【声劇台本】ケシカスラー 女2・男1・25分

@aoihitok

ケシカスラー

◎登場人物

三菱かなめ:女。地元の国公立の大学に通う3年生。

コーリン:男。かなめの隣人で幼馴染。同学年。地元の医科大に通う。

トンボ :女。かなめ、コーリンの幼馴染。16歳のときに近所にある十六沼で溺死。



三菱かなめの部屋だった場所にて。4月の夜。世界は消しゴムのケシカスが集まって生まれた怪獣ケシカスラーによって滅ぼされている。開演少し前から大学3年のかなめが、部屋の真ん中にひとりぼっちでただ座っている。部屋の中には、なにひとつモノがない。オープニングから流れていた音楽も次第に音を失っていく。完全な無音。



かなめ 「(声を枯らし絞り出すように)関係ない!」



いつのまにか部屋にトンボがいる。



トンボ 「関係ないの?」

かなめ 「…トンボちゃん?」

トンボ 「部屋真っ暗にして。電気つけたら?」

かなめ 「どうして、」

トンボ 「かなめ、昔もよく真っ暗の中でゲームしてたね。(電気のスイッチを入れるが)あれ?」

かなめ 「…つかないよ」

トンボ 「電球きれてるの?」

かなめ 「電気もガスも水もネットも全部止まった」

トンボ 「払ってないの?」

かなめ 「ううん、」

トンボ 「実家だもんね」

かなめ 「もう誰も居ないけど」

トンボ 「うん」

かなめ 「コーリンのとこも」

トンボ 「うん」

かなめ 「トンボちゃんとこも」

トンボ 「誰もいないんだ」

かなめ 「行ってないの?」

トンボ 「うん。まぁ、でも、」

かなめ 「何しに来たの?」

トンボ 「思ったより驚かないんだね」

かなめ 「驚く元気もないだけ」

トンボ 「声すっごいガラガラ。泣きわめくから」

かなめ 「聞いてたの?」

トンボ 「うん」

かなめ 「カッコ悪いね」

トンボ 「(窓だったであろうところから外を眺めながら)みごとにこの家しか、この部屋しかないね。この辺りは」

かなめ 「もうこの部屋しかないのかもしれないね、世界には」

トンボ 「・・・他のモノがなにも無くなったから、私が見えるようになったのかな」

かなめ 「(いきなりトンボから離れて)・・・連れて行こうとしてる!?」

トンボ 「え?」

かなめ 「みんな、あの怪獣は私のせいだって思ってる、死んだら私あの世で何されるか」

トンボ 「かなめ」

かなめ 「トンボちゃんがいるってことは、やっぱりあるんだよね、あるんだね、死にたい、でも」

トンボ 「かなめ!」

かなめ 「死んだあとも怖い」

トンボ 「しっかりしなさい」

かなめ 「許してください、」

トンボ 「そういうんじゃなくて」

かなめ 「こんなことになるなんて思わなくて、」

トンボ 「聞いてって」

かなめ 「・・・それじゃあ、助けてくれるの?」

トンボ 「・・・」

かなめ 「トンボちゃん、お願い、全部元に戻してよ。ぜんぶ無かったことに」

トンボ 「無かったことに?」

かなめ 「・・・」

トンボ 「あったことを無かったことには出来ない。私が、かなめが一番知ってる」

かなめ 「ごめんなさい、ごめんなさい、」

トンボ 「しゃんとしなさい、三菱かなめ! あなたがあの怪獣を倒すの!」

かなめ 「・・・なにそれ、なんで、私が」

トンボ 「かなめが生み出したものだから」

