文芸ゲリラ部活動報告

佐藤悪糖🍉

重周波パルスエンジン

 星船とは静かなる棺だ。

 成層圏のはるか彼方、空気の薄い熱圏を、星船は死んだように漂い続ける。はるかなる空で沈黙を保つ死せる船。ただ周回軌道に流されるままに漂うその船からは、決定的に生の気配が欠けていた。

 しかし今日、死せる棺は生を吹き返す。錆びついた船のエンジンに火を入れ直し、今まさに眠りから覚めようとする。

 重周波パルスエンジンの甲高い駆動音が、暗夜の空に鳴り響く。

 星船<アナスタシア>は、三百年に渡る観測任務を終え、今まさに地表へと降り立とうとしていた。


「――っていう始まりなんですけど、どうですか?」


 序文を書き終えた私は、ラップトップから顔を上げる。

 狭いながらも整頓された部室。長机とパイプ椅子。窓枠から差し込む日。そして、隣から画面を覗き込む女――部長は、真剣な眼差しをしていた。


「SFか。また珍しいのに手出したな」

「普段はあんまりやらないんですけどね。今回の企画だと、ある程度画面映えしたほうがいいかと思いまして」

「気にすんなよ、そんなの。面白ければなんでもいい」


 部長はにやりと笑う。面白ければなんでもいい。それは、私たち文芸部のスローガンである。

 モットーよりも攻撃的に、面白さを追求すべし。ゆえに我らが掲げるのはスローガンだ。そう提唱したのは我らが部長であるこの女だった。

 文芸ゲリラを自称する彼女の主義主張は中々に苛烈で、その苛烈さに焼き焦がされて、ただでさえ少なかった部員たちは徐々に顔を見せなくなった。

 今ではこの女につき合っているのは、私くらいのものである。部長と私、あとは幽霊部員ども。それが文芸部の実態だ。


「だが、ツッコミどころはある。星船ってなんだ?」

「熱圏を漂う船ですけど」

「SFは設定が重くなりがちだ。軽くできるとこは軽くしたい。ここ、宇宙船じゃダメなのか?」

「でも、宇宙船にするんだったら、宇宙空間を航行するシーンになるじゃないですか」

「それが?」

「空気がないと、重周波パルスエンジンの甲高い駆動音が暗夜の空に鳴り響かない」

「一描写のために設定作るのやめなー?」


 私はふるふると首を振る。面白ければなんでもいいと言ったのはこの女だ。重周波パルスエンジン、果たしてそれが何なのかは知らないが、文字の響きが気に入ったので私は何が何でも使う気だった。


「まあいい。ゲームは小説と違って絵が使える。文字だけですべてを説明しないといけない小説よりも勝手は効くだろう」


 今回書こうとしている話には、少々特殊な事情があった。

 発端はゲーム部からの依頼だ。新作のゲームを作るにあたり、原案となる短編小説を書いてほしいという話が私たちに持ち込まれた。

 私たちは最新作のモンハンに忙しかったので断るつもりだったのだが、そっと差し出されたフライドポテトのクーポン券を見て気が変わった。確かな誠意には誠意で応える。それが文芸部のやり方だ。


「それで、<アナスタシア>が地上に降り立ってからどうなるんだ?」

「ゾンビの大群に襲われます。<アナスタシア>が任務をこなしていた三百年の間に、地球はわくわくゾンビィランドになってしまいました」

「SFじゃなくてゾンビものかよ」

「<アナスタシア>の乗組員たちは急いで船に引き返し、星船を再起動して地球から脱出します。しかし、乗組員たちの中には感染者が紛れ込んでいて……」

「サバイバルじゃなくてパニックホラーのほうか」

「一見して見分けがつかない感染者が誰なのか、乗組員たちは毎晩話し合うことで突き止めようとします」

「まさか、人狼か?」

「そうこうしているうちに乗組員は全員が感染してしまい、<アナスタシア>に搭載された船舶統括AI<アスクレピオス>は、治療法を求めて大いなる宇宙に旅立ちます。SFです」

