11 みどりのロケロ
11 みどりのロケロ
おユキさんが、ベッドの背板に枕をはさんでもたれかかっている。
ベッドの脇に、ルッカが立ちヤマト親分はベッドの端にでん、と鎮座している。
ルッカの顔はもう笑いを抑えきれない。にやにやにたあり。顔がへにゃへにゃになってしまう。
三人が帰ってしばらくして、おユキさんは目を覚ましたのだ。
ルッカはちらりとヤマト親分の顔を見て、後ろに隠していたものをさっと取り出した。
「お土産の苺だよっ」
まあ、とおユキさんの顔が嬉しそうに輝いた。
「苺見つかったのね、よかった」
おユキさんはゆっくりとうなずいて、ルッカに微笑みかけた。
「それから、もうひとつすごく楽しいお知らせがあるんだ」
ルッカはまた顔をへにょへにょにして言った。
「なあに?」
おユキさんが首をかしげる。
ベッドのそばの丸テーブルに鉢植えの苺を置くと、
「苺はひとつだけじゃないんだ。そして……ロケロ!」
ルッカが呼んだ。
「まあっ? まあ、まあ、まあ、なんてことでしょ!」
目を丸くして両手を頬にあてたおユキさんが、出てきたロケロを見て叫んだ。
「へ、へっへっへっえ」
ロケロはもじもじしながら、丸テーブルにもうひとつの苺の鉢を置いた。
「素敵なみどりね。ロケロ、もっとよく見せて頂戴」
おユキさんはうっとりして、みどりになったロケロを見ている。
ロケロの照れようったら。もじもじ、そわそわ、嬉しそうで恥かしそうで、どこかへ消えてしまいたいような顔をしている。
「俺たち、この苺おユキさんの庭に植えかえるんだ」
とうとう照れくささに耐えきれなくなって、ロケロが言った。
「あら、どうして? 月へ持って帰るんじゃなかったの?」
おユキさんが驚いて聞いた。
「それが、月の水がなくなっちゃったんだ」
おユキさんの顔が曇った。
「月の水……」言いかけて、おユキさんはあっと声をあげた。
「まさか、私の病気を治すのに、全部使ってしまったの? そうなのね?」
ルッカとロケロは、仕方なくうなずいた。
みるみる、おユキさんの眼から涙が溢れ出て、頬を伝い落ちた。
「ほんとうに、あなた達は。……ありがとう。ちゃんと苺の分を残しておけばよかったのに。ありがとう」
おユキさんは声をつまらせた。
「違うんだ。俺たち、おユキさんに謝らなきゃならないんだ。それにいっぱいいっぱいお礼も言わなきゃならないんだ」
ロケロが必死になって言った。
「僕たち、とってもいい加減な気持ちで苺探していて、みんなに威張ったり苺を特別にたくさん食べたいだけの気持ちで探してて。でも、おユキさんは僕たちの為に一生懸命苺をさがしてくれて、そのせいで、おユキさんが、……病気になって、しまって……」
ごめんなさい、声にならない悔しい思いと恥かしさで、ルッカとロケロは泣き出してしまった。
おユキさんが、そんなふたりをそっと抱き寄せた。
「おバカさんね、ふたりとも。もういいのよ。辛かったでしょう? もういいの。苺は見つかったし、あなた達のお陰で私は元気になれたし。ありがとう、ルッカ、ロケロ」
ルッカとロケロの泣き声が、暗くなっていく夏の終わりの空に流れ出ていった。
おユキさんは、ふたりが泣きやむまで、そっと抱いていてくれた。
「さあ、じゃあ今度は、私があなたたちをびっくりさせてあげる」
おユキさんの眼が、いたずらっぽく笑っている。
なにが起こるのか判らないまま、ルッカとロケロはおユキさんを見あげた。
「ルッカ、その飾り棚のまん中にある、藍色の陶器の小箱を持ってきてちょうだい」
ルッカは言われるままに飾り棚から、小箱を持ってきた。
「今度は眼をつぶって。素敵なものを出して見せるから」
おユキさんはふふふっと笑って、ヤマト親分の方を見た。
ヤマト親分がむくりと起きあがる。
おユキさんはお茶目にヤマト親分にウインクして見せ、陶器の小箱からなにか小さなものを取りだした。
「眼をひらいてもいいわよ」
ルッカとロケロはそっと目をひらいた。
おユキさんの掌にのせられたもの。
これって。月の水の小瓶? そうだよね、どっから見ても月の水の小瓶だ。でももう月の水はない……!……ええっ?
「月の水が、ある!」
今度こそ、ルッカとロケロは頭がこんぐらがって、ぐでんぐでんとでんぐり返しになってしまった。
「これで、苺を持って帰れるでしょ」
ルッカもロケロも、口をパクパクするだけで言葉が出てこない。なんて言っていいのか、どうなっているのかチンプンカンプンなのだ。
「へっ、へええっ?」
ため息ともうなりともつかない声が漏れただけだ。
「苺に水をあげなさい」
おユキさんは、ルッカとロケロの手を重ねると、その上に月の水の小瓶を置いた。
おユキさんが、ヤマト親分にうなずく。ヤマト親分は顔をしかめ、戸惑ったような、もどかしげな困った顔でうなずき返した。
「一緒にやろう」
ルッカとロケロはいっしょに小瓶に手を添えて、苺の上に水を落とした。
空中でふわりとひとしずくの水が浮かび、金色に光ったかと思うと、パチンとはじけて光が広がる。
「ふあぁ!」
金色の光は苺の上にひろがると、すっと光の帯になりきらきらと螺旋を描いて苺の茎を流れ落ちていき、根っこのなかへ消えていった。
「これが、銀砂河の水のちからなんだ」ルッカがうっとり。
「綺麗だよなあ」ロケロもうっとり。
窓の外に、十五夜の満月が青く透きとおった光をなげている。
おユキさんは、ルッカとロケロに最後の御馳走をしてくれた。
炊きたてのご飯にお塩をつけた、塩むすび。
おユキさんがこころをこめて握ってくれた塩むすび。
それは、どんな豪華なごちそうよりおいしく、ルッカとロケロの心にしみとおった。
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