第五十五話「消失」
初撃の切り上げと同時に、僕は風魔剣を捨てた。
遠距離攻撃なら風魔剣以上に威力と正確性のある、ハンナの
ただハンナの神聖術の準備を終えるよりも先に、まずは不意打ち兼試し打ちとして、風の刃をウラガンドに放ったのである。
ウラガンドは飛んでくる刃を見ても、全く動じていなかった。
冷静に持っている金棒を胸の前に斜めに構えて、風の刃を受ける。
キーーーン!
風の刃はウラガンドの金棒に直撃したが、金棒を傷つけることなく消滅してしまった。
予想以上の堅さである。
大きな丸太ですら真っ二つにする風魔剣の風の刃ですら傷一つつかぬとは。
確か、ウラガンドのあの金棒はオーク族秘伝の物だ。
秘伝の物なのでどのような材質で作られているのかまでは知らないが、オーク族秘伝の武器というだけあり頑丈である。
とはいえ、風の刃が通らないことなどは予想の範囲内である。
基本的にウラガンドとは徒手空拳で戦うつもりだ。
「心気の放出」によって手から心気を送り込めば、相手の身体を内部破壊することができる。
そのため、ウラガンドのような頑丈な相手に僕の心気術は相性がいいのだ。
相手が甲冑などで全身を守っていると心気の通りが悪くなるものだが、幸いウラガンドは自分の筋肉を見せびらかすかのように上半身をはだけさせている。
これなら接触さえできれば心気を通すことができるだろう。
僕は正面から最短距離でウラガンドに突っ込んだ。
僕の身体は全身に心気が通っているため、僕の動きは常人には目で追えないレベルで速い。
先手必勝の速攻攻撃だ。
「ふん、馬鹿が」
正面から突っ込んだ僕の背中にゾクリとした感覚が走る。
僕は反射的にウラガンドにぶつかる直前で左に旋回した。
ドガアアアアン!!
旋回したと同時に、爆音が鳴り響いた。
ウラガンドが金棒を地面に叩きつけたのだ。
もし旋回していなかったら僕が立っていた場所である。
「ちっ、避けたか」
ウラガンドは舌打ちをすると、物凄い速さで金棒を引き抜いた。
普通あれほど大きくて重そうな武器を持っていれば、必然的に動作が遅くなるはずなのだが、ウラガンドはその持ち前の筋肉によってダガーでも扱うかのように俊敏に金棒を操っていた。
危なかった。
まさかウラガンドが、あそこまで金棒を速く振れるとは。
そして、あの地面をえぐるほどの破壊力。
あの金棒、まさに一撃必殺である。
僕の心気術も防御力を無視して相手の体内を破壊する一撃必殺の技。
これは僕とウラガンド、どちらが先に攻撃を当てるかの勝負になりそうだ。
僕は額に冷や汗を流しながら、ウラガンドの金棒を警戒するように少し距離を取って見ていると、後方から声が聞こえた。
「
後方では両掌をウラガンドに向けた、桃と赤の色が混ざった髪色のハンナが立っていた。
詠唱と共に両掌から光の槍が出てきて、物凄い速さでウラガンドに向かって直進する。
「なっ!?」
ウラガンドは驚いた様子で金棒を両手で持ち、光の槍をガードした。
ズガガガガ!
風魔剣の風の刃と違い、金棒に当たっても中々消滅しないハンナの光の槍。
その物凄い威力によって、ウラガンドは金棒で槍を受けるも足を地面に擦らせながら後ろに押しやられた。
一メートルほどウラガンドを後ろに押しやったところで光の槍は消滅してしまったが、あの巨体のウラガンドをそこまで押しやった光の槍の威力はやはり凄い。
ガードに成功したというのに、ウラガンドも信じられないといった顔をしている。
「どういうことだ!
お前のその服、ベアルージュ教のシスターじゃねえか!
ベアルージュ教の神職者は
あの防御壁に今の槍……。
お前、一体何者だ!?」
ウラガンドは動揺した表情でハンナに叫び散らかす。
ハンナの
「ハンナは次期ベアルージュ教の聖女ですからね!
どうですか?