「ややこしいわ」


 不評だった。一生懸命考えたのに。

 ぶーっとした顔で抗議する。部長は真顔でボツを告げた。私はより一層ぶーっとした顔になった。うちの部活が幽霊部員だらけになったのは、この女の厳正な審査にも一因がある。


「もっとすっきりできるだろ。宇宙船内に未知のウイルスがまん延したから、治療法を求めて旅に出た、で片付く話だ」

「でも、それだと重周波パルスエンジンが……」

「諦めろ」


 この女にはSFのロマンが足りない。これだから肉の殻に閉じこもる下等人類はダメなのだ。さよなら、私の重周波パルスエンジン。


「そこまでがプロローグになるんだろ。本編はどうするんだ?」

「各地の星々を渡り歩き、海賊や宇宙生物と戦いながら、乗組員の治療法を探します。ゲーム的に言うと、感染度が100%になったらゲームオーバー、みたいな」

「へえ。いいんじゃないか?」

「それで、Shiftキーを押しながらEとIを押すことで、エンジンが点火します」

「……うん?」

「AltとRを押しながら右クリックで右ロール、左クリックで左ロール。Yを二回押すと、この操作がヨーに切り替わります。スラスターの加減速はCtrlを押しながらPageUpとPageDownですね。そして、一秒以内にFIREの文字をタイプすると主砲発射です!」

「まてまてまてまて」


 部長は私を止めた。いいところだったのに。失礼な人だ。


「ツッコミどころが多すぎるんだよ。まず、なんなんだその複雑すぎるキー設定は」

「宇宙船を操ることの難しさを味わってほしくて」

「そうやってユーザビリティを下げるの、大体ウケが悪いぞ」

「じゃあ自爆はAボタンにします」

「そこの操作は! 難しくていいんだよ! Qy@みたいにさぁ!」


 Qy@――古のローグライクで用いられていた自殺コマンドだ。私たち文芸部員は、実のところ小説を書くよりもゲームをしていることのほうが多いので、こういう単語も自然に通じてしまう。モンハン仲間、募集中。


「それに、そもそもあたしたちがキーコントロールを指定する必要もないだろ」

「……!」

「今気づいたみたいな顔すんな」


 ダメらしい。そんなぁ。


「そしてもう一つ、とても大事なことがある」

「まだあるんですか?」

「ゲーム部が使うツールはツクールだ。3Dアクション要素を入れるな」

「彼らならきっとやってくれますよ」

「困らせるな」


 面白ければなんでもいいとか言っておきながら、こういうところで常識人ぶる女だった。いいじゃないか、面白ければ。一瞬にきらめいてパッと散るのが、我ら文芸ゲリラの生き様ってやつだろう。


「とにかく、そういうことすんならSFはボツだ。星船も重周波パルスエンジンもうんこみたいなキーコントロールも、全部ダメ」

「じゃあどうすればいいんですか」

「ツクールなんだから、もっと相性のいい題材あるだろ。ファンタジーとか」

「ファンタジーですか。ちっしゃーねーな」

「今舌打ちした?」


 ファンタジー、あまりにも手垢がつきすぎて逆に難しいのだ。このジャンルから新規性を出そうとするのは、物書きの立場としては中々に勇気がいる。

 まあ、私もちょっとは書いてきた物書きだ。ファンタジージャンルの戦い方も少しは知っている。自信があるとは言わないが、やれることをやってみよう。

 必要なのはぶっ飛んだアイデア。

 そして、一滴の狂気である。



 *****



 もはやハロルドに、勇者になる以外の道はなかった。

 二億四千万、それがハロルドに課せられた借金だ。事業に失敗した父が残した負債に、ホストに狂った母の借金。ハロルド本人の奨学金に、妹の養育費とペットの餌代。それらすべてが降りかかった多重債務者ハロルドに、国王はこう告げた。

 勇者になって魔王を倒せば、すべての借金を免除する。

 そしてハロルドは旅に出た。魔王を倒して世界を救い、すべての借金を踏み倒すために――。


「ふうん……。まあ、悪くはないが普通だな。尖ったものを感じない」

「わかってます。そういう時のためのお手軽万能調味料があるんですよ」

「何をするんだ?」

「かわいい女の子です」


 祖国を抜け出て旅をするハロルドは、道すがら行き倒れた少女を助ける。ハロルドに恩義を感じた少女は胸が暖かくなるような笑みで礼を述べ、そして懐からナイフを取り出した。