かなめ 「そんなこと」

トンボ 「気づいてたじゃない」

かなめ 「トンボちゃん、いつから見てたの、私のこと」

トンボ 「ケシカスラーって呼んでた」

かなめ 「・・・」

トンボ 「かなめが生み出したんだから、ちゃんと最後まで面倒みなきゃ」

かなめ 「出来っこない」

トンボ 「出来る」

かなめ 「自衛隊だって敵わなかったの。 核兵器だって効かなかったの、あの子には」

トンボ 「話しかけてみたらどうかな」

かなめ 「話聞いてた?」

トンボ 「お願い、お願い、一生のお願い!」

かなめ 「・・・トンボちゃん、子どもの頃からいっつもそれ」

トンボ 「そしたらかなめは、絶対にやってくれたでしょ」

かなめ 「絶対じゃないよ」

トンボ 「そっか」

かなめ 「・・・それに」

トンボ 「なに」

かなめ 「トンボちゃん、死んでるんだから一生も何もないでしょ」

トンボ 「うん、まあ・・・ でもやっぱり一生のお願い!」

かなめ 「変なの」

トンボ 「かなめが最初に、あの怪獣を見たのっていつ?」

かなめ 「どうしてそんなこと聞くの」

トンボ 「こういうのは、最初が肝心でしょ。それが解れば、倒し方だってわかる。」

かなめ 「・・・コーリンが、久しぶりにウチに来た日。コーリンね、隣なのに、あの時からずっと会ってなかったの」

トンボ 「私が死んだときから?」

かなめ 「・・・うん。・・・コーリンね、昔のまんまだった。『久しぶり』って入って来て。なんかワイドショーの話しをして、町中のピーマンが消えてるなんて」

トンボ 「ピーマン」

かなめ 「それがケシカスラーが最初に飲み込んだモノだったの」

トンボ 「かなめ、ピーマン嫌いだったもんね」

かなめ 「コーリンもそう言ってた。嬉しいだろって。・・・そんなこと言うためにわざわざ来たのって、」

トンボ 「幼馴染にひどい」

かなめ 「興味ないからって追い返したの」

トンボ 「関係あったのにね。ピーマンとかなめちゃんとケシカスラー」

かなめ 「その時はほんとにないと思ってた」

トンボ 「いつ気づいたの?」

かなめ 「コーリン追い返して、イライラして、外でカーステレオガンガン鳴らしてる車走ってて。うるさい、消えろって、」

トンボ 「そしたら、ケシカスラーが現れたんだ」

かなめ 「私は見てないけど。夕方のニュースになってて、その車に乗ってた人が、『生き物に車を食われた』って言ってて。それをコーリンが見てたらしくて」

トンボ 「車をケシカスラーが飲み込むところ?」

かなめ 「『今日は急にごめん』ってライン入ってて、そのあとに大丈夫だったかって。なにがって聞いたら、目の前で車が変な生き物に喰われたの見たって。その時ね、思ったの、」

トンボ 「かなめが『消えろ』って言ったら」

かなめ 「うん、そのものが消えるんじゃないかって。だから、試してみたの。納豆でしょ、ゴミに群がるカラスに、蛙、嫌いだから蛙、あとはね、通学中に毎朝会う、明らかにカツラのおじさんのカツラとか」

トンボ 「かわいそう」

かなめ 「私が消えろって言ったら、どこからともなくあの子が、ケシカスラーがやってきて、どんなものでも練り込んで、飲み込んじゃうの。あのね、近所にすごく高いマンションが出来てて、それ、私の大好きな景色見えなくしちゃうから、だから、それもね、食べさせて、」

