一行の行方

結騎 了

#365日ショートショート 197

 この推理小説というものを生業にしてながいが、昨今は新しい悩みが増えた。それもこれも、電子書籍のせいである。つまりは、衝撃の一行が演出し辛くなってしまった。


 のろまでない読者諸賢なら心得ているであろう、衝撃の一行というテクニックを。これは、ミステリにおける種明かしの一行を指す。主に叙述トリックに用いられるもので、その一行で全てがひっくり返り、想像していたはずの景色がエラーを起こす。脳内に興奮がどばぁっと流れ出す、あの感覚だ。その一行を、視界の端にも入れたくない。がつんと殴るように、予告なく一撃で読者に食らわせたいのだ。そのために、ページをまたいだ最初の一行にそれを持ってくるテクニックが存在する。フォントのサイズと誌面の大きさを計算して、あらかじめ右ページの最初に位置するように、調整してしまうのだ。こうすると、読者は予期せぬダメージで頭がくらくらしてしまう。ぺらっとめくった次の瞬間に種明かしが現れるのだ。してやったり。作家冥利に尽きる。


 よしんば電子書籍になったとして、その一行を演出したい。しかしあれは厄介な代物で、フォントのサイズを読者が自由に変えてしまえるのだ。若いミステリマニアは小さく、老眼の読者は大きく、といったふうに。そうすると、こちらの計算は一瞬にしてご破算だ。衝撃の一行は、右か左かも分からないページのどこにでも出てきてしまう。読みながら視線が躍る読者は、もしかしたら先に衝撃を視界に入れてしまうかもしれない。くそったれめ。


 うむむ。さて、どうしたものか。ひとつの案として、強制的にページをまたがせてしまう方法は、あるにはある。スペースを存分に設けてしまうのだ。最小のフォントサイズでも改ページを余儀なくされるように、たっぷりと余白を設けてから一行を置く。


 につかわしくないって? 試してみようじゃあないか。































 このように。


 いや、やはりこれでは面白くない。予期せぬタイミングでそれが訪れるからダメージになるのだ。空白が多ければ、次に衝撃があると予告しているようなものではないか。根本的な解決にはならない。


 それでは、こういうのはどうだろう。奇術で用いられるミスディレクションの応用だ。。このように。


 うむむ。これも問題ありだ。そもそも、重要でない文章に傍点を振るなんて、私のポリシーが許さない。それは文学上のルール違反にも思えてしまう。さて、であれば、どんな方法が残されているか。


 一行をばらばらにして、あらかじめ仕込んでおくのはどうか。冒頭から順に段落の最初の文字を繋げると、狙った一行になるのだ。このように。


 いや、いやいやいや。これも馬鹿馬鹿しい。趣旨からずれている。嗚呼、頭がくらくらしてきた。なあ、いいかい。推理小説やミステリに関連しているからといって、痛快なオチがいつも待っているとは限らないのだよ。このように。

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