまり、松木氏は何度も自分の中のVRAの世界を作り変えてきたし、それを実際に自分で体現できる能力の持ち主なわけだ」


 テックグラスに改めて選手松木麗奈の経歴が映る。リーグの推移が示され、それを区切りにするように、試合のデータが分析される。もちろん、情報の収集から分析までルルがやっている。こういうことをやらせたら本当に有能だよなあのマスターは。


 シナリオ進行はトラブルばかりだけど。しかも向こうはそのトラブルが俺のせいだと思ってる節が……。


 とにかく意志と技能の連携、それによる螺旋的な進化レベルアップ。松木麗奈の能力は古城舞奈のひいき目ではない。


「つまり、君の見る松木選手の能力はまだまだ発展途中のVRAにおいて他者には真似できないアドバンテージということだね」

「……………………私が、聞きたいと思ってるように話してます?」

「いいや。ここまではあくまで選手としての松木氏の評価だ。彼女がその経験をマネージメントに活かせるかどうかは分からない。それを判断するには、松木氏の事務所運営を見る必要がある。ここで考えられるのは、松木氏がどんな選手を集めているかだ。君の考えは?」

「そこまでは、考えてなかった、けど……」


 強気だった少女が、初めて躊躇の姿勢を見せた。


「じゃあ、開示されているデータを見てみよう。君になら見えてくるものがあるかもしれない」


 松木VRAMの所属選手のリストが表示される。新しく小さな事務所らしく、三次リーグの選手がほとんどだ。VRアーツは現実の肉体の動きをVRに移すから、選手の各種パラメーターがまるでステータスのように表示される。


「ぱっと見、ばらばらだね。君に似たタイプの選手はいる?」

「いいえ」

「なるほど。つまり、松木氏は自分の事務所に今いないタイプの選手として、君に目を付けたわけだ。どうしてだろうか?」

「それは……麗奈さんはVRAの今後可能性を探っているから、ですか……」

「ふむ、つまり松木氏は経営者としても、選手時代の信念とVRAに関する柔軟な見方を保っている。これは長所だろう。次は大手事務所と比較した場合を考えてみよう。まず一つ目は十分な設備と人員、次が資金面での……」


 コグニトームによって契約内容や報酬のやり取りに関しては透明性が構築されている。コグニトームなしに経営など成り立たず、コグニトームはその使用量に応じて必然的に情報の開示、つまり透明性が上がる。


 どこかの誰かさんたちにとって実に都合のいい仕組みだが、表の世界がこれによって透明性と効率を格段に高めたのは事実だ。おかげで信用という面での、大手と個人事務所の差はかなり小さくなっている。


「……双方の長所と短所をそれぞれ比較するとこんな感じかな。大手事務所の設備や体制と松木氏の個人的なVRAの経験と展望、どちらが君にとって価値があるものか、それを判断出来れば君の結論は出るんじゃないか。僕に言えるとしたらこんなところだよ」

「どちらがいいとは言わないんですね」


 古城舞奈はちらりと自分の横に座る高峰沙耶香を見てから、俺に確認するように言った。


「そりゃ、君のキャラ……VRA選手としての個性と意志の問題だからね。僕に言えることは構造的な部分だけだよ」


 古城舞奈の将来は彼女自身が決める。キャラクターシートを覗き見ることが出来ても、そのキャラクターを操作できるわけじゃない。というか、出来たとしてもしたくない。それはぼくのロールプレイじゃない。


 というか、これはそもそもテストだった。僕は試験官である古城舞奈の反応をうかがう。JKはじっと考えた後、隣の友人の表情をうかがった。そして、唇をかみしめるようにして一度頷く。その手が改めて携帯を手に取った。


 これは、判定ロール失敗か?

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