トンボ 「ほんとにどんなものでも飲み込んじゃうんだ」

かなめ 「そのたびに少しずつ大きくなっていった。・・・私、少し怖くなったけど、でも、その」

トンボ 「なに?」

かなめ 「うん・・・」

トンボ 「ねえ、かなめが望んだとおりのものをなんでも消してくれるなら」

かなめ 「・・・ずっと考えてたよ。でもね、」

トンボ 「かわいくなっちゃった?」

かなめ 「違うと思う。・・・良いんだよね、トンボちゃん」

トンボ 「なに、それ」

かなめ 「ううん」

トンボ 「やってみよ? ケシカスラーに、ケシカスラー自身を消させてみるの」

かなめ 「・・・うん。どこいるのかな、ケシカスラー」

トンボ 「ケシカスラー、ずっと窓の外にいるよ」

かなめ 「え」

トンボ 「大きくなりすぎて、もう真っ暗にしか見えないけど」

かなめ 「・・・ケシカスラー!! 聞こえる?」



ギョロッとケシカスラーの大きな目玉が現れる



トンボ 「うわっ、でっか」

かなめ 「ケシカスラー! ケシカスラーを、あなた自身を消してください」

トンボ 「・・・コロコロ転がってる。膝抱えてるみたい」

かなめ 「少しずつ、小さくなったりしてない?」

トンボ 「そうは見えないかな」

かなめ 「そう」

トンボ 「ダメか」

かなめ 「うん・・・ねえ、ケシカスラー! 私を(ト言いかけた口をトンボに塞がれ)」

トンボ 「かなめ!!」

かなめ 「なに!」

トンボ 「なに言おうとしたの」

かなめ 「・・・」

トンボ 「あんた、自分をケシカスラーに喰わせようとした?」

かなめ 「それ以外方法は無いって思ってたの。もし、ダメだったら、そうするつもりだった。みんなと同じ死に方のほうが、まだ許してもらえるかもしれないでしょ!」

トンボ 「そんなの絶対ダメ」

かなめ 「トンボちゃんには言われたくない!」

トンボ 「どうして」

かなめ 「どうしてじゃないでしょ。トンボちゃんが―。ねぇ、どうして」

トンボ 「・・・知りたい?」

かなめ 「・・・うん」

トンボ 「ならケシカスラー倒して?」

かなめ 「トンボちゃん」

トンボ 「そしたら教えてあげる」

かなめ 「だから、出来るわけ―」



かなめが振り返るとトンボはいない。代わりにコーリンが立っている



コーリン 「消せないよ。かなめには」

かなめ 「コーリン」

コーリン 「あの怪獣を本気で消そうだなんて思ってないからうまくいかないんだって」

かなめ 「そんなことない」

コーリン 「あの怪獣に命令するのはやめておけって忠告しただろ」

かなめ 「怪獣じゃないの、ケシカスラー」

コーリン 「怪獣だ。世界を滅ぼした悪い怪獣」

かなめ 「神さまだって崇めてる人もいる」

コーリン 「一部だろ」

かなめ 「あのね、私の嫌いなものを消すばかりじゃいけないと思ってたの」

コーリン 「思っただけ」

かなめ 「みんなが困ってるものだって消したよ」

コーリン 「犯罪者とか?」

かなめ 「違う。あれからルール決めたの。人はもう消さないって」

コーリン 「じゃあ何を消したの?」

かなめ 「核廃棄物とか…困ってたでしょ、処理に」

コーリン 「なぁ、かなめ」

かなめ 「みんなのために働かせようと本気で思ってたの。コーリンにも手伝ってもらおうって思ってたよ。目に見えないものはダメで、ケシカスにちゃんと練り込めるモノだけなんだけどね、ほら、コーリンお医者になるから、医療とかで使えるようにならないかなって思って」

コーリン 「かなめ。なにをそんなに消し去りたかったんだ」

かなめ 「え?」

コーリン 「いや、解ってる。さっき人はもう消さないって、」

かなめ 「嫌なことはぜんぶ消せばいいって教えてくれたのは!コーリン、あんたでしょ!」

コーリン 「俺はそうしてしまったことを後悔してた」

かなめ 「は?」

コーリン 「三年経ったんだ。もう解ってるだろ」

かなめ 「…今更、なに言ってんの」

コーリン 「お前の家に行った日は、」

かなめ 「知らない」

コーリン 「なんの日かわかってたんだろ」

かなめ 「知らない!」

コーリン 「ピーマンの話したくて行ったわけじゃない」

かなめ 「忘れたの!!」

コーリン 「ちょうど桜が入ってきたよな、窓から。十六沼の」

かなめ 「知らない!」

コーリン 「十六沼に浮かんだあいつの上にも落ちてた。桜の花びらが」

かなめ 「あいつ」

コーリン 「あいつが、トンボが、あの沼で―」

かなめ 「消えて!!!」



コーリンがケシカスラーに飲み込まれる。それを見ているトンボ



かなめ 「・・・まただ、また」

トンボ 「最初にケシカスラーに消させた人間がコーリンか」

かなめ 「そこからは、早かった。私がケシカスラーの飼い主だってネットで噂になって、私の家とかもバレて、その人たちも消したら、もっと盛り上がって。耐えきれなくなって、それで・・・人が、どんどんケシカスラーに飲み込まれていって、私それをこの窓から見てたの。人が練り込まれていって、塊になって、人間だなんてあっという間にわからなくなって、」

