魔法少女ライラ〜始動篇〜

第1話「ライラ始動」

 月火水木金働いた。

まだ分からないことだらけだから。

不安が僕を占めてしまう。

時々ダメになってしまう。


          SHISHAMO 明日も


 少女は勢い良く起き上がり、寝起きとは思えない機敏な動きで時間を確認する。

しかしこれはいわゆる現実逃避的な確認作業であり望んでいる時間でないことは見るまでもなく分かっていた。

慣れたように急いで制服に着換えてバタバタと階段を駆け下りる。

リビングのドアを力強く開け放ち同時に声を荒らげた。

「お母さん!なんで起こしてくれないの!?」

少女の母は特に振り返らず慣れたように手を動かす。

「起こしたわよぉ。起きないんじゃない。」

この問答もおおよそ毎日のように行われている恒例行事のようなものだ。

「起きるまで起こすの!」

少女は忙しなく玄関に向かい履いた靴をトントンと、二度程爪先を地に叩く。

「気をつけてねぇ!」

「うん!行ってきます!」

少女は快活に玄関を開いて外へと飛び出した。

 毎日ギリギリに起きては急いで学校に向かう。

少し頑張って早く起きれば楽なのにと母は言う。

疲れてるならゆっくりなと父は言う。

しかしこういった光景もある種の平和であり幸せと呼ぶのだろう。

 少女の名は月野 光ツキノ ヒカリ。いわゆる普通の女子高生。

運動は得意で運動部にも負けない運動神経を持つ。

よく部活に入らないかと誘われるがバイトの時間が無くなるので部活には入らない。

勉強はあまり得意ではない。

毎回テストの補修をギリギリで回避するくらいには賢いと自分では言う。

最近隣の席のイケメン君と比較的喋る機会が増えてきた。

バイト先の先輩にもご飯を誘われたりしている。

彼氏はまだいないが恋も順調だと自負する極々普通の女子高生。それが彼女。

彼女はこのまま大好きな人達に囲まれ、好きなアニメや洋服を愛して人生を謳歌する。

そんな平穏な生活をする筈だったし、彼女もその予定だった。

今日、この日までは。


 どうにか朝の待ち合わせ場所に辿り着いた。

「ギリセーフ!だよね?サキ!」

少し息を切らして光はニッコリと笑う。

サキ・・はフゥとため息をつく。

「ギリアウトだよヒカリ。二十分遅れ。」

彼女の名は藤沢 咲フジサワ サキ。光の中学からの親友だ。

「ほら。急がないと遅刻するよ!」

軽く汗を拭けるタオルを手渡し咲は改札をくぐっていく。

「はーい。待ってよ。」

光も後を追うように改札をくぐり電車へと乗り込んだ。


 「お腹空いたー。」

放送部が流し始める今時の曲を合図に昼休みが始まる。

教室で過ごす者はガタガタと椅子を友人の近くに移動させ、そうでない者はゾロゾロと教室を出て行った。

光は咲が椅子を持ってくるのを待って手を合わせる。

「いただきます。」

いつものように弁当を開き食べ始めた。

美味しそうなものがあれば交換し、苦手なものは嫌々口に運ぶ。

話す内容は普通の女子高生らしい最近の事。

「なんかあの俳優浮気したらしいよ。」

「つーかまた起きたって。事故。最近多くね?」

「てかスタバの新作飲んだ?マジうまいよ。」

「そうだあの店。欲しいって言ってた服置いてあった。」

「マジ?行かな。」

これもまたいつも通り。毎日のルーティンのように光と咲は昼休みを楽しみ、終えた。


 終業のチャイムが校内を鳴り響き生徒は各々帰り始める。

今日は咲が委員会の仕事がある為光は一人で昇降口を後にした。

帰る途中野良猫を愛でたり川を見たりとゆっくり一人の時間を楽しみながら歩く。

咲や友達と一緒に歩く時間は好きだが案外一人でいる時間も好きだ。

光は段々と日の落ちる空を楽しみながら家路についた。


 ふと家の近くの住宅街を歩いていると何かが視界に入った。

ソレ・・はまるで小動物のようであり、ソレ・・はまるで未確認生物のようであった。

形容し難いソレ・・は辛うじて自らの意志で動いている事から生物である事は分かる。

フラフラと浮かぶ謎の生物はパタリと倒れ込むように動きを地に止めた。

どうも怪我をしているように見える。

「…………何これ?どうすりゃいいのよ……。」

光は人生で初めて見た生物に驚きを隠せなかった。

しかし不思議と答えは決まっている。

幼い頃からこういった・・・・・類いは見逃せないのだ。

「ふぅ…。」

光は小さくため息をついた。


 「よし。」

親に隠れてそそくさと部屋の毛布に包み、慣れた手つきで治療を施す。

しかし今まで怪我をした動物を拾ったことは何度かあるが未確認生物を拾ったことは無い。

この処置が果たして正しいのか経験値が答えを出せないのだ。

「んー……ん?」

光は未確認生物が持っていた小さな巾着袋に視線がいった。

「何これ?」

