勝利の鍵
きと
勝利の鍵
この国で戦争が始まってから、もう10年が過ぎようとしていた。
戦争のきっかけは領土問題だったが、もはやそのことをきちんと覚えている人間などほとんどいないかもしれない。兵士は、ただひたすらに敵を殺す。兵士でない者たちは、ただひたすら怯えて生活を続ける。
誰もが戦争の終わりを願っていた。戦場の最前線で指揮を
だが、国の上層部は絶対に戦争を辞めなかった。
もちろん、そんなことをしている国の政治の信頼はがた落ちである。今は、戦争で行っていないが、選挙を開催すれば与党の敗北は確実だろう。
だが、国の上層部は絶対に戦争を辞めない。
勝利のために自らの未来が
そんな彼らが、勝利のためにある物を守り続けていることをほとんどの国民が知らない。
「さて、先日の爆撃により戦死した大佐の替わりに派遣されたのは、君で間違いないな?」
「はい、よろしくお願いします。
准将に敬礼をしたのは、30代の若い軍人だった。
ここは、首都の地下にある軍事施設。作戦会議を行う他に、国の王族や大統領などを守るためのシェルターの役割も果たしている。
若い軍人は、ある重要な任務に就くこととなり、この軍事施設の一室に呼ばれたのだ。「ついてこい」と准将は、短く言うと階段を下っていく。若い軍人は、准将の後を追いながら周囲を見渡す。この施設は、地下3階まであると聞いていた。守りも堅牢で、核爆弾が当たってもびくもともしない……なんて
前を歩いている准将に噂の真偽でも聞いてみようか、なんて考えていた若い軍人の足が止まった。その原因は、壁に書かれた文字だった。
「あの……准将」
「どうした?」
「ここは、地下3階までの施設と聞いていました。ですが、壁にはB4と書かれて……」
「それが、ここが最重要施設に選ばれている理由だよ。いいから、ついてこい」
首を傾げながら若い軍人は、階段をさらに下っていく。気づけば、地下10階まで来ていた。どうやら、ここが最下層のようだ。
階段から離れて少し歩くと、大きな鉄の扉があった。その前には、ざっと50は超える兵士が警護に当たっていた。
准将は、カードキーで鉄の扉の電子ロックを外す。扉の向こうには、また電子ロックの鉄の扉。若い軍人は、
そして、最後の5つ目の扉をくぐった先に、それはあった。
透明なアクリル板に囲われた部屋の中央。そこにまたアクリル板で四方を囲われたのは、1台のノートバソコンだった。
「これが……守る対象?」
「そうだ。あれは、我々の勝利のために必要不可欠な物なんだ」
――中に、重要なプログラムでも入っているのか?
若い軍人の不思議そうな顔を見て、准将は説明を始める。
「あのパソコンには、重要なプログラムが入っている訳でも、敵の機密情報が入っているわけでもない。あるのは――1通のメールの送信履歴だ」
「……はい? メール?」
「ああ。メールの内容は、『我々は、敗北した』という一文だけだ」
若い軍人の困惑は、増していくばかりだった。確かに、軍の人間としてはあまり見たくない内容だが、だから何なのだろう?
「問題は、このメールが送られた時間だ。この敗北を告げるメール、送信時間が――今から3年後なんだ」
「え?」
「つまり、このパソコンは、ある種のタイムマシンなんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなのただのパソコンの故障じゃ……」
「その可能性は既に調査した。だが、100回以上行われた精密検査でも異常はなかった」
言葉が出なくなる若い軍人。絵空事だと思っていたタイムマシン。それが、現実に存在していた。では、なぜこのタイムマシンは、ここまで厳重に守られている?
「このパソコンは、もともと大統領補佐官のパソコンでね。本人の指紋認証がないとメールも送れないものだ。そんなパソコンから送られた敗北宣言……。正式なものとみて間違いないだろう」
「つまり、3年後。我々は、確実に負けるということですか。それを隠すために……」
「いや、それは違う」
「?」
「考えてみろ。このパソコンは、3年後に確実に我々の敗北を確定させる。だが、逆に言えば、このパソコンからあのメールが送られない限り――我々の敗北は決定しない」
「っ!」
敗北を告げるメール。そのメールが送られないとなれば、敗北した未来を覆せるかもしれない。『我々は、勝利した』というメールになる可能性があるのだ。
「理解したかね? 我々は、――この
勝利の鍵 きと @kito72
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