トンボ 「そして、なんにもなくなっちゃった」

かなめ 「・・・トンボちゃんだけは消えないんだね」

トンボ 「元々死んでるからかな」

かなめ 「・・・ごめんなさい」

トンボ 「なにが」

かなめ 「トンボちゃん、イジメられてたのに、なにもできなくて」

トンボ 「庇ってくれてた」

かなめ 「なんとかしなきゃって思ってはいたの」

トンボ 「ラインでいつも励ましてくれてたもん」

かなめ 「それしか出来なかった」

トンボ 「ずいぶん助けられたんだよ」

かなめ 「でも、私が、トンボちゃんを殺した」

トンボ 「聞いて、でも、違うの。」

かなめ 「あの日、トンボちゃんいたのに、聞こえてたのに、ひどいこと言った」

トンボ 「本心じゃないって解ってたし」

かなめ 「どうして」

トンボ 「やまとくんだっけ? かなめ、あの人のこと好きだったんでしょ?」

かなめ 「わかんない」

トンボ 「・・・話合わせただけだってちゃんと解ってたから」

かなめ 「聞かれてるの気づいて、すぐ、ラインして、」

トンボ 「読んだよ。返さなくてごめんね」

かなめ 「電話すれば変わったかな」

トンボ 「変わらなかった」

かなめ 「家に行ったら」

トンボ 「変わらなかったよ」

かなめ 「夜にね、トンボちゃんのお母さんがうちに来て、トンボちゃんが帰ってきてないって。私、コーリンと探しに行って。そしたら、十六沼に、人が浮かんでた」

トンボ 「人じゃなくて、私でしょ」

かなめ 「警察の人もそう言ってた。トンボちゃんのお葬式もあった」

トンボ 「来てくれなかったけどね」

かなめ 「ごめんなさい」

トンボ 「無かったことにしたから」

かなめ 「コーリンがそうしようって言ったの。それまでの私の話もぜんぶ聞いてくれて」

トンボ 「コーリンなりの優しさだったんだよ。生きてるひとを、かなめのことを思って」

かなめ 「私の日記にね、トンボちゃんのことたくさん出てきてた。でも、コーリンと一緒に消したの。ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ消した。変な、空白ばっかりの日記帳が出来た」

トンボ 「三人で遊んだ思い出は、コーリンとかなめの二人だけの思い出。私が生きてきたこと、死んだことも、すべてなかったことになった」

かなめ 「トンボちゃんのことを消したケシカスがね、山のように溜まったの。私とコーリンそれをゴミ箱に入れたよ。忘れよう、忘れようって。でも、コーリン帰ったあと、私、ゴミ箱ひっくり返してさ、そのケシカスを丸めて、トンボちゃんとの思い出が、大きな黒い球になって。私、それを机の中にしまいこんで」

トンボ 「そのケシカスの塊が」

かなめ 「ケシカスラーがね、現れたあと机の中のそれが無くなってた。。・・・ねえ、ケシカスラーって、トンボちゃん、あなたなの?」

トンボ 「違うよ」

かなめ 「トンボちゃんを私が殺したから怪獣に」

トンボ 「かなめ。私が死んだのは、事故。ただの事故だよ。十六沼の水面に落ちた桜がとても綺麗だったから、それを写真で撮ろうとしたの。うまく撮れなくて、近づいて撮ろうって思って、そしたら、足が滑って、」

