第五十一話「ハンナの戦い」

 ハンナは警戒しながら、じりじりとロックゴーレムに近づく。

 僕はその後ろで、何かあればすぐにハンナを助けられるように風魔剣を構える。


 ハンナとロックゴーレムの距離がおよそ五メートルほどになったとき、ついにロックゴーレムがハンナに気づいた。

 いくら隠密の指輪を着けていようと、遮蔽物なしにそこまで近づいてしまえば気づかれてしまうのは必然だ。

 だが、そんなことはハンナも分かっている。

 ハンナはすぐにロックゴーレムに手を向けて呪文を唱え始めた。



「崇高なる慈愛の神、ベアルージュ様。

 どうか、かの者をお守りください。

 神の盾ゴッドシールド!」



 ハンナは神聖術で光の壁を生成する。

 攻撃技の神聖術を持っていないハンナがモンスターに対して唯一できることである。

 しかし一体、神の盾ゴッドシールドだけでロックゴーレムに対してどう立ち回ろうというのだろうか。


 すると、ハンナは光の壁をロックゴーレムの周りにどんどん展開し始めた。

 それに対してロックゴーレムは、得意の強烈パンチで正面の光の壁を破壊しようとする。



 ガンッ! ガンッ! ガンッ!



 ロックゴーレムは何度も光の壁を殴って破壊しようとするが、何度殴っても光の壁は壊れない。

 それも当然だ。

 ハンナの神の盾ゴッドシールドは、A級モンスターである大白鹿の光線を防ぎ切った代物。

 C級モンスターが数発殴った程度で破壊できるわけがないだろう。


 ロックゴーレムが壁の破壊に集中している間に、ハンナはどんどん光の壁をロックゴーレムの周りに展開していく。

 そしてついにハンナの神の盾ゴッドシールドは、ロックゴーレムの身体全体を覆ってしまった。


 遅れてそのことに気づいた様子のロックゴーレム。

 だが、気づいたときにはもう遅い。

 ロックゴーレムは身体を動かそうとするたびに光の壁に阻まれ、いつの間にか自由に動けなくなっていたのである。


「すごいよ、ハンナ!」


 ハンナの神の盾ゴッドシールドは、名前の通り、防御をするために盾として使うものだと思っていた。

 それをあのように、モンスターを拘束するために使うとは。

 僕には全く思いつかなかった素晴らしい応用力である。


 光の壁の堅牢さも考えると、神の盾ゴッドシールドを拘束用に使う効果は絶大だ。

 パワーだけが取り柄のロックゴーレムが、全く身動き取れなくなっているのがその良い証拠である。


「お疲れ様、ハンナ。

 じゃあ、あとは僕が倒すからハンナは下がってて……」


 僕はそう言って、風魔剣を構える。

 攻撃技の無いハンナができるのはここまでだ。

 あとは僕が風魔剣の風の刃で、ロックゴーレムを切り刻めば討伐完了である。


 最後は僕が倒す形にはなってしまうが、ハンナがモンスターを拘束してくれたおかげで危険なくモンスターを倒せるので、半分はハンナの成果だといえるだろう。

 僕はハンナに感謝しながら、風魔剣を振り上げると。



「待って、コット!

 最後まで私がやる約束でしょ!」



 僕が風魔剣を振り上げたのに気づき、ハンナは物凄い形相で叫んだ。

 それを見て、僕は反射的に風魔剣を止める。


「え?

 いやでも、ハンナじゃ……」


 僕が言いかけるのを、ハンナに強い視線で制される。

 ハンナの目はいたって真剣で、一歩も譲らないといった様子だった。

 その今まで一度も見たことがないようなハンナの表情に、僕は少し気圧された。


「わ、分かったよ……」


 僕はそのハンナの圧に負け、再び一歩下がり、渋々風魔剣を下げた。

 

 確かに、今回は全てハンナに任せるという約束ではあった。

 しかし、ここからハンナは何をしようというのだろうか。

 僕には全く分からない。


 すると、ハンナは両手を前にしてロックゴーレムに向ける。


「お願いします、ベアルージュ様……。

 どうか私に、力を与えてください……。

 モンスターを倒せる力を……。

 コットの隣に立てるだけの強い力を……」


 ハンナは両手を前に出しながら目をつむり、ぶつぶつと一人唱え始める。



 ガンッ! ガンッ! ガンッ!



 その間、ロックゴーレムは何度も拘束している光の壁を殴る。

 遠目で見ていても物凄い威力であることが分かる。

 いくらA級モンスターの一撃を防ぎきる防御壁とはいえ、ロックゴーレムのあの強烈な拳で何度も殴られれば、いつかは破壊されてしまうことだろう。

 

 あまり時間はないぞ。

 大丈夫か、ハンナ。


 僕は風魔剣を持つ手に汗をにじませながら、ハンナを見守り続ける。

 ハンナはいまだに同じ体勢で目をつむったままで微動だにしない。

 もし、ロックゴーレムがハンナの拘束を解いたら、もう後ろで見ているのも限界だ。

 僕がハンナを守らなければ。



 バリンッッ!!



 すると、予想通りの最悪な事態が起きた。

 ついにロックゴーレムが、光の壁を一枚破壊したのである。

 そしてロックゴーレムは拘束を抜け出し、ハンナの方を見た。



「まずい!!」



 僕は限界だと判断し、ハンナの元まで走る。

 そしてハンナの前に出ようとしたとき、僕は思わず歩を止めた。


 ハンナの雰囲気が先ほどまでとは違う。

 ハンナの髪色が赤みを帯びている。


 まさか、またベアルージュが顕現したか?

 とも思ったが、ハンナの髪は完全に赤く染まっているわけではなく、ハンナの元の桃色の髪と赤く染まった髪が混ざってる状態だった。


 これはどっちだ?

 どうするべきだ?


 僕はゴクリと生唾を飲み、そのハンナの異様な雰囲気を見守っていると。

 ついにハンナが閉じていた目を開いた。


「崇高なる慈愛の神、ベアルージュ様!

 どうか、私に武器を与えてください!

 神の槍ゴッドランス!」


 ハンナが大声で唱えた。


 次の瞬間。

 ハンナの両手から一本の光の槍が現れた。

 その太くて長い光の槍は、ハンナの手の平の前で浮く。


 あの槍には見覚えがあった。

 大樹海でベアルージュがゲイリー達を殲滅したときに放った槍にとても似ている。

 あのときベアルージュが放った槍に比べれば一回りも二回りも小さいが、それでも一般的な槍のサイズよりは大きい。


 ハンナがロックゴレームに手を向けると、手の動きに合わせて光の槍もロックゴレームの方を真っ直ぐ向いた。

 ロックゴーレムがハンナめがけて突進しているが、ハンナに焦る様子はない。



「さよなら」

 


 ハンナがつぶやいた瞬間、浮いていた光の槍がロックゴーレムに向かって目にも留まらぬ速さで一直線に弾け飛んだ。



 ズドォォォォォォン!!



 一直線に進む光の槍はロックゴーレムの胸部に命中した。

 物凄い轟音とともに、光の槍はロックゴーレムの胸部に大穴を開けて貫通し、ロックゴーレムの後方の岩の壁に深々と刺さった。

 それと同時に、ロックゴーレムは動きをピタリと止め、数秒した後、バタリと倒れたのだった。

 

 ハンナの勝利である。

 僕はその一瞬の出来事に唖然としながらハンナの方に目を向けると、ハンナの髪色は元の桃色一色の綺麗な髪色に戻っていた。

 

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