12

「今日は皆既月食だそうだ」オジサンがひとりごとのようにつぶやいた。地球が太陽と月の間に入り込んでしまって月は太陽の光を反射することができない。日が沈んだころ僕はオジサンの部屋を出た。

 僕は大きめのカバンを抱えて上野駅の雑踏の中にいた。実家のほうには帰りたくなかったから、南のほうへ行ってみようと思った。オジサンは僕に封筒を差し出した。封筒の中には僕には考えられないようなお金が入っていた。

「もう十分だと思ったんだ。一生かかっても使いきれない稼いだし。オレがやめれば他のヤツが俺と同じだけ稼げる。そうすればまわりの人も少しだけ金持ちになる。俺だけ金を抱えていてもしょうがないだろう。悲しい話だけれど、この世の中金がないとどうにもならない」

「男と女ってかみあわないんだよね」

「男はロマンに生き、女は現実に生きる。使い古された文句だけれど、こいつはどうも間違いじゃなさそうだ」

「この世に本当に正しいことってあるのかな」

「たくさんの人が正しいと思えばそれが真実になる」オジサンはそう言って部屋のドアを閉めた。僕にはそうは思えなかった。夜が更けるまで、僕は上野の街をふらふらと歩いていた。それから人のいなくなった公園に行って、ベンチに寝そべりながら月が欠けていくのをじっと見ていた。月がすべて欠けてしまったあと、淡い光が月のまわりを包んでいた。

 僕は適当なところまで切符を買って、ゆっくりと自動改札を抜けた。振り返ると、改札機の向こうにヒーコが立っていた。

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月の欠けていく日々に 阿紋 @amon-1968

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