第2話 デートⅡ (1/2)
「なんか面白い話をしてるね。高峰さん」
偽装
ショートカットの女子高生は接客ロボを呼び止めると、僕たちの席を指さして手続する。そして、当然のように僕の向かい、つまり高峰沙耶香の隣に腰を下ろした。しなやかな足をこれ見よがしに組んだ彼女は、挑発的な目で向かいの僕を見ると
「私、
と自己紹介をした。栗毛のショートカットの中、一房だけ赤く染めている前髪が、彼女の声に合わせて跳ねた。
毛を逆立てた猫に睨まれたような錯覚を一瞬感じた。
「ええっと……沙耶香、友達というのは?」
「あっ、はい。私が二年生の時のクラスメイトで友人です」
仮想恋人は答えた。彼女役も友人の突然の行動に戸惑っているのが分かる。
「ちなみにお兄さんは大学生? 高峰さんと一緒ってことはインナーサークルかな。そんな風に見えないけど」
「ははっ、なんというかいきなりだな」
「だって、高校の時は全くそう言ったことに興味なさそうだった高峰さんを射止めた男の人ですよ。気になるじゃないですか。さっきも、何か面白い話をしてたし」
古城舞奈と名乗ったJKは自分の主張を押してくる。生意気そうにつり上がった口角から、小さな犬歯がのぞいた。引き下がるつもりはないらしい。
ルルから送られてきたJKの素性を把握する。
そう言われてみれば、白いブラウスとチェックのプリーツスカートの制服は均整の取れた肢体を包んでいる。テーブルの下で組んだ足は、しなやかで張りがある。ちなみにスリーサイズは『80―68―82』……って、ルルのやつまた余計な情報を。
古城舞奈本人にシンジケートとのつながりはない。ルルによる行動痕跡の分析では、今回のことは偶然の遭遇の可能性が高いとなっている。
ただし、注意事項として彼女の父親の情報がある。
要するに国家の情報管理の中枢にかかわる、それもシンジゲート絡みの事件に関係した人物の娘ということになる。僕たちの立場としては、間接的にもかかわりたくない人間だ。
「それで、ええっと何だったかな、そう「君とのことは全部遊び」とか。私、あんな台詞リアルで聞いたの初めてですよ」
言葉は冗談めかしているが、こちらを見る目の奥には鋭い光がある。まあ、創作とかTRPGじゃなきゃお目に掛れない類の台詞だろうな。もっとも、今回の場合は意味が全く違うんだけど。
「あ、あのね古城さん。さっきのは……ええっと、そうそんな深刻な話じゃないの。ちょっとした認識の違いというか…………。彼は、その本当は優しい人で……」
「ええー? なんかそんな感じじゃなかったけどなー。私、あんな高峰さんの顔初めて見たよ」
誤解を解こうとした高峰沙耶香が失敗した。『遊び』の内容が説明できないからだと僕にはわかるが、後ろめたそうな表情で黙ってしまった彼女の様子は、完全に悪い男に騙された女の子ロールだ。美人だけに実に似合う。
おかげで、僕に向くJKの視線はますます厳しくなった。
「僕たちは久しぶりに会ってね。実は夕方には地元に帰らなければいけないし。気を利かせてもらえると――」
「ふうん。そういえば、高峰さんってまだ誕生日前だったよね。『真剣』ならともかく『遊び』っていうのはちょっとまずくないかな?」
このままではどんどんぼろが出る。強引でも切り上げさせようとした僕に対して、古城舞奈は意味ありげに携帯を持ち上げた。携帯を握る指にIDリングが怪しく光っている。彼女役がまだ17歳であることを思い出し、僕の顔は引きつった。
もちろん後ろ暗いことなどない。僕たちは偽装恋人であり、
だが、警察は誤魔化せてもシンジケートの注意を引いてしまうのはまずい。ただでさえ、葛城早馬などどう出るかわからない爆弾を抱えている。
つまり、僕は高峰沙耶香の友人の前で、彼女の
「わかった。ちゃんと誤解を解きたい。ちなみに、僕の名前は白野康之。城谷大学の一年生だ」
「城谷……総合教養大としてはギリ一流か。でも、インナーサークルの高峰さんとは天と地だよね。それに」
女子高生の目が店内から、僕のつま先まで『目星』した。
「久しぶりのデートというには場所もカジュアルだし。高峰さんは気合入れてるのに、白野さんは適当な感じだし」
容赦ない連続ダメ出し。大学という社会的ステータスと、服装やデート場所での
平凡な男としては、今回の場合は天秤の向こう側、高峰沙耶香のステータスが高すぎるのが原因だと思いたい。
「高峰さんとはどうやって知り合ったんですか?」
「……僕が生物学の学会を見学したんだ。将来のために専門的な知識を持つ人が集まる場所を知っておこうと思ってね。ところが、いや案の定というべきかな。僕の知識ではまったくついていけなくてね。知ってるかな、ああいう場所ではみんな「私の専門ではないんですが」って枕詞の後に超専門的な質問をするんだよ。で、本物の素人の僕は、意味不明な質問で参加者を困らせてしまったんだ。そこに助け舟を出してくれたのが沙耶香だったんだ」
SEA系の人脈をつなごうという意識の高い同級生を思い出し、昨日の経験を無理やり合成して答えた。将来のマネージメントエリートを目指す人間としては、あり得る話のはずだ。僕の本来の実力と矛盾が出ないように、情けないエピソードに仕上げる。
「つまり、コネ目当てに身の程知らずな場に突入して迷惑をかけていた時に、親切な高峰さんが助けたってことですか」
「なかなか手厳しいね。まあ、僕が勉強不足だったのも、沙耶香のやさしさに助けられたのも全く持ってその通り。彼女がいなかったら、わざわざ出かけた学会で何も得ることなくおわったよ」
「ふうん、あっさり認めるんですね…………」
頭を掻きながらいった。JKは軽蔑の目を僕に向けるが、口調の方は勢いをそがれている。
彼女役との圧倒的なステータス差をカバーする方法がない以上、情けなくてもかわす方向で有耶無耶にしたい。もともと無理筋の介入だ、攻め手を失わせてやるのが無難だと考えたのだ。とにかくこの場さえ乗り切れば、そうそう会うこともないはずの相手だ。
「そんなことはないの。確かに白野さんは最初はなれていなかった感じだったけど。話してみるととても理解力があって。私よりも広い視点で総合的に世界を見ている人なの」
「つまり高峰さんに相応しいだけのマネージメント能力があるってこと」
「そうなの。私の相談にも真摯に答えてくれて。とても頼りになる人なの」
「へえ、人は見かけによらないんですね」
せっかくの僕のロールプレイという名の事実が、お助けNPCによって覆されてしまった。そして、古城舞奈は攻撃の糸口を見つけたと言わんばかりに目を光らせた。
「そうだ、私いまVRアーツのマネージメント契約の話があって、悩んでるんですよ。高峰さんが頼りにするくらいの人ならアドバイス貰えませんか」
化けの皮をはがしてやる、JKの目はそういっていた。彼女の横で僕の退路を断った彼女役JDは、なぜか期待する目でこちらを見ている。
僕は頭の中に
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