第五十四話「ウラガンド・スモーキン」

「てめえ……コットか?

 ブラックポイズンを抜けた野郎が、なぜこんなところにいやがる」


 オーク顔の男は、金棒をこちらに向けながら睨む。


「それはこっちのセリフですよ。

 なんでこんなところにウラガンドさんがいるんですか」


 僕はため息交じりに返答した。


 このオーク顔の男は、ウラガンド・スモーキン。

 オークと人間のハーフであり、ブラックポイズンのA級冒険者である。


 なぜ「元」なのかと言えば、冒険者ギルド協会によって降格されて現在はD級冒険者だからである。

 というのも、それは去年ブラックポイズンがライズ王国で起こした暴行事件に由来する。


 ウラガンドは例の暴行事件を起こした当事者なのである。

 去年、ウラガンドはゲイリーら四人を引き連れた五人パーティーでライズ王国の迷宮に潜った。

 その際に、ウラガンドとゲイリーらは迷宮内で冒険者に会う度に絡んでは暴力を振るっていたそうだ。


 しかし、後に逃げ帰った冒険者の暴露により、迷宮内での暴力行為がばれてしまう。

 ライズ王国内で大問題になり、パーティーのリーダーであったウラガンドは多くのライズ王国の民から糾弾された。

 そしてそれは冒険者ギルド協会にも伝わった。


 事態を重くとらえた冒険者ギルド協会は、ウラガンドに処分を下すことにしたのである。

 協会は最初ウラガンドの冒険者として働く権利を剥奪しようとしたが、ブラックポイズン側が交渉したことでなんとか冒険者ランクの降格で手打ちとなった。

 

 ちなみにその交渉をしたのは、僕なのでよく覚えている。

 ボルディアに「ウラガンドの処分を止めてこい」なんて無茶な命令をされて嫌々交渉に出向いたが、何度も交渉を重ねることでなんとか冒険者の地位の剥奪を取り下げさせ、冒険者ランクの降格という軽い処分に済ませることに成功したのである。

 

 だが、せっかく交渉を成功させたというのに、ウラガンドは帰ってきた僕に対して、


「ちっ、降格かよ。

 使えねーなうちのギルド職員は。

 まともに交渉もできねーのか」


 と、文句を垂れてきた。

 僕が交渉しなければ冒険者として働けなくなっていたところだったというのに、自分のしでかしたことを棚に上げたその理不尽な暴言にとても腹を立てたのを覚えている。

 

 できれば二度と顔も見たくなかった相手である。

 まさか、ライズ王国の迷宮内で再会することになるとは。

 暴力行為を起こした当事者であるウラガンドは、出禁になっているブラックポイズンの冒険者の中でも、一番ライズ王国に入国してはいけない人間であると言える。

 ライズ王国側からも警戒されているはずなのに、一体どうやって入国したのだろうか。

 僕はもう呆れることしかできない。



「俺様は魔神を倒しにライズ王国に来た」



 ウラガンドは堂々と言った。

 その清々しいまでの宣言に、僕は再び大きな溜息をついてしまう。


「ウラガンドさん。

 あなたはライズ王国の入国を禁止されているはずですよ。

 それなのに入国すれば、また大きな問題になってしまいますよ。

 今すぐビーク王国に帰ってください」


 僕が諭すように言うと、ウラガンドは鼻で笑った。


「お前に言われんでも分かってる。

 しかし、そんなことは些細なことだ。

 俺様が魔神を倒せば全てが覆る。

 魔神を倒した俺様は、ライズ王国を救った冒険者として賞賛され、A級冒険者に戻るどころか一気にS級冒険者になるだろうな。

 魔神を倒すまでは、俺様はこの迷宮にいるぞ!」


 夢を語るような口調ではなく、大真面目にそう語るウラガンド。

 この人もまた本気で魔神と戦おうと考えている口らしい。


 パストリカさんの予想通りだった。

 こっそりライズ王国に入国して気づかれぬ間に魔神を倒し、倒したら迷宮の外で堂々と「魔神を倒した!」と宣言するつもりなのだろう。

 確かに、そんなことをしたらウラガンドは一気にライズ王国の英雄になるであろうことは想像にかたくない。

 

「……ウラガンドさんがやりたいことは分かりました。

 しかし、僕はそれを許すことはできません」

「ああ?」


 ウラガンドは殺気の籠もった視線を僕に向ける。

 だが、僕は臆することなく胸を張ってウラガンドを真っすぐ見返す。


「僕はビーク王国の騎士団に依頼されてここに来ました。

 依頼内容はブラックポイズンの冒険者がライズ王国内の迷宮に不法入国しているらしいから、もしいたら捕獲しろとのことでした。

 なので僕は今からウラガンドさん、あなたを捕獲します」


 僕は言いながら、両手の平を胸の前で合わせる。

 そして、目を閉じ、身体の隅々にまで感覚を研ぎ澄ませる。

 心気術の準備である。

 

 この動作が心気術の予備動作であることはウラガンドも知っている。

 僕の動きを見て、ウラガンドの目つきが変わった。


「ほう……。

 俺様とやろうってのか。

 舐められたもんだぜ。

 ギルドの職員風情がよお!!!!」


 ウラガンドは叫ぶと同時に、全身の筋肉を膨れ上がらせた。

 巨体のウラガンドがさらに大きくなり、もはや人とは思えないほど化け物じみたグロテスクな見た目になる。

 歯を食いしばり顔を真っ赤にさせて僕を睨むウラガンドは完全にキレている。


「ハンナ。

 僕が前衛だ。

 ハンナは後衛を頼むよ」


 心気術によって心気の解放を終えて身体から湯気が出始めたのを確認した僕は、目を見開いてハンナに言った。


「分かった。

 気を付けてね、コット」


 ハンナは額からだらりと汗を流して、緊張している様子だ。

 あのウラガンドの迫力に気圧されているのだろう。


「僕とハンナが連携すれば大丈夫さ」


 ハンナを落ち着かせるように言ってから、僕はウラガンドの方を真っすぐに見た。


 どうやらウラガンドに襲われていた冒険者たちは、僕とウラガンドが話している隙に逃げたようだ。

 今この空間にはウラガンドと僕とハンナしかいない。

 絶好の捕獲タイミングである。


 僕が心気術で心気を解放したのは、ここで全力を出すためだ。

 D級に降格したとはいえ、実力的にはA級冒険者であるウラガンドを相手なので、全力を出さねばこちらがやられてしまう。

 心気術は使う時間が長いほど使い終わったあと体に反動がくる、いわば諸刃の剣であるが、この絶好のタイミングで使わない手はない。


 僕は風魔剣を片手で持ちながら、ウラガンドを睨む。



「いくぞ!!」



 僕は先手必勝で風魔剣をウラガンドに向かって切り上げながら走り始めた。

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