特に罪悪感なく光はその巾着袋を開く。

こういう所は度々母に怒られるが一人の部屋では止めるものなどいない。

 光は迷わず袋を開け放った。

「ん?化粧ケース?いやコンパクトか。」

入っていたのは綺麗に装飾されたハート型の可愛らしいコンパクト。

キラキラと輝くその見た目は可愛い物が好きな女子なら興味をそそられる。

何より光は幼い頃からいわゆる魔法少女モノ・・・・・・のアニメは沢山観てきた。

そんな光だったから憧れの体現のようなコンパクトに少し遊び心がでた。

「魔法の力でこのコを治して……!」

しんと部屋に声が消えていく。

「いや、恥ず過ぎる!流石にJKにこれは無理!」

一人で遊んで一人でテンションを上げる。

少し体温が上がったのか熱くなった顔をパタパタと手で仰いでいると突然コンパクトと寝ていた未確認生物が光り輝き始めた。

「うわっ!」

思わず光はコンパクトを投げ尻もちをつく。

未確認生物はキラキラとした光りに包まれて身体を浮かび上がらせた。

そしてゆっくりと目を開けて光と目を合わせる。

「…………。」

「…………。」

短い沈黙が部屋に流れる。

すると未確認生物はウロウロと浮かんだまま部屋を彷徨き始めた。

「ここは……【人間界】?見た所対象の年齢より割と上か………?」

未確認生物は部屋を一周回る。

「しかし力を使えたし……。」

じっと見つめる光など視界に入っていないかのようだ。

「…………。」

勝手に物色を始めたと思いきや挨拶もしない謎の生命体に光も段々とハラが立ってきた。

しかも少し失礼。

光は力強く立ち上がる。

「あ、アンタ何者よ!てか普通は起きたらお礼するもんでしょ!この未確認生物!」

突然捲し立てられて未確認生物は「うわぁ。」と地面に落下した。

いきなり怒られた事に驚いたのか本棚の影に隠れて恐る恐る光を眺める。

「………と、取り敢えずありがとうだロン。」

ピョコっと顔をだす様に若干心が動いたがどうにか悟らせまいと光は顔をつぐむ。

「で?あんた何者よ?まさか妖精とか言わないよね?」

「そのとーり!」

未確認生物はバッと物陰から顔を出し小さい体で胸を張った。

「ボクはマカロン!妖精界の妖精女王より使命をたまわった正真正銘の妖精なのだロン!」

「おお……。」

誇らしげに浮かぶ姿に光は思わずパチパチと拍手をした。

「それで?その使命って何?何しに来たの?」

もう慣れたようにケロッと光はマカロンに聞く。

しかしその慣れた姿にマカロンも不思議そうに体を傾けた。

「な…慣れるの早くないか?ボク的には通報とかされないし助かるけど……。」

「え?ああ……まぁ……。」

光は照れたように顔を逸らす。

実は昔から魔法少女や妖精の存在に憧れていたのもあり沢山の妄想を繰り返してきた。

内心は驚きと喜びでバクバクだが妄想が叶ったという事実で一周回って冷静になってしまったのだ。

 仕切り直すように光はニッコリと笑う。

「まぁ良いじゃん。そんで?何しに来たの?」

少し疑問を残したがマカロンも気にしない事にして話し始めた。

「実はここ最近この【人間界】に度々【悪魔】が現れ始めたのだロン。」

光は首を傾げる。

「悪魔?そんなのニュースにもなってないよ?最近の変なニュースって言ったら……あの変な仮面のヒーローは?もしかしてあれも悪魔!?」

楽しげに食いつく光にマカロンは少したじろぐ。

「そ…そいつは知らないロン。」

首をブンブンと振ってマカロンは仕切り直した。

「最近【人間界】で日本を中心に不可解な事故が多発してる筈だロン。」

光は今朝の咲との会話を思い出し頷く。

マカロンは続けた。

「それが実は悪魔の仕業なのだロン。悪魔のした行いは普通の人間には感知出来なくて不可解な結果だけが残ってしまうロン。」

プカプカと浮かびながらマカロンは光の周りを旋回し始める。

「【妖精界】と【人間界】は協力関係にあるロン。そこで妖精女王は悪魔を【魔界】に返す為に悪魔と戦う戦士を探す任務でボクを【人間界】に送り出したのだロン!」

光の前で動きを止めてマカロンは小さな体で胸を張った。

期待通りの展開になってきた事に光も少しテンションを上げる。

「それで!?その戦士っていうのーーー……。」

話を遮るように床に落ちていたコンパクトが光り輝いた。

それにマカロンは一早く反応して窓の外に視線を向ける。

「悪魔が出た…!」

マカロンすぐさま光るコンパクトを拾い光に手渡す。

「キミ!これで変身して悪魔を退治しに行くロン!」

「え!?変身!?え!え!どうすんの!?」

マカロンは小さな手でポーズを決めてみせた。

「こうやってコンパクトを持って「ドレスアップ!」って叫ぶのだロン!早く!」

光はマカロンに倣うようにコンパクトを持つ。

(ええい!ままよ!)

