第12話 索敵
【―Cogito ergo sum―】
キーワードと共に視界から色が消えた。代わりに脳内のキャラクターシートが、眼前にあるかのように認識される。昨夜脳の中で見たマネキンに『名前』や『カバー』など【稼働中のスキル】の情報が表示されている。
いわばキャラクターフィギュアだ。そのフィギュアの関連した場所に、キャラクター作成時に選択したスキルが並ぶ。いわば脳の
これからやることはもう一つのターゲット、つまりこの会場に潜入しているはずの敵の発見だ。シンジケートに雇われた敵の
視認したキャラクターシートから、索敵に必要な【スキル】を発動する。
【ニューロトリオン・ソナー】
脳内の
モデルは脳内に埋め込まれた【DPC《ディープフォトン・コア》】により、サイバーパンク的な力を発揮する。例えば【Deeplayer】を通じた秘匿交信など、能力を使えばディープフォトン(DP)が発生する。
人間の目はもちろん、機械的なセンサーにすら感知されないDPだが、その正体は低エネルギーのニューロトリオンだ。【ソナー】は網膜にニューロトリオンを展開することで、外界から飛び込んでくるDPを感知する事が出来る。
要するにモデルの【DPC】を検知するためのスキルだ。
実は先ほどあの白スーツ、葛城にも使った。万が一にもあの男がモデルだったら大惨事だからだ。
そんなスキルがあるならタンパク質の蛍光なんて追ってないで、会場を回ってモデル《DPC》の光を見つければよさそうだが、それが出来ない理由がある。
問題になるのはスキルの制約だ。俺はレベル1。使えるのはレベル0と1のスキルだけ。一度に使えるスキルの合計もレベルまでだ。つまり、レベル0のスキルはMP《ニューロトリオン》の許す限りいくつでも発動できるが、レベル1のスキルは一つしか使えない。
レベル0はいわゆる共通スキル。【偽装ID《カバー》】や【
一方、今発動した【ニューロトリオン・ソナー】はレベル0/1の二通りのモードがある。受動的にニューロトリオンを検知するのが【パッシブモード】。ニューロトリオンを周囲に放ち、反射を検知する【アクティブモード】。
アクティブは強力で検出力も高い。だが、レベル1扱いで、何よりも使えばモデルに存在を知られるリスクがある。一方、パッシブは俺の脳内で完結するため使っていることがバレない。だが、検出力が小さい上にノイズに弱く、使用者が移動しているとぶれて使い物にならない。
隠密行動であることを最優先する以上、使うのはパッシブになる。だから、座ったまま会場を見ていても不自然じゃないここを選んだ。ただし、視覚にリンクしているだけあってこの距離では使い物にならない。
そこで、もう一つのスキルを併用する。レベル1の【
スキル・コンボというわけだ。
ボードの前に立つ発表者の一人を凝視する。脳がぼんやり赤く光るのが見えた。この微かな赤い光は普通に人間の脳が発生するニューロトリオンだ。これが見えるなら、一点に集中しているDPCの反応を視認することは可能のはずだ。
だが、スキルの併用をしても、見えるのは集中して見ている狭い範囲だけ。つまり、広い会場の、動く標的に対しては力不足だ。
これが最初からモデルを探すのをあきらめた理由だ。だが、演題の絞り込みにより、状況は変わった。
そう、俺は今からこのスタンドに座ったまま、先ほど選んだ十二の演題の周辺を監視する。モデルと俺が同じ情報から絞り込んでいる以上、引っかかるはずというのが目論見だ。
文字通り高みの見物。こちらの存在を知られることなく、一方的に敵の情報をいただく。
ホールにブザーの音がなり、発表が開始した。発表者が液晶ボード前に立ち、ボードに表示した研究内容を説明し始める。なるほど、確かに『ポスター』を並べたように見えるな。
テックグラスのリストを見ながら、事前に絞り込んだ演題番号の周囲を順に見ていく。
007番、045番、103番……。十二個の演題を一巡した、がそれらしい反応はない。まだ始まったばかりだ。モデルが何らかのアクションを起こすまで、辛抱強く続ける必要がある。
…………
今左の方で光ったか? いや、後ろの液晶表示と重なっただけか。スキルを使い始めてからまだ五分なのに思ったよりも集中力を削られる。小学校の体育のドッチボールで目をはらした時、念のためにと眼科で受けさせられた視野検査よりも疲れる。
もっと距離を詰めた方がいいか。だが、会場の中で棒立ちなんて目立つことはできない。身近でモデルに見られたら、俺の脳のニューロトリオンが普通と違うことに気づかれる可能性は皆無じゃない。
このシステム《RoD》がテスト版だということを忘れてはいけないのだ。
焦りを抑えて、腰をスタンドの椅子に落ち着ける。
観察を始めてからニ十分以上たった。研究の絞り込みが間違っていたのでは? もし、全く見当違いの候補を観察しているとしたら。今この瞬間にも、目的を終えたモデルが会場から出て行ってしまっているかもしれない。
心中の不安に連動して視界が揺れる。その時、視界の端が小さく赤く光った。
045番の発表に近づく男。その頭部に小さな赤い光が見えた。周囲の人間のボヤっとした赤と違い、明らかに一点に光が集中している。しかも、よく見るとジャケットの中、内ポケットのあたりにもう一つ、見えるか見えないかの小さな赤い光点がある。
脳にDPCのマスターコア、加えて懐の中に何らかの
二十歳少し過ぎくらいの黒髪の男は、何の変哲もないTシャツにジャケットを羽織り、ジーンズをはいている。しいて言えば金色のピアスが周囲から少し浮いているくらいか。
つばを飲み込み、男がどの研究に注目しているかを追う。……特に注目しているのは045番、103番そして155番の三つ。俺が絞り込んだ十二個の中の三つだ。
つまりあの男は俺と同じ情報を元にターゲットを絞り込んだのだ。向こうが三つまで絞れているのは、ハンドアウトにあった【
完全に条件が一致した。男のDPCの点滅パターンを
テックグラス上のMAPに赤色の光点が表示された。送ったDPCのパターンからRMが『インヴィジブル・アイズ』上に先ほどのモデルを特定したことを意味する。
成功だ。
スキルを切る。視界に色が戻る。プラスチックの座席に向けて大きく息を吐いた。顔を伏せたまま、こめかみに指をあてて脳が落ち着くのを待つ。
一番の難関『モデルの特定』をクリアした。そして、もう一つのターゲット、ニューロトリオンに関連した『遺伝子配列』も、今の索敵のおかげで三つにまで絞られた。
まさに一石二鳥。後は最後の仕上げだけだ。
俺はモデルがホールから出るのを待って腰を上げ、ポスター発表の会場に向かうために階段を下りた。
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