 彼女は言う。借金を返さなければ、命をおいて行け、と。


「かわいい女の子がナイフ突きつけてきたんだけど」

「ドキドキしますよね」

「二重の意味でな」


 借金取りの少女を撃退したハロルドは旅路を急ぐ。

 彼の旅路は険しい。なにせ借金取りから逃れながら、魔王を討伐せねばならないのだ。過酷な道のりだが、ハロルドは真面目に働いて金を返すよりはずっとマシだと考えていた。

 働きたくない。何が何でも働きたくない。その一点において、ハロルドの決意は鋼のように硬かった。


「ところでさ、ツクールの勇者ってなんでどいつもこいつもハロルドなんだ?」

「なんででしょうねぇ」


 次の街にたどり着いたハロルドを、一人の少女が待ち受けていた。

 彼女はハロルドの幼なじみだ。ツンケンした態度をしているが、その口ぶりは一人で旅に出たハロルドを心配しているようだった。どうしてもと言うなら手伝ってあげてもいいと、彼女は刺々しさを装いながら申し出る。

 ハロルドは苦笑しつつも少女の申し出を受ける。優しいんだな、と礼を言うと、少女は顔をまっかにして懐からナイフを取り出した。

 べ、別に、あんたのためじゃなくて、お金を返してもらうためなんだからねっ、と。


「おい。ツンデレ幼なじみもナイフ突きつけてきたんだけど」

「彼女も借金取りなので」

「まさか、この話、ヒロイン全員借金取りにする気じゃないだろうな……?」

「そうですよ。ツンデレ幼なじみ系借金取りに、妹系借金取り。あらあらお姉さんな借金取りから、セクシーな女教師の借金取りまで。多種多様なヒロインたちが、あの手この手でハロルドの金と命をつけ狙います」

「最低ハーレムだよ」


 ハロルドは金と命に群がる借金取りを退けながら旅を続ける。

 仲良くなった宿屋の女の子が借金取りだったこともあった。馬車で乗り合わせた踊り子たちが全員借金取りだったこともあった。街を守るために共闘して絆を育んだ魔法使いの少女が、申し訳なさそうにしながらも支払いを求めた時は、さしものハロルドも心が傷んだ。

 数多の苦難を乗り越えて、ハロルドはついに魔王と対面する。当然のように借金取りだった魔王は返済を求めるが、ハロルドは手慣れた様子でスルーした。

 ハロルドは剣を構える。決戦の時が来たのだ。


「ところでこの、勇者を自称する多重債務者にしてニートのハロルドくんさ」

「そう聞くと最低ですね」

「ここまでの旅路でほとんど女の子としか戦ってこなかったわけだけど」

「そう聞くと最低ですね」

「実際のところ強いの?」

「さぁ……」


 懸命に戦ったハロルドだったが、魔王の圧倒的な力の前に膝をつく。

 もはや満身創痍のハロルドに、魔王は冷酷に返済を求める。朦朧とする意識の中、ハロルドの脳裏に思い浮かんだのは、懐かしき父の言葉だった。

 事業に失敗した父は、多額の借金とともにハロルドにあるものを託していた。それは父が生涯を賭して開発した世紀の大発明。革新的すぎるがあまり、剣と魔法の世界では誰一人として使い道を見いだせなかったオーパーツの中のオーパーツ。

 そう。

 重周波パルスエンジンである。


「おい」

「すみません、今いいところなので」


 父の言葉を思い出したハロルドは、荷物の奥底に埋もれていたそれを取り出した。

 そして――!

 重周波パルスエンジンの甲高い駆動音が――!

 魔王城に鳴り響く――!!


