9 苺の地図
9 苺の地図
ルッカとロケロは、真面目な顔で地図を辿りながら歩いている。その後ろを、ヤマト親分が暢気な顔で歩いている。
ルッカとロケロには、いい加減な遊び半分の気持ちはさっぱりとなくなっていた。
ルッカはヤマト親分がおユキさんが探してきてくれた、苺のメモを見せて言ったことを思い出している。
「この苺、どうする?」
ヤマト親分は、表情を見せない能面のような顔で聞いてきた。
ルッカとロケロは、すぐには答えられなかった。
月の水はもうない。苺がみつかっても、月の水がなければ月に変えるまでに苺は枯れてしまう。月の水があっても、苺がなければ月の水は何の力にもならない。ふたりには返事のしようがなかったのだ。
「お前達が考えていることは判る」
ヤマト親分は尻尾をくるりとまわした。
「小僧ども、いつまでも中途半端なことを考えているのじゃねえぞ!」
ヤマト親分の尻尾が真っ直ぐに天をさし、クジャクの羽根のように広がった。
「苺が見つかっても、月の水がないから無駄だと思っているのだろう。だがな、俺が言ってるのは、苺だの月の水だの細かいことじゃない。そんなものはどうだっていいんだよ。フンッ」
「でも、苺を持って帰っても、月の水を注がないと月ではすぐに枯れちゃうんだ」
ルッカはちょっとムッとしてこたえた。
「そうだよ、その通りだ」ロケロもじれったそうに言った。
なんで僕たちの気持ちが分かってもらえないんだろう。
ルッカとロケロは悲しくなった。
「どうしてそう、自分の気持ばかりを守ろうとするんだ?」
ヤマト親分はがっかりして、大きなため息をついた。
見込み違いだったか、ヤマト親分は首をやれやれと言う風に振った。
「お前たち、おユキさんの気持ちにどうこたえるつもりだ?」
ルッカとロケロははっとして、ヤマト親分を見た。
「月の水があろうがなかろうが、苺が育とうが育つまいが、なぜおユキさんが探してくれた苺を貰いに行かねえ。自分の足で行って、自分の目で確かめようとなぜしない? 心をこめて一生懸命探してくれた人に対する、それが心の礼儀ってもんじゃねえか」
ルッカとロケロは、唇をギュウッと噛みしめて泣くのをこらえていた。ほっぺたを流れる涙が、とても温かく感じた。
「ごめんなさい……ヤマト親分……」
ふたりはかすれた声であやまった。
「俺には、礼も詫びもいらねえ。あとはお前達が自分で決めろ」
アトリエを出てくる時、おユキさんはまだ眠っていた。
秋の気配をかすかに感じさせる涼しい朝の大気のなかで、おユキさんは静かに眠っていた。
おユキさんに苺を見せるんだ。おユキさんが探してくれた苺を。
ルッカとロケロの思いはひとつだった。
「あれだ、二本銀杏だ」
ロケロが右手をゆびさした。
「二本銀杏を右に曲がって、あとは真っ直ぐだ」
ふたりは駈け出した。
嬉しくて勝手に足が動いてしまう。
走って、飛んで、走って、走って。
おユキさんの気持ちが、今のふたりには判った。
ふたりに自分達で苺を貰ってきて欲しかったのだ。
他の誰でもない、自分達の手で。ありがとう、おユキさん!
息を切らして、ルッカとロケロは苺があると言う家の前に立った。
「すみません」
ふたりは声をそろえて、大きな声で呼んだ。
「はあい」
声がして、奥からおじいさんが出てきた。
「なんのご用かね?」
しばらくルッカとロケロを驚いたように見た後、おじいさんが言った。
「僕たち、苺をさがしているんです。あっちこっちさがして、やっとここに苺があるって教えて貰ったんです。お願いします。苺を分けてください」
勢いよく言って、ルッカとロケロはびゅんと頭を下げた。
「……苺は、でももう終わりだよ。葉っぱだけになって、小さな実がついているのがあるかどうか……」
おじいさんは気の毒そうに言った。
「それでもいいんです。僕たち自分で探しますから! お願いします」
ルッカとロケロはもういちど頭を下げてお願いした。
「おじいさん、どうしたんですか? あらあら、この子たちは?」
声を聞いて出てきたおばあさんが聞いた。
「苺が欲しいと言うんだが」
「苺が食べたいんじゃないんです。苺の株を分けて欲しいんです。大切な人に、いちごがあったって見せたいんです」
ルッカの言葉に、おじいさんとおばあさんは顔を見合わせたが、
「いいんじゃないんですか、この子たちがそうしたいって言うんなら」
おばあさんはにっこりと笑い、
「うちの苺でよかったら、好きなだけ持っていきなさい。裏の石垣が苺畑よ。昔からの作り方だから、いまどきの苺みたいに大きくないけどね」
ちょっとすまなさそうに言った。
「ありがとうございます」
ルッカとロケロはきちんとお礼を言うと、家の裏へ駆けだしていった。
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