♬3 修行に明け暮れる菩薩たち
「なあ
「
向かい合って真剣に語り合う彼らは
狸が休憩がてら食事に入った店に、神妙な面持ちで座っていた先客である。
「いや、解せぬ」
「……?」
「
なんだ、喧嘩か?
といった風にカウンターに腰掛けている狸も聞き耳を立てる。
彼らの目の前に置かれているのはホワイトシチューだ。
「む。要はホワイト・カレーだろう? ココナッツミルクベースのグリーン・カレーの親戚じゃないのか?」
「おい、アンタラ」
しばらく見つめ合っていた
現れたのはこの店の
とびきりの美貌の持ち主! というほどでもないけれど、得も言われぬ迫力を
「いつまでぼさっとしてんだ。俺が作ったものが食えねえってのか?」
「「いえ、滅相もない」」
「人の味覚は食べたものによって変化する。苦手なものでも、食べ方ひとつで好物に変わることだってある。とりあえず騙されてみろ」
ああいった強引さも時には魅力と言えるだろうか。
「でも……」
なおも食わずに食い下がろうとする
張り詰めた空気に耐えられなくなったのか、コツン、と持っていたスプーンを皿に当ててしまったのは狸である。先ほど提供されたばかりの、ほかほかのオムレツの湯気を心ゆくまで吸い込んで、今まさに一刀目を挿し込もうとしたところで手元が狂ってしまったのだ。
だが、そんなことは誰も気にしていない。
そういうわけだから、かの席に話を戻そう。
彼らなりの方法で、
(『悪魔よ、去れ』 超訳:やめておけ、敵に回すな)
それに対し、
(『恐れるな。そなたの願いを叶えよう』 超訳:怖いのか? だがお前の言う通りだ)
互いに印を結び無言で交わした二人の視線を、
「ったく、何やってんだ? これはな、俺のとっておきレシピなんだ、まぁだグズグズする気か?」
明王の
「「南無!(超訳:いただきます!)」」
揃って慎重にスプーンをシチューにひたした。
「「こ、これは……」」
「まさかシチューがライスに合うなんて!」
「カ、カレーがまったく辛くないなんて!」
「「え?」」
「
「何言ってんだ。シチューとカレーは別物だろ」
言葉を失った二人は、もうひと掬いを口に運ぶ。
「カレーが飲み物だとは言い得て妙だと思っていたが、これは白い味噌汁だな」
「シチュー on ライスは外道とでも思っていただろう? そういった先入観を叩き壊すのが俺の趣味なんだ」
「ああ、やられた。コクがあって旨いし、ライスにも合う」
駄々を
「あ、あのう……」
(『恐れなくともよい』 超訳:恐縮ですが)
おずおずと遠慮がちに『
「ホワイトペッパーのほのかな辛みが絶妙で、白い皿から立ち上るナツメグの甘い香気はミルクによく合っています。そして溶かし込まれたチーズが濃厚さに磨きをかけていて……控えめに言ってもチョモランマ。ですが……どこか物足りない。それは私の未熟さ
ああ、と
驚きつつも促されるままに竹筒に刺さった細い栓を抜いた
「白い皿に……白いライス、白いルウ。そして太陽の恵み!」
「まさか。これは……希望?」
「濃厚な口溶けに爽やかな風味が加わって、身体の芯から満たされてゆきます。この風味はカルダモンに、クミン、チリ、そして温州蜜柑の皮――」
「お前ってホント、カレーしか食わないよな」
「む、失敬な。……あれ? そういえば、味噌なんて入ってた?」
「ああ。これをわざわざカレーにするなんて。まあ、アリかもしれないけどさ」
どうもボタンを掛け違えたようなすれ違いが生じているらしく、互いに頭を右に
その時、耐えかねたように
「アンタラ、まだ気づかねえのか? だから騙されてみろって言っただろ」
あー腹いてえ、と
「ま、まさか」
つまり二人は全く別の味付けがなされたシチューを食べていたらしい。
「ご明察。なあ、まだ食えるだろ?」
「「む、無論。望むところ……」」
あらたにテーブルに並んだのは、全く同じ見た目のホワイトシチュー。湯気まで白い。しかし、先程とは逆の中身らしい。
「「南無!(超訳:いただきます!)」」
二人は早速、熱々のシチューを掬った。
「こ、これは……!」
「そっちは隠し味に白味噌を溶かしてある。どうだ?
「いえ、必ずしも辛くなくとも……何よりこのコクと旨味。なるほど、こうした境地も――」
「やっぱりお前も物足りなかったのか?」
「いや、コレはコレで旨い。だが、味変という楽しみ方もある」
二つの皿が空っぽになると、
菩薩の修行が一体どういったものなのかはよくわからないが、彼らは紛れもなく菩薩なのである。
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