自分探し

八百本 光闇

自分探し

「この頭でっかちの! もうええ! ワイは出ていく!」

 身体カラダカシラから分離した。身体は首から上をボディービルのように持ち上げて頭をびりりと破り、無慈悲にも床に転がした。

「あっ、おい待てや身体!」

 頭の怒りの声も虚しく、身体はさっさと家から出ていった。あたまだけになったカシラは、当然走ることもできず、喚くことしかできなかった。



 身体が庭に出ると、首のないニワトリがいた。犬小屋の周りで元気にコケコケ鳴いている。名はマイクという。

「マイク! おー、よしよし、マイクはええ子やな〜」

 身体はマイクを見つけるとしゃがんで彼の羽を優しくなでてやった。マイクは頭のない主人に全身を通して喜びの鳴き声をあげると、身体たちと同じような流暢な関西弁でだみ声を上げた。

「あんちゃん……どっか行くんか? さっきすげぇでかい怒声がうちから聞こえてきたねんけど」

 身体は立ち上がり、もう閉めた扉の方を向く。

「ああ、もうな、ワイはワイの頭に我慢ならへんねん。だから家出することにしたんや。絶対戻っておへんから」

「ほーん、そうか。じゃあ俺も連れてってくれや。ちょうど俺も、頭が無ぇような俺と一緒のナリしてる奴とどっか行きたいと思っててん」

 それにあんちゃんおらんと寂しいし。と、マイクはない首をブンブン振り回した。身体は目を細めてほくそ笑んだ。

「ああわかった。じゃあ一緒に行こか」




――



 窓の外から、入道雲がもくもくと地平線から伸びている景色が見える。身体とマイクは、隣県まで続く電車に揺られていた。席はまばらに空いていたが、身体は、マイクを自分の首の断面の上に乗せ、ドア近くの手すりに寄りかかっていた。身体は車内でこうやって立つのが好きだった。

  頭だけの人、身体だけの人、全身揃っている人。彼らの頭と身体は仲が良いのだろうか、と、身体は様々な形態の乗客を眺めて思考を巡らせていた。

「……で、なんか行くアテはあるんか?」

 ふいにマイクが言った。マイクは正直のところ、身体を信じていなかった。身体はいつでも脊髄で行動するから、目的地なども用意してないだろうと思っていた。

「……え? うーーーん、あーーーーもちろんあるで」

「え、マジ?」

「ワイが脊髄だけで行動するってのは大間違いや。まれにはちゃんと考えとる」

 誇らしげに腕を組む身体を見て、マイクはない首を傾げた。

「稀ではあるんやな……ま、俺も似たようなもんやけど」

「その稀が来たんだよ。ほらマイク、これ見てくれや」

 身体は電光掲示板の上に貼られた広告を指さした。『オシャレ頭を貴方に……人造頭専門店』

「なんやあれ」

「アイツはワイの頭としてふさわしくない。やから、あの店を巡って新しい頭を探す! 自分探しの旅や! 頭を見つけたらアイツとは全然違うところに住む!」

「新しい頭か……」

「ああ! マイクも新しい頭探すか? 黒猫に喰われて無くなったんやろ?」

「……それはええわ」

「ええんか? 」

「ああ」

「ほーん。じゃあワイのだけ探すわ。ぜってぇあの頭より良い頭を見つけたる!」

 身体はがしっと握りこぶしを作った。筋肉隆々の輪郭がはっきりと現れた。




「いらっしゃいませー! 人造頭店です! おしゃれしたい! 頭を変えたい! 便利ロボットがほしい! そんな貴方にどうぞ!」

 頭がぷかぷかと元気に身体たちや、他の客を迎える。このような接客業は表情を見せられる頭がやるのが定石だった。頭の首元には頭移動用機械がマフラーのように断面を覆い隠している。

 身体とマイクは、男性型頭の欄まで行って、バリエーション豊かな人造頭を眺めた。

「よし、ワイにふさわしい頭探すか!」




「うーん、これはなんか違うわ」

「これはメカメカしすぎる」

「これは筋肉の量がワイと合ってない」

「これは頭がワイの頭になってくれって言うてない」

「これは……えーと、てん? が違うって言うとる」

 身体が人造頭を購入しない理由は、人造頭店を訪れた件数に比例して適当になっていった。何件訪れても、身体がしっくりくるような頭は無かった。「ワイにふさわしいのは、もっと高級で、ムキムキで、イケメンな人造頭なんや!」そう負け惜しみを言いながら、他の身体たちが似合うような人造頭を買って帰るのを、身体はうらめしそうに睨んだ。


