第五十六話「バミスト・ラウルニカ」

「くそっ……!

 まさかバミストさんがいるなんて!

 一体なぜ!?」


 僕はつい先ほどまでウラガンドがいた地面を拳で叩く。

 岩を殴ることで拳に痛みが走るが、それを感じないくらいにはウラガンドを取り逃がしたことが悔しかった。


「コット、どうしたの!?

 あのオークはどこに行ったの!?」


 後ろから心配そうな顔で、ハンナが走り寄ってきた。


「ごめん、ハンナ。

 取り逃がしちゃったよ……。

 まさかバミストさんがウラガンドと手を組んでいるとは思ってなくて……」


 僕は俯きながらハンナに言うと、ハンナは首をかしげる。


「バミストさん?

 一体誰のこと?」


 当然、ハンナはバミストさんを知らないので聞いてくる。


「ああ。

 バミストさんっていうのは……」


 僕が説明しようとしたとき。

 ふと後方から声がした。



「バミストとは、僕のことだよ。

 ベアルージュ教のお嬢さん」


 

 僕とハンナが反射的に振り返ると、そこには大きなとんがり帽子を深めに被りマントを羽織った、旅人のような恰好をした青年が立っていた。

 ニコリと笑う爽やかな男で暗い迷宮に全く似つかわしくない。


 一体いつからいたのだろうか。

 全く気配が無かったのに、まるで瞬間移動でもしたかのように急にそこに現れた。

 その感覚は間違っておらず、実際彼は空間魔法を使って瞬間移動してきたのだ。

 男の背後にまだ残っている暗闇の影がそれを物語っている。

 あの空間魔法で作られた空間の亀裂を通って、彼はここに瞬間移動してきたのである。


「……バミストさん。

 やはりウラガンドさんの逃亡を助けたのは、あなたの魔法でしたか……」


 僕が立ち上がりながら言うと、バミストさんはコクリと頷いた。


「うん、そうだよ」


 悪びれる様子もなく、爽やかに肯定するバミストさん。

 

「久しぶりだね、コット君。

 僕が作ったその鞄、まだ使ってくれていてとても嬉しいよ。

 久しぶりの再会がこんな形になって残念だけど、悪く思わないでくれよ。

 彼をサポートするのも、僕の仕事・・だからさ」


 バミストさんは、ウラガンドを逃がすことを「仕事」だと言った。

 僕はそれに対して疑問を感じざるを得ない。


「ウラガンドさんが、S級冒険者・・・・・であるあなたの仕事に関わっているということですか……?」


 バミスト・ラウルニカ。

 彼は、世界に五人しかいないと言われるS級冒険者のうちの一人である。

 空間魔法という超希少な魔法の使い手で、五人しかいないS級冒険者の中で唯一魔神を空間魔術で封印した英傑である。

 その彼が、ウラガンドなんていう悪漢の権化のような男と一緒に仕事をしているのは、彼の性格などを踏まえても理解できなかった。


「彼がやろうとしていることは、僕の今の仕事内容と合致しているからね。

 協力してあげることにしたんだよ」

「今の仕事内容?」

 

 僕が聞くと、バミストさんはニコリと笑った。


「ライズ王国に現れたと噂される魔神の封印、または討伐だよ」

「……!

 なるほど……」


 冒険者は冒険者ギルド協会からS級に認定されると、冒険者ギルド協会から直接依頼が来るようになる。

 その依頼のどれもがS級冒険者にしか頼めない難関依頼であり、日夜S級冒険者は依頼を受けて世界中を飛び回っているのだ。


 そしておそらく、今回冒険者ギルド協会から依頼されたのが「魔神の封印、または討伐」だったのだろう。

 冒険者ギルド協会も各国に事務所を構えているため、情報の収集が早い。

 一早く魔神の噂を聞きつけた冒険者ギルド協会は、魔神を封印した経験もあるバミストさんに依頼したのだろう。


「しかしなぜ、ウラガンドさんなんですか?

 A級冒険者なんて、他にもたくさんいるのに……」


 問題はそこだった。

 A級冒険者の在籍数は大きなギルドで五人程度、小さなギルドであれば一人いるかいないか程度。

 母数はそんなに多くないとはいえ、S級冒険者であるバミストさんが呼べばいくらでも屈強で正義感の強いA級冒険者がついて来てくれることだろう。

 それなのになぜ、わざわざライズ王国に入国を禁止されている悪漢の代表のようなウラガンドを協力者に選んだのかが僕には理解できなかった。


「ボルディアに頼まれたんだよ。

 ウラガンド君がどうしても魔神を倒したいらしいのだけど、ライズ王国を出禁になっているから入国できないという話でね。

 僕がその入国を手助けしてあげたというわけさ」


 あっけらかんとウラガンドの不法入国を手助けしたことを白状するバミストさん。

 やはり、ウラガンドがライズ王国に不法入国できたのはバミストさんの空間魔法のおかげだったようだ。


「いいんですか?

