第9話

「夢は夢でしかないんだよ。あまり深く考えないことだね」

 夫は昔、そう言いました。

 初めのうちは『夢のない人だなぁ』と思っていましたが、今ではこの言葉がちょっぴり好きです。ええ、ちょっぴりです。なぜなら少し過激な表現であることは事実ですからね。


「夢のない言葉ですね」

 昔の私は変に素直でしたから、疑問に思ったことはすぐに直接聞いていました。相手が夫だったからという意味もあるのかもしれませんが。

 何気ない会話の中からこういった言葉は出てくることがあるのですが、

「ふふっ、君はこの言葉をそう受け取ったのかい?」

「つまり本来はそういう意味ではないと?」

 私がそう尋ねると、夫は得意げな顔で答えました。

「そうだよ。むしろ世の中にある言葉の中でも、夢のある言葉に分類されるんじゃないかな」

 どうやら夫の中でこの言葉は、私が感じた意味とは真逆の意味を持っているようでした。インパクトの強い言葉でしたから、どんな意味があったのか興味があります。

「それで、どういう意味なんですか?」

「そうだね、それじゃあ簡単に説明しようか。……とは言ってもまったく難しい意味ではないんだけどね」

 夫は得意そうな顔で話し始めました。

「夢は夢でしかないという言葉はまず、夢は夢だと割り切りなさいという意味を経由していくのさ。だからそういった意味では君の受け取り方は間違いではないね」

「あら。それでは間違いではなかったんですね」

「うむ、重要なのはその先さ。夢は夢で割り切ると言ったね。これは夢に期待するなというよりも、夢らしい夢をしっかり見なさいという意味なんだよ」

「夢らしい夢、ですか」

「そうだよ」

 比較的現実主義な夫にしてはメルヘンな言葉でした。

 そんな言葉を使えるのなら、非現実的な話の一つや二つ書いてみればいいのです。

「例えば『大金持ちになって豪遊したい』とか『大好きなものをお腹いっぱい食べたい』とか。現実的に実現可能な物から選ぶ。その中でも実現しにくいもので、なおかつ自分の叶えたい夢だといいね。なぁに簡単さ。自分の欲へ忠実になればいいのさ、あくまでも夢なんだからね」

 ややこしい説明ではありましたが言いたいことはなんとなく伝わりました。

「つまりなんでもいいから夢を持ちなさいということですか?」

「ははは! 意味をまとめるとそういうことだね。結局人間は夢にでも溺れていないと生きていけなんだよ。現実ばかり直視していてもね」

 得意気に話し終えた夫を見て思いました。

 そういえば、この人の夢はなんなのでしょうか。

「貴方の夢はなんですか?」

「私の夢かい? 私の夢は──もう叶ってしまったからね。また何か考えないといけないね!」


 そう言って誤魔化されてしまったので、今日まで私は夫の夢がなんだったのか知るよしもありませんでした。

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