コンパクトを身体の前に出し光はキリッとポーズを決めた。

「ドレスアップ!」

言葉に反応するようにコンパクトは更に光りを増し、その光りは虹色に輝いて光を包み込む。

虹色の輝きはみるみるうちにドレスを形作っていきその姿は昔憧れた戦う魔法少女のようになった。

「うわ…!スゴ…!」

一人で感極まっているとマカロンは急いで窓ガラスを開け放つ。

「早くするロン!場所はここから南西!すぐ行くロン!」

憧れの魔法少女に慣れた事で完全にハイテンションな光は勢いよく窓を飛び出した。

すると光が思っていた以上の跳躍で身体は空を翔ける。

「うわ!やば!」

身体能力は抜群に上がっておりまるで何でも出来るような感覚に陥った。

「魔法少女……出動開始!」

光は満面の笑みで空を翔けた。


 凄まじい速さで屋根を飛び越えていく光の視界に一瞬目的のものが入り急停止して旋回した。

「いた!あれが悪魔か!」

視線の先で捉えたモノはサイズや見た目は犬の様だが禍々しい雰囲気を放っていた。

そこでは一人の女の子とその母親が襲われていた。

光は移動した勢いのまま犬型悪魔を蹴り飛ばす。

「ギャガ!」

光は犬型悪魔と母娘の前に降り立った。

その少し上空でマカロンは光に指示を飛ばす。

「さっきのコンパクトを持って「ステッキアップ」と叫ぶのだロン!」

言われるがまま光はコンパクトを取り出す。

「ステッキアップ!」

その言葉に呼応してコンパクトは専用のステッキに姿を変えた。

「あとの魔法はイメージ次第!さあ!倒すのだロン!」

光は待ちに待った展開にテンションも最早最骨頂。

勢いに身を任せるままステッキを振るった。

「くらえ!マジカル☆フローズンフラワー!」

ステッキの前方空中に不思議な魔法陣が出現。そこから想像通りの無数の氷が犬型悪魔を包み込む。

「グキがガギ!」

氷は犬型悪魔を包んだまま巨大な花のように変容し爆発するように霧散した。

キラキラと氷の破片が辺りに飛び散る様は実に爽快で美しいものだった。

初めて戦った悪魔を華麗に倒して光は小さくガッツポーズをする。

すると小さな力でドレスの裾が引かれた。

「お姉ちゃん……魔法少女なの!?」

そこではキラキラと目を輝かせる少女がいた。

その母親も突然の事に驚きつつもその戦う姿に目を奪われた様子だった。

光はニコッと笑い少女の頭を撫でる。

「そうだよ!私がいるからには何があっても大丈夫だからね!」

少女は「ふおお!」と楽しげに跳ねて喜んだ。

その母親もペコペコと感謝を示しその場を後にした。

 やり切った感を隠し切れず光はふぅと胸を張る。

「一人の少女の夢を叶えてしまった……。」

マカロンは上空からスゥーと降りてきて光の目線に並ぶ。

「いや…申し訳ないがあと一時間もすればあの娘も母親も全て綺麗サッパリ忘れるロン。」

「え!?なんで!?」

マカロンの言葉に食い気味に光は聞いた。

マカロンはスラスラ答える。

「基本的に【妖精界】や【魔界】はこっちの世界【人間界】とは干渉できない決まりになってるロン。だから【妖精界】の力でどれだけの事をしても誰にも知られる事はないし誰も覚えてないのだロン。」

事実を淡々と話す様に光は「えー…。」と肩を落とす。

しかしすぐに立ち直り姿勢を正した。

「まぁけど人知れず戦うヒーローってのもそれはそれでカッコいいね。」

単純な様にマカロンは肩を落とす。

小さくため息を吐いてマカロンは話を続けた。

「今までも歴史の影に様々な魔法少女が存在したロン。国会の爆破事件を未然に防いだり前代未聞の玉突き事故を起きる前に防いだり……実に色んな事を陰ながら戦ってきた魔法少女が存在するのだロン。」

光は楽しげにうんうんと頷く。

「キミも今日からそんな娘達と同じ魔法少女に選ばれたロン。今まではもうちょい幼い娘が多かったけどまぁ我儘は言えないロン。」

カチンときた光はビシッとマカロンを叩き落とした。

フラフラと浮かび戻ってマカロンは光と目を合わせる。

「まだ聞いてなかったロン。キミの名前は?」

光は楽しげに答えた。

「私は光。月野光。」

マカロンは小さな手で光と握手を交わす。

「よろしくロン。ヒカリ。キミの冠する魔法少女の名は……【ライラ】。キミは今日から〈魔法少女ライラ〉だロン!」

北欧語での【聖なる】を意味する言葉。

光はニカッと笑った。

「了解!よろしくマカロン!」

二人は握手を交わして笑い合った。

始めたての魔法少女に期待を込めて。

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オールレンジャー アチャレッド @AchaRed

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