 そう身体が焦り、警戒を緩めている隙に、マイクは身体の尻ポケットから、携帯電話を拝借し、頭に連絡をしていた。



――



 夜が深くなり、人造頭店もほとんどしまった後。身体とマイクは、とぼとぼとアテもなく歩いていた。

「……それで結局、これにしたわけやな」

「うーん」

 身体は、悩みに悩み、一番高級、一番ムキムキ、一番イケメンそうな人造頭を買った。身体は、その人造頭を優しく抱きながら、肩を落としていた。

「なんか、元気なさそうやな」

「えっと……とりあえず落ち着けるところに座ろ」

「うーん、せやな」




 頭とマイクは、公園のベンチに座った。夜中近くだったから、誰もおらず静かだった。

「……ってかさ、なんであんちゃんとおカシラさんはケンカしちゃったん?」

 マイクの問いに、身体は「あーー、」と、話そうかどうか唸ってから答えた。


「……ワイが筋肉ムキムキになるためにボディービルしてたらな、頭がいややうて甘いもんめちゃくちゃ食い始めてん!」


「……」

「頭と話し合おうとしたけどアイツは全然ワイの話を聞かへんかった! アイツはもうダメやわ! ワイの頭としてふさわしくない!」

 まじでアイツ頭の病院行ったほうがええで、と、身体は腕を組んでぼやく。しかし彼の声色には、どこか寂しさが含んでいた。

「うーん、それはケッコウな理由やなぁ……」

 マイクはコケッと鳴く。人間とは、こんな単純なことで逃避行をしてしまうのだと、マイクは驚いた。 




「なぁマイク」

 長い無言の時間を裂いたのは身体だった。

「なんや」

「さっきも言ってたけど、ほんとにいらんのか? 頭。あー、ワイ良い奴やから、もし欲しかったらこれ、あげるで」

「あんちゃん。ホントに俺はいらんねん。新しい頭なんか」

「なんでや、頭があったほうが便利やろ。仕事の役割分担とかできるし、感情表現も豊かにできる」

「……同じ頭じゃない」

「え?」

「どんな高級な頭を被ってもな、どんな綺麗な頭を被ってもな、それが好きじゃなかったら意味ないねん。一番しっくりくる頭じゃなかったら、意味ないねん。それがどんなにバカバカしい顔をしようとも、恨めしい顔をしようとも、な」

「……だからマイクは新しい頭を買おうとしないんか」

「ああ。俺は首なし鶏のマイクでええんや。これまでも、これからもな」

「マイクの言うことはよくわかった。それに、俺の気持ちも分かったわ」

 身体が何かを言おうとしたその時、ぷかぷかと頭が現れた。

「頭! なんでワイの場所がわかったんや!」

 身体はちょっと自分の体をフリーズさせて、驚きの声を上げた。

「お前の頭やもん。考えてることくらいわかるわ」

 頭はちらっとマイクの方を向いた。マイクは目をそらしてケケッと鳴く。マイクは身体の目を盗んで拝借した携帯電話で、頭に今いる場所をメール送信していたのだ。マイクはそっとベンチに携帯電話を置いた。


「俺、頭と首だけになって初めて分かったんや……俺はお前にってことが!」

「頭……」

「だから……俺は、お前に戻ってきてほしいんや!」

 頭は頭を下げて言葉を続ける。「ホントにすまんかったと思ってる! 許してくれや!」

「……」

「俺は今、頭で考えてるんやない、心が、俺の心がそう叫んでんねん! この通りや!」

 頭は改めて頭を深く下げる。頭のきつく閉じる目を見かねた身体は、体を震わせていた。

「……顔上げてくれや」

 頭は恐る恐る頭を上げた。それを見かねた身体は、逆に礼を仕返した。「ワイこそ、あのこと、すまんと思ってる。マジでごめん。一番謝るべきなのはワイやわ」

「……」

「ホンマは、マジで寂しかった。ワイ強がって、こんなんも買っちゃって……。やっぱりワイはお前のこと、好きやわ。お前がおらんとなんか、むずむずする。だから、うちに戻ってきてええか?」

「……ああ、ええで」

 身体は頭移動用の機械を取り外し、頭を首に乗せた。キラリと断面が光ったと思うと、またたくまに頭と身体は結合した。「……やっぱり俺身体好きやわ。身体いてたら安心する」「実はワイも頭なくてムズムズしててん」「身体いないのは仕事中だけで十分やな!」「せやな!」

 頭はニコリと身体に笑いかけた。「俺らって」

 その声に反応して身体も「ワイらって」と言う。

「一心同体やねんな!」

 頭と身体は同時に言った。そうしてゲラゲラと笑った。

「帰ろか!」

「せやな!」

「……甘いもん、別に食べてええで」

「マジ?」

「あ、でもバクバクは食うなよ!」

「ああ、約束するわ!」




 空が澄み渡っている。天の川が綺麗に流れていた。優しい風が涼しく吹いている。マイクは、頭と身体が話す姿を眺めながら、大きく深呼吸をして、肩をおろした。

「はー、マジでチョロいなぁ頭も身体も。ほんまバカップルやん。……正直、ちょっと嫉妬するわ」

 マイクは、もういないカシラに話しかけた。当然、誰も返事をしなかった。

「ま、とにかく、丸く収まってマジで良かったわ。……次どっちかが出ていったときも付いてこーっと。コケーーッ!」

 マイクは、コケコケと滑稽こっけいに笑いながら、ニコニコ笑顔の頭と、嬉しそうに手足をくゆらす身体にチョコチョコとかけよった。





(了)

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