 それは犯罪行為の手助けをしたと言っているようなものですよ?」


 僕はバミストさんを睨みながら言うも、バミストさんは鼻で笑った。


「はは。

 魔神を倒すためなのだから、そんな小さな犯罪くらいは別にいいじゃないか。

 小さな悪より、大きな正義だよ、コット君」


 相変わらずである。

 バミストさんの考え方は昔から何も変わっておらず、自分の正義のためだったら何だってするというタイプなのである。

 だからといって犯罪行為の手助けまでしてしまうバミストさんを、S級冒険者とはいえ許せはしないが。


「バミストさん。

 聞いていたとは思いますが、僕はビーク王国騎士団の命令でウラガンドさんを捕まえに来たんです。

 もしあなたがウラガンドさんに協力するというのであれば、僕はあなたと対立することになりますが?」


 僕は言いながら、先ほど落とした風魔剣を拾って構える。

 まだ心気も体内を巡っているし、あと一回くらいなら満足に戦闘はできるだろう。

 S級冒険者相手にまともに戦えるかは分からないが、やれるだけのことはやらなければならない。


「そう睨まないでくれよ、コット君。

 僕だって、元仕事仲間の君と対立はしたくはなかったんだ。

 ただボルディアとの契約もあって、そう簡単には抜けられなくてね。

 だから、これは提案なんだけれど。

 魔神を倒すまで、待ってもらえないかな?

 魔神を倒した後だったら、ウラガンド君を好きにしてくれて構わない。

 僕の目的は魔神討伐だけだからさ」


 真っすぐこちらを見て提案してくるバミストさん。

 何一つ嘘が無い正直な言葉だと顔を見ればすぐに分かった。


「そもそも魔神なんて本当にいるんですか?

 僕はただの噂だと聞いてますけど……?」


 そう。

 僕は大前提として本当に魔神がいるかどうかにすら懐疑的だ。

 パストリカさんの話では三大迷宮のうちのどこかにいるという話だったが、それすらも少し怪しいと思っている。

 そもそも魔神なんていう超常的な存在が自然界に姿を現すのだろうか。


「ああ、魔神ならいるよ。

 この迷宮の上層のどこかにね。

 前に捕まえた魔神がいると言っているからね。

 魔神は他の魔神の居場所が分かるらしいんだ」


 僕の懐疑的な考えをぶち壊すかのように、バミストさんはあっけらかんと答えた。


 「前に捕まえた」というのは、バミストさんがS級冒険者になったときに捕まえた魔神のことを言っているのだろう。

 魔神がいると言うのであれば、金字塔ピラミッド迷宮に魔神がいる可能性は格段と高まる。

 どうやらウラガンドたちは、なにも理由なくここを探索していたわけではないらしい。


「そうですか……。

 バミストさんがそう言うのであれば信じましょう。

 提案にも乗ります。

 僕たちは、あなた達が魔神を倒すまでウラガンドさんに何もしないことを約束しましょう」


 僕が言うと、バミストさんはニコリと笑った。


「流石、コット君。

 物分かりが速くて助かるよ。

 なんなら、ついてくるかい?

 一緒に行動していた方が連携も取れていいだろう」

「……ついて行っていいんですか?

 僕たちはウラガンドさんを捕まえようとしているんですけど……」

「もちろん、大丈夫さ。

 魔神を捕まえ終わったら、好きなだけ戦えばいい。

 僕は魔神以外には興味無いから、君たちの戦いには干渉しないことを約束するよ。

 心配なら契約書を書いてもいいよ」


 そう言って、バミストさんは空間の亀裂に手を突っ込んで、契約書作成に使われる魔法陣が裏に記された羊皮紙を取り出す。


「分かりました。

 そこまで言うなら、バミストさんについて行きます。

 契約書は今僕が作りますね」


 僕は魔法鞄から羊皮紙を取り出して、慣れた手つきで即席の契約書を作成し始める。

 それを見て、クスクスと笑うバミストさん。


「ああ。

 流石、元ギルド職員さんだね。

 よろしく頼むよ」


 こうして僕とバミストさんの間で、バミストさんたちが魔神を捕縛もしくは討伐するまでウラガンドには手を出さないこと、それから魔神の捕縛を終えたらバミストさんはウラガンドに無干渉になることを契約書によって約束をした。

 もしこの約束を破ったものは、その身に災いが起きる。

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元ギルド職員の冒険者ギルド改革~ブラックギルドで十年働いた僕、限界が来たので辞職してホワイトギルドを作ろうと思います~ エモアフロ @Mclean

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