「おい!」


 部長は長机をバンと叩く。私はラップトップから顔を上げた。せっかく気分よく書いていたのに、邪魔しないでほしかった。


「なんですか、もう」

「なんで重周波パルスエンジンが出てくるんだよ!」

「出すならここしかないじゃないですか」

「出すな!」


 ピンチからの回想からの大逆転。教科書通りの基本戦術だというのに、部長はえらい剣幕で怒っていた。なぜだろう。天地神明に誓って、悪いことはやっていないはずなのだけど。


「ったく……。オチは確かにアレだったが、それ以外はそう悪くない。話としての筋は通ってるし、ケレン味もある。並ってとこだな」

「手厳しいですね」

「お前ならもっと書けるだろ」


 そんな調子のいいことを言うが、これまで部長が私を褒めてくれたことは一度もない。いつもいつもダメ出しばかりだ。本当に、こんな部長につき合ってやれるのは私くらいのものだった。


「それでこの話、ゲームとしてはどうなるんだ。やっぱRPGか?」

「そこはゲーム部の方々に任せますが、希望を出すならローグライクがいいなと思います」

「へえ。なんでだ?」

「故郷を旅立った勇者は、追っ手から逃げながら魔王のもとを目指します。少しでも立ち止まれば借金取りに捕まってしまう、引き返すことのできない片道の旅です。ローグライクにしたら面白くなりそうじゃないですか?」

「なるほど……。うん?」


 部長は何かに気づいた顔をした。さっと、彼女の顔色が青くなる。


「なあ……。それはちょっと、まずいんじゃないか……?」

「何がですか?」

「ファンタジー……ローグライク……。しかも、『片道』で、『勇者』だぜ……?」

「あ、やばいですね。何がとは言いませんが」

「やばいな。何がとは言えないけど」


 狭い文芸部の部室に、猛烈な死の匂いが漂い出した。外世界からの圧力だ。第四の壁の向こう側にいる「大人」たちを怒らせたら、非実在青少年たる私たちの命はない。


「テコ入れという名の命乞いをします。ジャンルをファンタジーからずらしましょうか」

「大胆な手だな。どうするんだ?」

「ツクールと言えばホラーですよ。ここはやはり、女の子が不気味な美術館に迷い込む話なんてどうでしょう?」

「だから怒られるからやめろって!」

「ブルーベリーみたいな色をした全裸の巨人から逃げ回る話でも」

「さてはお前、名だたる名作に片っ端から喧嘩売る気だな?」


 我ら文芸ゲリラ部員、ラインギリギリのエッジダンスこそが本領である。怒られるか怒られないか、瀬戸際で踊る瞬間こそが最高に生を実感できるのだ。


「とにかく、どうすんだよこれ。これでゲーム部に投げるわけにはいかんだろ」

「二連ボツはメンタル死んじゃいますよぅ。書き直すなら部長がやってください」

「ここまでやって横から持ってったら、お前怒るだろ」

「それはそうですけど」


 なんと言われようと、今日はもうこれ以上書く気はなかった。一日に使える創作力には限界があるのだ。あんまり無理をすると次の日に響いてしまう。


「もういいじゃないですかー。続きは明日にして、今日はもう遊びましょうよ。私、モンハンしたいです」

「お前な……。そんな適当なことやってるから、うちらゲーム愛好会とか呼ばれてんだぞ」

「今日一文字も書いてないヒトに言われたくないです。ほらほら、メル・ゼナ行きますよ」


 ラップトップを閉じ、スイッチを引っ張り出す。私がこうすると、しぶしぶ部長が乗ってくれるのが常だった。こいつ、これで結構ちょろいのだ。

 しかし、今日の部長はそうではなかった。


「これ。締め切り、今日までなんだよな」

「……は?」


 締め切り。

 それは、我々文芸部にとって、世界の終わりよりも恐ろしいものである。


「へ……へ? いや、え、嘘ですよね? そんなこと言ってなかったじゃないですか」

「今朝、ゲーム部のヤツから連絡が来た。今日中になんとかしてもらえるかと」

「それオーケーって言っちゃったんですか!?」


 部長は苦々しい顔で、カバンからとってもかわいいポッチャマのぬいぐるみを取り出した。


「こんなもん渡されちまったら、頷くしかないだろ……!」

「それで買収されたんですか!?」

「だってさぁ! この子がうちの子になりたいって言ってたんだよぉ!」

「わー! しかも自分のものにしようとしてた! ずるい! 汚職だ! 着服だ!」


 私たちはポッチャマをめぐってぎゃあぎゃあと喧嘩した。確かに私はモンハンが好きだ。しかしポケモンも好きなのだ。その二つに比べれば文芸はそんなに好きじゃない。だって、一生懸命書いたのにボツされるし。

