第五十三話「オーク顔の男」
僕らの探索の調子はすこぶる良かった。
罠を掻い潜りながらモンスターをどんどん倒し、まだ迷宮に潜って三日ほどしか経っていないというのに、既に
そのため
なぜなら下層は三層の中で最も広いエリアであり、道が入り組んでいて迷路のようになっているからだ。
冒険者はその迷路道をどうにか攻略しないといけないわけだが、道中はモンスターや罠が沢山潜んでいるため攻略の難易度は高い。
大抵の冒険者は、その途方もない入り組んだ道のせいで迷子になってしまい、疲弊したところでモンスターに襲われ、下手をすれば死んでしまう。
しっかりと準備して望まないと危険な迷宮である。
巷では熟練の冒険者でも中層に行くのに一か月はかかるなんて言われているので、たった三日で中層に達してしまった僕たちの進行速度はかなり早いと言える。
ちなみに、僕が五年前に初めて
この初回一週間で中層到達という記録は僕の中で密かな自慢だったのだが、あっさりとハンナに破られてしまって少しだけ悔しさも感じていた。
とはいっても、ここまで快進撃が続いているのは僕が五年前に作成した迷宮内の地図が役に立っているからに他ならない。
それに加えて、ハンナが成長したというのも大きな要因になっているだろう。
ハンナが攻撃技の神聖術を覚えたことで、モンスターを倒すのに全く苦労しなかったのだ。
戦術としては、隠密の指輪で気配を消したハンナがモンスターに気づかれないうちに
シンプルな戦術ではあるが、中層から姿を現し始めたB級モンスターにもこの戦術は効果抜群で、僕たちは全くの危険なく中層を進行できているのである。
「ふんっふんっふん~♪」
ハンナなんて、危険な迷宮の中だというのに鼻歌なんかを歌いながら、まるで散歩でもするかのように足取り軽く進んでいる。
もう少し周りを警戒してほしいものだが、ハンナのこの調子は今に始まったことではないので注意しても仕方がない。
三日前の夜にハンナに告白をされたときからだ。
僕はあのとき、ハンナに「嬉しい」と返してしまった。
それがかえってハンナを誤解させてしまったようだ。
たまにチラリとこちらに向けてくるハンナの視線は、目をキラキラとさせて何かを期待したものがあり、それを見るたびに僕の胸はズキズキと痛む。
なぜなら、ギルドに帰ったら僕はそんな彼女の期待を裏切らなければならないからだ。
彼女を傷つけると分かっているが、それでも僕はギルドに帰ったら伝えるつもりだ。
ハンナのことはあくまでも親友として好きであるだけで、異性として好きなわけではないということを。
そして、僕はギルドマスターとして自分のギルドの冒険者と付き合うつもりはないということを。
いくらハンナが可愛くて愛らしくても、僕はハンナと付き合うことはできないのである。
ギルドマスターである僕が、ギルドの冒険者に手を出してはならない。
ハンナはあくまで親友だ。
恋人ではない。
僕はズキズキと痛む胸を抑え、頭の中で何度もそう唱えながら通路を進む。
そして、そろそろ通路も抜ける頃合いかというとき。
通路の先から突然、人の声が聞こえてきた。
「や、
同じ冒険者だろ!
なんでこんなことするんだ!!」
聞こえてきたのは男の悲痛な叫び声だった。
その喉を震わせた声から、危険な状況であることがすぐに分かった。
僕とハンナは即座に警戒態勢を取った。
ハンナは先ほどまでのご機嫌な鼻歌を止めて僕の後ろに移動し、いつでも神聖術を出せる準備を整える。
僕は風魔剣を抜き、正眼に構えながら慎重に通路を進む。
すると、通路を抜けた先に何人かの冒険者が相対しているのが見えた。
片方は四人組の冒険者で、全員がボロボロで傷を負っている。
そしてその四人組と対面するようにして、一人の男が立っていた。
「同じ冒険者だぁ?
俺様は、ブラックポイズンの
てめーらライズの雑魚冒険者共と一緒にすんじゃねえよ、馬鹿がよ!」
吐き捨てるように言ったのは、オーク顔の男だった。
口からは大きな牙を生やし、およそ人間とは思えないような黒と緑が混ざったような肌色をしている。
溢れんばかりの膨れ上がった筋肉と三メートルはあろうかという高い身長を見ると、もはや冒険者というよりモンスターにすら見える見た目である。
そして、オーク顔の男は、背に背負っていた金属製の大きな金棒を背から片手で引き抜いた。
それを見て、対面している冒険者達は「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
「俺様はなあ。
迷宮に出たって噂の魔神を探してんだ。
魔神の情報を持ってるなら、生かしてやってもいいぞ」
言いながらオーク顔の男は、金棒を冒険者たちに向ける。
しかし、冒険者達は魔神の情報など持っていないようで、顔を見合わせながら首を横に振る。
そして、一人の冒険者がオーク顔の男を見ながら震え声で呟いた。
「ブラックポイズンのA級冒険者で、金棒を持っているオーク顔の男……。
ま、まさか……あの冒険者殺しのウラガンドか!?」
それを聞いて、ピクリと反応したオーク顔の男。
「ほう。
俺様の名前を知っているか。
ばれてしまったらお前らを生きて返すことはできねーな」
言い終わった瞬間。
オーク顔の男は目を見開いた。
そして、金棒を持っている右腕の筋肉を大きく膨らまし、物凄い速さで対面する冒険者に向かって振り下ろす。
「
叫んだのは、隣にいたハンナだった。
ハンナは冒険者に手を向け、オーク顔の男の金棒から守る様に光の防御壁を張る。
バリンッッッッ!!!!
オーク顔の男の金棒がハンナの光の壁に当たった瞬間。
迷宮内に物凄い轟音が鳴り響く。
光の壁の方を見れば、張られていたはずの光の壁は粉々に割れて消滅していた。
オーク顔の男と対面していた冒険者は驚きで尻もちをついている。
どうやら、金棒の威力を相殺することには成功したようで、なんとか先頭の冒険者を守ることができたようだ。
「誰だ!!!!」
すると、オーク顔の男は冒険者達への攻撃を止めて、通路口にいた僕たちの方を物凄い形相で睨んできた。
その視線は殺気で溢れており、隣のハンナはビクリとして僕の後ろに隠れる。
これはもう隠れていることはできないと判断した僕は、一歩前にでた。
「お久しぶりです、ウラガンドさん」
僕はその顔見知りの元仕事仲間に、ペコリと頭を下げて挨拶をした。
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