第10話
夫と生活している中でずっと考えていることがあります。
「幸せとはなんなのでしょうか……」
「また君は難しいことを考えているね」
そう言って笑っていましたが、こうやって私が考えているのは貴方のせいでもあるのです。
夫は昔から『私を幸せにしたい』と言っていますが、私は既にかなり幸せを感じています。この時点でちょっとした矛盾が生じていると思いませんか?
「これは『幸せ』と言ったものに限った話ではないんだけどね。人によって物差しの違う部分だから、アレだから幸せだとかこれだから幸せじゃないとか言える問題ではないんだよ」
「そうですよね。だから分からないんです」
簡単に言ってくれますね。その物差しが私にはないから分からなくなってしまっているのですが。
「ところで貴方は幸せですか?」
「私かい? 私はそうだね……。まあ幸せなんじゃないかな」
「なんだか曖昧ですね」
「そりゃあ定義の無いものだからね、断言するのもまた違うんじゃないかと思ってね」
それは少々ズルくはないでしょうか。曖昧な表現でいいのなら何でも良くなってしまう気がします。
「それに私にとっての『幸せ』の物差しは君だからね」
「私ですか?」
「ああ、そうだよ。私は少なくとも君が幸せであるなら幸せであるからね。それに加えて君が健康だったり、怪我なく生活してさえしてくれていればさらに幸せを感じられるんだよ」
「しかしそれではただ普通に生活しているだけになってしまうのでは?」
「いいんだよそれで。君が普通に生活できていることが私にとっての幸せなんだから」
「そうですか……」
何だかいつも言われていることと大して変わらないはずなのに、変な言われ方をしてせいで違和感があります。
それに私が普通に生活しているだけで幸せだと感じられてしまうのも何だか。
「それはそれでも構いません。ですが私も、貴方が幸せではないと幸せではありませんよ。当然それに加えて健康で怪我なく過ごしてもらわなければ」
「おっと、これは一本取られてしまったかもしれないね」
なぜか高笑いしていましたが、普段のような意味のわからないタイミングではないだけでもまだマシでしょう。
「冗談として言ったわけではありませんよ? 私も貴方と同じというだけで」
「もちろんそれは分かっているよ。ただ、面白いじゃないか。お互いにそうやって思い合えていることなんて現代では珍しいものさ」
「そうですかね?」
「自分にとっての基本だから気がつかないだけさ。実は気がついていないだけで、私たちはかなり幸せなの中にいるのかもしれないよ?」
私は今本当に、幸せの中にいることができているのでしょうか。おそらくそれを自覚することができるのはもっと遠い未来のことなのでしょう。
「さあ、それでは少し散歩にでも行こうか。家の中にずっと籠っていたところで幸せはやってこないからね」
「お供しますよ」
「よし、それでは準備しようか」
小説家の妻 あわせかがみ @awskgm
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