かなめ 「・・・」

トンボ 「本当」

かなめ 「本当?」

トンボ 「うん。信じて」

かなめ 「・・・」

トンボ 「お願い、お願い、一生のお願い!」

かなめ 「また、それ」

トンボ 「ただの事故。そうじゃなくても、かなめのせいじゃない」

かなめ 「・・・聞いちゃったね。倒してないのに」

トンボ 「本当だ。先にご褒美を与えてしまった」

かなめ 「ありがとう」

トンボ 「ね、かなめ、私ね、かなめのこと好きだったよ」

かなめ 「…うん。解ってた」

トンボ 「だよね」

かなめ 「うん、あの、」

トンボ 「良い!良いの。私死んでるし。ごめん。でも、それを伝えたくて成仏できなかったんだよ。きっと」

かなめ 「伝えられたから、もうさよならなの?」

トンボ 「…ごめん、嘘。私がこの世にいたのはね、かなめとコーリンが私のこと、忘れようとしてたからなんだと思う」

かなめ 「…そう、だよね」

トンボ 「でも、それも許した。私のこと忘れなかった塊が、あの怪獣なんだもん」

かなめ 「ますますケシカスラー倒せないね」

トンボ 「それは違う。倒さなきゃ」

かなめ 「どうして」

トンボ 「・・・倒したら消えちゃう? 私のこと」

かなめ 「そんなことない」

トンボ 「いちばん最初に消したはずなのにね」

かなめ 「本当は、消せなかったの。私にもコーリンにも。消せるわけない」

トンボ 「・・・十六沼のこと覚えてる?」

かなめ 「・・・トンボちゃんが死んだところ」

トンボ 「違う。小さい時の話。よく遊んだでしょ」

かなめ 「コーリンと私とトンボちゃんと。危ないから行っちゃいけないって言われてたけど、うん、」

トンボ 「ねえ、どんなものでも飲み込む沼。…どうしてか覚えてる?」

かなめ 「覚えてる」

トンボ 「あの沼に飲み込ませたらケシカスラーだって」

かなめ 「でも、底なし沼じゃないって、あのお話の続きは私たちが勝手に」

トンボ 「きっとうまくいくよ」

かなめ 「そんなわけ、」

トンボ 「(さえぎるように)かなめ。私は本当はここにいっちゃいけない人なんだ。元の場所にそろそろ返してほしい。解るよね」



かなめ、窓の外のケシカスラーに向かって話しかける



かなめ 「ケシカスラー、トンボちゃんを!! トンボちゃんを消してください!!」

トンボ 「…こっちに転がって来るよ、かなめ」

かなめ 「行こ、」

トンボ 「うん」



二人、部屋の外に出て走り出し



かなめ 「トンボちゃん、ごめん」

トンボ 「うん」

かなめ 「トンボちゃんの悪口言った」

トンボ 「うん」

かなめ 「トンボちゃんのこと、忘れようとした」

トンボ 「うん」

かなめ 「いなくなって、気づいたの」

トンボ 「うん」

かなめ 「トンボちゃんのこと大好きだったよ」

トンボ 「もう遅いよ」

かなめ 「うん」

トンボ 「でも、ありがとう」

かなめ 「そこの角曲がれば、十六沼」

トンボ 「知ってる、かなめ? 十六沼って」

かなめ 「トンボちゃんが教えてくれた」

トンボ 「恋にやぶれた十六の娘がその身を投げたって」

かなめ 「その娘が水の底から引っ張るから」

トンボ 「この沼に落ちたものは、どんなものでも飲み込まれていく底無しの沼」

かなめ 「どんなものでも、この水の底に」



二人、十六沼公園にたどり着く。満開の桜



トンボ 「・・・桜、咲いてるね」

かなめ 「うん」

トンボ 「これは残ってたんだ」

かなめ 「・・・」

トンボ 「かなめ、本当だからね。私はこうして、花びらを取ろうとして、この沼に、落ちたの。こんなふうに」

かなめ 「トンボちゃん、日記帳にもう一度書くから。ずっと覚えてるから」

トンボ 「・・・忘れたって良いんだよ、いつか」

かなめ 「忘れない」

トンボ 「しぜんに忘れていくなら、良いんだよ、かなめ」

かなめ 「忘れられるわけない」

トンボ 「・・・良かった。ありがと」

かなめ 「そんなこと言わないで」

トンボ 「ううん、ありがとう。…さあ、おいで、ケシカスラー」



トンボ、沼の中に落ちていく。それを追って落ちていくケシカスラー。

ケシカスラーに飲み込まれていたものが、ゆっくりとほどけて元に戻っていく。世界に色が、音が戻っていく。



コーリン 「かなめ」

トンボ 「コーリン」

コーリン 「・・・これ(日記帳を渡し)」

トンボ 「うん」



かなめ、日記帳を取り出し、消してしまい空白だったところに、鉛筆でトンボとの思い出をもう一度書き綴る



コーリン 「桜、きれいだな」

トンボ 「うん」



コーリンとかなめ、ふたりで桜を見ている。終

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