第五十二話「晩御飯」

 それからというものの、ハンナの快進撃は続いていた。

 モンスターが現れるたびに神の盾ゴッドシールドで拘束し、神の槍ゴッドランスでモンスターを倒した。

 もはや僕が手を出す必要は無く、道中出てきたモンスターは全てハンナ一人で処理してしまった。


 まだ探索しているのが迷宮の下層であるため、出てくるモンスターはC級のモンスターばかりだ。

 だが、あの威力であればB級モンスターであっても余裕で屠ることができるだろう。


 はっきり言って、今のハンナの実力はB級冒険者レベルに達している。

 堅牢な防御壁を作り上げて相手を拘束するのにも使える神の盾ゴッドシールドと、高火力の遠距離攻撃技である神の槍ゴッドランスは、熟練の魔法使いの魔法と比べても遜色ない。

 その上、ベアルージュ教の神聖術でしか発動できない治癒ヒールまで使えることも加味すると、A級冒険者に認定されてもおかしくない実力かもしれない。


 つい一月ほど前に大樹海を探索したとき、モンスターを見て尻もちをついていた少女がよくここまで成長したものである。

 やはり大樹海や盗賊討伐にハンナを同行させたのは正解だった。

 多少危険ではあったが、そこで得た多くの経験がハンナを成長させたのは間違いない。

 ここまで成長するのは想定外だったが、ハンナが着実に力をつけてくれたことを誇らしく思う。


「ハンナ。

 お疲れ様。

 はい、今日の晩御飯だよ」


 僕は、疲れきった顔でテーブルに突っ伏していたハンナに料理を出してあげた。

 迷宮の中にいると外の景色が見えないので時間が分からなくなってくるが、僕たち冒険者はこういうとき、基本的には疲れたときを夜と判断することにしている。

 ハンナは連戦を重ねて流石に疲れた様子だったので、一旦今日の探索をストップして休息を取ることにしたのだ。

 

 迷宮内のモンスターが比較的少ないエリアに結界の杖で結界を張り、いつものように魔法鞄からテーブルに椅子にランタンなどを取り出して設置。

 そしてハンナが椅子でくつろいでいる間に調理器具などを取り出し、あらかじめ迷宮街で買い込んでおいた食料を使って調理をしたのである。

 ちなみに作った料理は、シュクメルリと言われる鶏肉をニンニクやバターなどと合わせて煮込んだガーリック風味の一品だ。


「ん~、美味し~!

 相変わらず、コットは料理が上手だね~!」


 ハンナは頬を鶏肉で膨らませながら嬉しそうに言う。

 ハンナの口に合ったようでなによりだ。


「今日はハンナが頑張って戦ってくれたからね。

 ご褒美に料理も奮発してみたよ」


 シュクメルリの材料として使っているこの鶏肉は、キャニオンチャッキーというライズ峡谷の奥深くにしか生息しないレアな鶏の肉だ。

 過酷な環境で育っているためか非常に肉付きが良く、よく高価で取引される貴重な鶏なのだが、たまたま迷宮街で売っていたので少し値段は張ったが買ってみたのだ。


「ありがとね、コット。

 私、コットの役に立てたかな?」


 ハンナが嬉しそうに頬をゆるめながら聞いてくる。


「もちろん!

 ハンナのおかげで、楽にここまで来れたよ。

 こちらこそありがと、ハンナ」


 ハンナがどんどんモンスターを倒してくれたおかげで、進行も通常より早かった。

 ここまで全く危険なく進行できているのは、ひとえにハンナのおかげだろう。


「えへへ。

 コットに褒められちゃった」


 ハンナは恥ずかしそうにはみかみながらも、嬉しそうに頬をさらに緩ませる。

 その表情があまりにも可愛らしいのでドキリとしたが、それを紛らわせるべく話題を変える。


「それにしても、あの神の槍ゴッドランスって技。

 物凄いね。

 あの威力だったら、B級モンスターも一発なんじゃないかな。

 流石、ベアルージュ教の神聖術だね。

 ハンナがあんな物凄い技を使えるなんて知らなかったよ」


 僕が言うと、ハンナは首を横に振った。


「ううん。

 私もあんな凄い神聖術は使ったことなかったの。

 でも、どうしても力が必要だったから、頭の中でベアルージュ様に何度もお願いしたんだ。

 『コットの隣に立てるくらいの強い力をください』って。

 そしたら、ベアルージュ様が私の頭の中でささやいてくださったの。

 『健気なハンナちゃんに力をあげるわ』ってね。

 そしたら、いつの間にかあの技を使えるようになってたの!