うちのギルドの冒険者は強いでしょう?」
僕は言いながら、ウラガンドにサイドから肉薄した。
動揺しているウラガンドの隙を突いて、脇腹に掌底を入れようとする。
「ちっ……!」
ウラガンドは僕の接近を許しはしなかった。
僕を近づけさせないように、乱暴に金棒を薙ぎ払う。
それを見て、僕はすぐに攻撃を捨てて回避に移る。
雑な薙ぎ払いではあるが、それでも一撃必殺のパワーがある。
そのため、少しでも攻撃をくらう危険があれば退避するしかないのである。
だが、僕の仕事はそれで十分だ。
「
再び、ハンナの光の槍がウラガンドを狙って弾け飛ぶ。
今度は僕に攻撃をした直後だから、金棒で防ごうにも間に合わない。
ウラガンドは仕方なく地を蹴って回避行動にでたが、ハンナの光の槍があまりにも速くて間に合いそうにない。
「ぐっ……!」
ウラガンドの右腕にハンナの光の槍が掠った。
空中にウラガンドの鮮血が飛び散る。
「ナイスハンナ!!」
僕は言いながら、負傷したウラガンドの背に勢いよく走り寄る。
あれほど大胆な回避行動を取ったウラガンドの背中はがら空きである。
僕は腕をばねのように縮ませ、ウラガンドの背中に向かって勢いよく両掌で掌底を繰り出した。
「があぁっっ!!」
僕の掌底くらったウラガンドは、口から血を吐き出して地面に頭から倒れた。
僕はそれを見て勝利を確信した。
身体に心気を放出されたウラガンドは、もう動けまい。
心気の放出はガード不可の技なので、いくらウラガンドの身体が頑丈であろうと相当効くはずだ。
その証拠に、うつ伏せ状態のウラガンドはハアハアと過呼吸かのように息が止まらなくなっている。
僕の心気によって相当心臓にダメージを負ったはずなので、立つことすら難しいだろう。
これで仕事は終わりだ。
あとはウラガンドを僕の魔法鞄に入れてビーク王国に持ち帰れば任務完了だ。
そう思って僕は肩に掛けている魔法鞄を肩から外そうとしたとき。
ウラガンドは倒れながらも仰向けに転がり、こちらを見てきた。
「はあ……はあ……はあ……。
まさか……あんなやばい術者を……抱え込んでるとはな……」
顔を青ざめさせながら僕を睨むウラガンド。
相当、体調が悪そうだ。
「ええ、本当にすごいですよね。
連れてきて正解でした」
正直、ハンナがいなければ勝てるか怪しかった。
ウラガンドは近距離型の冒険者なので、ハンナのような遠距離型の術者には弱いというだけで、僕と一対一であればウラガンドの方に分があっただろう。
僕が思っていた以上にウラガンドの金棒は速く、僕の心気術による高速移動にも対応できていたので、いつあの金棒にやられてもおかしくなかった。
ハンナが隙を作ってくれたからこそ勝てたのである。
とはいっても、A級冒険者であるウラガンドは本来であれば遠距離型の相手との戦い方にも心得があるはずだ。
ハンナの技が初見だったため、ウラガンドは対応できなかったのだろう。
次戦ったら勝てるかは分からない。
僕はウラガンドの言葉に同意するように、うんうんと頷いていると。
「はあ…はあ……だが……お前らの技は覚えた……。
はあ……次は……はあ……負けねえぞ……?」
息を切らしながらも、仰向けで二ヤリと笑うウラガンド。
その笑みを見て、僕はゾクリと背筋が凍った。
「次は……?
今から僕はあなたを拘束して、ビーク王国の騎士団に受け渡すつもりですが……」
僕が言った途端。
ウラガンドはカッと目を大きく見開いた。
「バミスト!
見てるんだろ!
俺様を助けろ!!」
ウラガンドがふり絞るようにして叫んだ。
それと同時に、ウラガンドの寝そべる地面に突如、闇の空間が現れる。
「なっ……!?
その術はまさか……!」
僕は咄嗟に近寄ろうとしたが遅かった。
僕が近づくより先に、ウラガンドはその闇に引きずり込まれるようにして消えていく。
「じゃあな、コット……。
俺様は傷を治したら、魔神を探しに上層へ行くぜ……。
次またお前が立ちふさがったら、今度こそぶっ殺す!」
ウラガンドはそれだけ言い残して、姿を消した。
ウラガンドの身体を包み込んだその闇の空間も、ウラガンドと共に消失したのだった。
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