 無意味な喧嘩をすることしばらく。やがて部長は、苦渋の決断でポッチャマを私に差し出した。


「それはやる。だから、もうちょっとだけ頑張ってくれないか」


 そんな風に懇願されても、私にはもうこれっぽっちもやる気が残っていなかった。

 経験上、こういう時に無理に書いたって生み出されるものは駄文だけ。そんなものをいくら書き連ねたって、全部ボツになるのがオチである。


「……わかりました。だったら、いっそのこと逃げちゃいませんか?」

「逃げる?」

「はい。締め切りから逃げるのは、物書きの嗜みみたいなものですから」


 それは物書きの最終手段であり、最終と呼ぶには常用されすぎている常套手段でもある。

 書けない時は書けない。書かないのではなく、本当に書けないのだ。しかしそれが誰のせいかと言うと、紛れもなく自分のせいなので言い訳のしようもない。そうしてにっちもさっちも行かなくなった時、物書きはいよいよもって逃げだすのである。


「そうするしかないかぁ……」


 部長は諦めたようにため息をつく。やはりこうして頼むと、なんだかんだで乗ってくれるのが部長である。ちょれぇわ。


「一つ、私に考えがあります。聞いてください」

「マックに逃げてモンハンする、とかじゃないだろうな」

「……セカンドプランも用意してます」

「おい」


 先回りで潰されてしまった。残念。メル・ゼナ、手伝ってほしかったんだけどなぁ。


「ここは文芸部らしく行きましょう。かの梶井基次郎はレモンを爆弾に見立てました。ならば文芸の末席の末席の末席にいる私たちは、偉大なる先人に倣ってポケモンを見立てます」


 私はポッチャマを手に取った。この子には悪いが、私たちの文芸的ゲリラ活動の片棒をかついでもらう。


「爆弾にするのか」

「いいえ、まさか」


 長机にぬいぐるみを設置する。かわいいかわいいポッチャマを爆弾にするなんて、そんなマネはとても。


「これは、重周波パルスエンジンです」


 重周波パルスエンジンの甲高い駆動音が、文芸部室に鳴り響く。

 宇宙空間へと飛び立ってゆく部室を想像してほくそ笑みながら、私は家に帰ってモンハンやって寝た。



 *****



 蛇足となるが、事の顛末を簡単に記すとする。

 翌日、朝方四時にのそのそ起きだした私は、眠い目をこすりながら書きかけだった小説を最後まで仕上げた。

 物書きとは不思議なもので、逃げた次の日は異様なほどにやる気が出る。私はこれを創作の非常用電源と呼んでいるのだが、その非常用電源を惜しみなく使いこんで、原稿にきっちりケリをつけたのだ。

 私は文芸よりもゲームのほうが好きだ。だけど、青春を捧げることにしたのは文芸だ。この矛盾を、きっと人は夢と呼ぶのだろう。

 そして朝一番、私はゲーム部の部員に完成原稿が入ったUSBメモリを手渡した。始業するまでは昨日ですよね、なる謎理論を突きつけると、彼は苦笑しつつもUSBを受け取った。私の目に残った色濃いクマを見て、感じるところがあったのかもしれない。

 後日。帰ってきた感想が、これである。


『あなた方がすったもんだの末にこれを書き上げたことは理解しましたが、これをどうやってゲームにすればいいんですか? あと、せめて伏せ字を使おうという配慮はなかったのですか?』


 感想を読んだ部長は渋い顔をした。


「……なあ。お前、一体何を書いたんだ?」


 そういえば部長にはまだ見せていなかったか。私はルナガロンの横腹をランスでちくちく刺しながら答えた。


「あの日の私たちのドタバタ、全部小説にして投げました」


 タイトルは、文芸ゲリラ部活動報告。

 私たち文芸部の無法者が、ただ好き勝手するだけのお話だ。

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