 ベアルージュ様が、弱い私にお慈悲を与えてくださったんだわ……!」


 ハンナは目を輝かせながら語る。

 それは他の人が聞いたら妄想話としか思えないような意味不明な話だろう。

 神様が自分の教徒に力を与えるなんて、まるでおとぎ話のような話である。

 しかし、実際にベアルージュに会ったことがあり、その超常的な力を見たことのある僕にはハンナの言ったことが真実だとしか思えなかった。


「そっか。

 ベアルージュから力をもらえたのか。

 それは良かったね。

 でも、僕の隣に立てるくらいの強い力か……。

 僕なんて、元ギルド職員ってだけで大して力もないんだけどなあ。

 それにしては、大きな力をもらえて良かったね」


 僕は自嘲気味に笑いながら言うと。

 ハンナは急にムッとした表情をする。


「コットはいつもそうやって自分を謙遜するけどさ。

 私から見たら、コットはなんでもできちゃう英雄ヒーローなんだよ?

 私とほとんど同い年なのに、料理はできるし、モンスターは倒せるし、新しいギルドだって作っちゃうしさ。

 いつの間にか騎士団の団長さんから依頼をもらってきちゃって。

 ロックブラウンのパストリカさんにだって一目おかれてたじゃない。

 コットは、コットが思っている以上にすごいんだよ」


 僕に僕の凄さを真剣に説明してくるハンナ。

 ここまで褒められると、なんだか照れくさくなってくる。


「みんな僕を過大評価してくれてるだけだよ。

 僕なんて、本当にただのしがない元ギルド職員だから……」


 僕が頬をかきながら言うと、ハンナは首を横に振った。


「ううん。

 コットは、ただの元ギルド職員じゃないよ。

 コットは、強くて、優しくて、仲間思いな、ホワイトワークスのギルドマスターだよ。

 私はそんなコットを尊敬してるし、いつかコットに追い付いて、コットの隣に立ちたい。

 だって私は……」


 言いかけたところで、ハンナは語尾をすぼめる。

 しかし、すぐに何かを決心したかのように僕の目を真っすぐに見た。



「だって私は、コットのことが好きだから」



 ハンナは顔を赤くしながらも、はっきりと僕に言った。

 僕のことが好きであると。



「え、ええと……」



 まさか、このタイミングではっきりとハンナに告白されるとは思っておらず、僕は頭の中が真っ白になっていた。

 ハンナが僕のことを好きなのは知っていたとはいえ、なんて返せばいいのか分からない。

 ただ、自分の顔が熱くなってきているのは分かった。



「私がコットのこと好きだと迷惑?」



 僕の戸惑った様子を見て、不安げにハンナは聞いてくる。

 その潤んだハンナの瞳は、とても綺麗だった。

 なんとしても守りたい。

 そんな感情を湧かせる綺麗な瞳である。


「め、迷惑じゃないよ!

 むしろ嬉しいよ!」


 僕はすぐに返した。

 本心である。

 ハンナのような可愛い女の子に好かれて嬉しいという気持ちはあっても、迷惑だと思うことは絶対にない。


 すると、ハンナは目を丸くした。

 そして、段々とハンナは表情を和らげていく。


「えへへ。

 じゃあ、私とコットは両想いだったんだ。

 嬉しいな」


 ハンナは言いながら僕の隣に来て、僕の腕を抱き、僕の肩に頭を寄せてくる。

 ハンナの身体の柔らかい感触が僕の腕に伝わる。

 ハンナの甘い匂いが僕の鼻孔をくすぐり始める。



 まずい。

 このままではハンナに流されてしまう。



 僕の頭がハンナに酔いそうになる寸前のところで、僕の中のギルドマスターとしての理性がそれを止める。


「ハンナ。

 そういう話はギルドに帰ってからにしよう。

 僕らは今、迷宮の中にいて、仕事中なんだ。

 離れてもらってもいいかな?」


 僕はできるだけハンナに視線を合わせないよう俯きながら、ギルドマスターとしての威厳を出すべく低い声で言った。

 すると、ハンナはぱっと僕の腕から身体を離した。


「そ、そうだよね。

 ごめんね、コット。

 こういう話は今する話じゃないよね。

 ギルドに帰ってからにしよっか。

 帰ってから私たちは……えへへ。

 じゃあ私、もう食べ終わったし寝るね!」


 それだけ言って、ハンナは予め用意しておいた簡易ベッドの方に行ってしまった。


 僕の胸のドキドキはハンナが離れてもまだ止まらない。

 危うく流れに身を任せてハンナと結ばれてしまうところだった。

 しかし、ギルドマスターは自分のギルドの冒険者と結ばれるなんて絶対にあってはならない。

 ボルディアと同じ轍を踏む気はない。


 咄嗟に、そういう話はギルドに帰ってからと言ってしまったが、それがかえって期待を生んでしまったようだ。

 僕はハンナの告白を断らなければならない。

 僕はハンナのことは好きだが、それは異性としてではなく親友としてだ。

 そういうことにしなければならない。

 それを帰ったらハンナに伝えなければ。


 頭の中で何度もそれを復唱する。

 僕は肩で息をしながらなんとか平静を保ち、寝始めるハンナの方を見ないようにして再び食事を始めた。

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