10 ガルザン再び
10 ガルザン再び
ぬるりとした眼が、ルッカとロケロを見ていた。
ほかにもたくさんの馬鹿にした目が、ルッカとロケロを見ている。
それがなにか分かって、ルッカとロケロは土に足がめりこみそうな勢いで止まった。
ヤマト親分がふたりの横に、風のようによってきた。
「ガルザン……」
「よう、遅かったなガキども」
子分を山ほど従えたガルザンが、ケヒョヒョヒョと笑った。
石垣の間に生えている苺は無残に引きちぎられている。
十匹ちかい子分の口には、実がついた苺の株がくわえられていた。
「お前達に見張りをつけておいた甲斐があったぜ。お陰で、先に苺は頂いちまったよ」
ゆったりと余裕を見せて立ちあがったガルザンが、突然わめいた。
「気に入らねえガキどもが!俺を虚仮にするとどうなるか、骨の髄までわからせてやる」
グヘェヘェヘェ……、さも楽しそうにガルザンが笑った。
それから、さっと尻尾をふる。
苺をくわえた子分猫が、さっと走り出し、残りの猫がルッカ達へ向かってきた。
「苺は全部川に捨ててやる」
ガルザンも苺の株をくわえ、全速力で川へ向かって走り出した。
「小僧ども、雑魚は俺が相手する。お前たちは苺を守れ!」
黒い風になって空中高く跳躍しながら、ヤマト親分が叫んだ。
「わかった!」ロケロが走り出す。
「ありがとう!」ルッカも走り出す。
背後で起こる、ギャア、シャアッと言う激しい声を聞きながら、ルッカとロケロはガルザンの後を追った。
ルッカとロケロが川の見えるところまで追って行くと、ガルザンと子分達がずらりと川岸に並んでいるのが見えた。
「ほら、見せてやれ」
ガルザンの合図で、子分達がこれみよがしに苺をひとつずつ川へ捨てていく。
「やめろっ!」
走りながら、ルッカとロケロは同時に叫んだ。
「苦しめ、苦しめ。悔しいかガキども! 俺に逆らうとこうなるんだよ」
子分達が苺を捨て終わったのを確かめ、ガルザンはくわえた苺を高々と掲げて見せ、川へ向かって投げ捨てた。
そのガルザンへ向かって、ロケロが飛びかかっていく。
「ぐわっ!」
ロケロとガルザンが川へ水しぶきをあげるのを横目に見ながら、ルッカも苺の流れて行く方へ思いきり飛びこんでいた。
水にぬれることが大嫌いな猫の子分達は、川岸でおろおろするばかりだ。
冷たい水がルッカを包む。ルッカは必死に泳いだ。川の流れは思ったより早く、苺はどんどん流れていく。
手が届きそうになった苺は、川面に生えている葦の横を流れる時に向きを変え、ルッカの手をすりぬけてしまった。
「くそっ、絶対苺を持って帰る」
心の中で叫んで、ルッカは川に潜り川底を思い切り蹴って苺を追いかけた。
指が苺にふれる。人差し指と中指で苺の葉っぱをぎゅっと挟み、そっと引き寄せると、体の向きを変え、胸の中へ苺を抱きかかえた。
片手で苺を胸に包みこむと、あいた手で川岸の草をつかみ水面に顔を出す。
勢いをつけて、川岸へ這い上がるとルッカは苺を見た。
「大丈夫だ。まだ実がついてる」
ルッカはにんまりとした。
「小僧、ロケロはまだか?」
川上の方でヤマト親分が叫ぶ声が響いた。
ルッカは立ちあがり、当たりを見まわし、川面を覗きこんだ。
「ロケロはまだ出てこないの?」
走り寄りながらルッカは聞いた。
「ああ、まだだ。ガルザンも見えない」
心配げなまなざしで、ヤマト親分は川の上流から下流を鋭く見渡した。
と、ふたりの目の前に、ぬっとガルザンの顔が浮かびあがってきた。
「ガルザン!」
ルッカが叫ぶ後から、川面に水柱が噴き上がり、ガルザンを押しあげて緑の大きな塊が川から跳ね上がってきた。
「いちご、とったぞーっ!」
緑の影が大声で叫んだ。
ルッカとヤマト親分の方へ近づきながら、ロケロはガルザンを川岸の草むらにおろし、手に持った苺を手の上に乗せてかざして見せた。
「ロケロ、ロケロ……みどり……」
ルッカは腰が抜けそうだった。
「どうしたんだ、ルッカ」
「ロケロ、見ろよ、おまえみどりになっちゃった」
ルッカはロケロを指さした。
川から飛び出してきたロケロの躰は、鮮やかな若葉色のみどりに変っていたのだ。
ルッカは驚きのあまり、ほんとうにぺたんと尻もちをついてしまった。
えっ? と自分の躰を見たロケロは、眼玉が飛び出るくらい目ン玉をひんむき、欠伸の三倍くらい口をがくうんと開いたままかたまってしまった。
「み、み、ミ、ミ、ミ・ド・リ……だあっ?」
ロケロが絶叫した。
ぐははははあっ、ヤマト親分の高笑いがビンビン空に響きわたった。
「みどりだ。俺みどりになっちゃったよ」
しげしげとみどりになった自分の体を眺めていたロケロが、ルッカの方へ顔をあげた。
「すごい、すごいぞ。俺、すごいぞ!」
ロケロはその場でびよぅん、びよぅんと飛び跳ねながら、何度も叫んだ。
「俺は砂漠の緑のロケロだあ」
三人は声をそろえて笑い転げた。
こそこそと草の中へ消えていくガルザンにヤマト親分は気づいたが、なにも言わなかった。
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