12 満ち欠けのきざはしがつなぐもの

12 満ち欠けのきざはしがつなぐもの


「出発の準備をしなさい」

 真夜中近くなって、おユキさんが静かに言った。

 空には満月が皓皓と輝いている。

 もうすぐ、満ち欠けのきざはしが見えて来るはずだ。

「ありがとう、おユキさん」

「ありがとう、ヤマト親分」

 ルッカとロケロはお礼を言うと、それぞれ苺の鉢植えを大事に両手で持った。

 謎々はぜんぜんとけない。なぜ? なぜ? ルッカとロケロの頭の中は、はてなマークでいっぱいだ。

 でも、もういちど来るぞ。その時、きっと謎を解明してやる。ルッカとロケロは、固く決意していた。

「おっ、あれだ」

 ヤマト親分が呻くように言った。

 満月から、透きとおった金色の光の絹の帯が流れ出してくる。

「気をつけてね」

「きっと、また来るから。おユキさんもヤマト親分も元気でね」

 ルッカが答えた。

 ふたり並んで、満ち欠けのきざはしが降りて来るのを待った。

 やがて、きざはしがアトリエの庭へ向かって音もなく伸びてきた。

「あれっ?」

きざはしに人影が見える。

ルッカとロケロは、身を乗り出して満ち欠けのきざはしを降りて来る人影を見た。

「ルッカのおばあちゃんだあっ!」

 ロケロが叫んだ。

 その声が聞こえたかのように、きざはしの上の人が手を振った。

「ユキ!」

 ユキ? またまた、はてなマーク。

「ルルカ!」

 後ろで声が響いた。間違いなくおユキさんの声だ。

 ルルカ? えっ、えっ、ええっ?

 ルッカとロケロが泡を食っている間に、おユキさんが満ち欠けのきざはしに走り寄り、きざはしからはルッカのおばあちゃんルルカが駆け降りて来る。

 ヤマト親分が、不気味にふふふふと笑う。

 どうなってるの? これはなに? こわいよ。なにがおこってるんだあ?

 駆け寄ったおユキさんとルルカおばあちゃんは、しっかりと抱き合った。

「元気だった、ルルカ?」

「ええ、あなたも元気そうで」

 ふたりは静かに涙を流し、お互いの顔を見た。

「小僧ども」

ヤマト親分が尻尾に巻いたものを、ルッカとロケロの前に出した。

ふたりとも見たとたん、それがなにかすぐに分かった。

「氷輪メール!」

 手紙をひったくると、ルッカとロケロは引きつった眼で手紙を読んだ。


 お元気ですか、私のふるい友だち、ユキ。

 今度、私の孫のルッカとともだちのロケロが、あなたのところへ行ったようです。

 ふたりともお調子者で、枯れた苺の代わりを探しに行ったみたいです。

 でも、決してふたりを甘やかさないでください。

 あの子たちが出発したことに気づかなくて、連絡するのが遅くなってご免なさいね。

 どうそ、あの子たちを宜しくお願いします。

 

 ユキへ

                      月のルルカ


「そんなあ……」

 ルッカとロケロはおずおずと、手を握り合い微笑むおユキさんとルルカおばあちゃんを見た。

「ごめんなさい。その手紙のことは、絶対内緒にしておこうと思ったのに。ヤマト親分って、お節介焼きなんだから」

 おユキさんが困ったように言った。

「じゃあ、じゃあ、おばあちゃんが苺を探しに来た時会ったのは、おユキさんだったの!」

 ルッカが呆れて言った。

「ええ。そうよ」

 軽く言って、ルルカおばあちゃんがふたりをちりっと睨んだ。

「まだ少し時間があるんでしょ?」

「ええ、大丈夫よ」

「お茶を一杯いかが?」

「戴くわ。あの紅茶? なつかしい。あら、スプーンも、いえ、ヤマトも大きくなって。お久しぶりね」

「ルルカ、そのスプーンってのはもうよしにしてくれ」

 ヤマト親分がくすぐったそうに言って、首を縮めた。

 おユキさんとルルカおばあちゃんは軽やかに笑い、ルッカとロケロがいるのも忘れたように、アトリエに入って行った。

「そんな、ずるいよ。ふたりとも何にも言わないなんて」

 ルッカとロケロが半ベソで、力なく文句を言った。

「良いものをみせてやろう」

 ヤマト親分が言って、先に立って歩いていく。

 もう、まだなんかはてなマークがあるの? ルッカとロケロはとぼとぼと歩いていく。

 帰ったら、ぜったい、ぜったいルルカおばあちゃんにたっぷり絞られるぞ。僕たちに秘密で、氷輪メールをおユキさんに出していたなんて。でもしかたない、悪いのは僕たちだ。

 ヤマト親分は、アトリエの玄関を入ってすぐ左の扉を開いた。ルッカとロケロがまだ入ったことのない部屋だ。

「これだ」

 部屋の明かりをつけて、ヤマト親分が言った。

 部屋の奥に一枚の絵が掛けてある。

 女の子と、それから黒い子猫。女の子の背後に描かれているのは。

「月の浮舟」

 ルッカとロケロは絵に近づいて、じっと見つめた。

 〈月のルルカと黒猫スプーン〉

絵の下に題名が付されていた。

 ふたりはがっくり力が抜けてしまった。安心したような、悲しいような、なんだか切ない。

「おばあちゃん、たったひとりで苺を探しに来たんだ」

「俺のじいちゃんのミケロの病気を治したくてさ」

 ふたりはなんだか懐かしい気持ちになって、絵を眺めた。

 夜の風景だけど、暖かい光に包まれ若いルルカおばあちゃんは微笑んでいた。

 あれ? このスプーンて猫の、首のところの白い三日月。

 どこかで見たことがある。

 たしか、ルッカとロケロはそおっとヤマト親分をふり返った。首のところの白い三日月。

「スプーンって」

 ルッカが言いかけたのを、鋭くヤマト親分がおさえた。

「その名前を言うな」

「この子猫、ヤマト親分なんだね?」

 ロケロが聞いたが、ヤマト親分はむっつりして答えなかった。

「判っていても、ルルカとおユキさんは、お前達が自分で苦労して、苺を見つけるのを待ってたんだ。しっかり、ふたりの気持ちを受け取れ」

 違うことを言って、ヤマト親分はさっさと部屋を出て行った。

「ヤマト親分もおユキさんも、二回も苺探し手伝ってくれたんだ」

 ルッカは心がほんわりと暖かくなった。

「いこう、おユキさんとこ」

 ウン、ロケロにうなずいて、ルッカはもう一度じっくりとおばあちゃんの絵を見た。

 食堂の方から、おユキさんとルルカおばあちゃんの愉しそうな笑い声が聞こえてくる。

 青い水の星へ来てよかった。

 ルッカとロケロは、ちょっと大人になった気分で、大股に部屋を出ていった。

ルッカとロケロは、こぼれる笑いのなかで思った。最初になにから話そう?

 満月の光がアトリエの中に流れこみ、銀色に輝くそこはまるで月へ帰ったようだった。

 

         おしまい

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月の民のちょっと不思議な物語 第2章 月のルッカとみどりのロケロ 霜月朔 @bunchilas

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