習作置き場

k.hiroda

無神教者の信仰

 私にとって彼は最も親しい友だった。だからこそ、私は彼に、まだ誰にも話したことの無い私の秘密を打ち明けようと思った。


 秘密を告白したあの日、私はいつもの喫茶店に彼を呼んだ。

 落ち着いた雰囲気のレトロな喫茶店で、私も彼も気に入っていた。

 猫舌の彼は、いつもと変わらずアイスコーヒーを頼み、私は普段は頼まないメロンソーダをなんとなく頼んだ。

 飲み物が運ばれてきた後は、中々本題に入らないまま、たわい無い話をし続けた。

 結局本題に入ったのは店に入ってから1時間ほど経ってからだった。飲み物は二人ともとっくに無くなっていた。


 私は意を決して、話を切り出した。

「実は今日は大事な話があって呼んだんだ」

 彼は、私の急に改まった態度を見て、ニヤッとしながら、

「なんだよ。大事な話って」

 と答えた。

「まだ誰にも言ったことの無い、自分の秘密のことなんだ」

 私は硬い顔をして、話題の真面目さを示した。

 彼は黙って頷き、話の先を促した。

「実は自分は自分の中の自分だけの神を信じているんだ」

 私は初めて信仰を他人に告白した。ついに私の小さな信仰心は、他人が知るところまで大きくなった。

 告白を聞いて、彼は少し戸惑った表情を浮かべたように見えた。

 私は話を続けて、

「自分の神は自分にしか見えない。だから傍から見ると自分は無神教者にしか見えない。だけど実際は違う。それが自分の秘密なんだ」

 しばしの沈黙。彼は俯き加減で考えている様子だった。

 続けて私は、

「自分は自分の神を布教したいわけじゃない。自分の中の神は自分にしか力を持たないから。ただずっと隠しておくのは不誠実な気がしたんだ。特に君に隠しておくのは」

 そこまで聞いて彼はようやく話し始めた。

「それって要は自分自身を信用しているってことだよね?過去の自分、現在の自分、未来の自分。その全てを肯定するために自分だけの神様を信仰している。この解釈であってる?」

 私は頷いた。

「だったら何も気に病むことは無いよ。僕だって今日はいいことがあるはずって思いながら、毎日家を出ているし、人はそういう風に何かを信じる生き物なんじゃないかな」

 彼はそう言って、私に微笑みかけた。

 彼の言葉が私の腑に落ちた。私の秘密は万人が抱える秘密だった。秘密にしていることに引け目を感じる必要なんて無かった。

 話してスッキリした私は、彼と再びたわい無い話を始めた。


 その日の夜、眠りに就くと私の枕元に神がやってきた。

「彼と付き合うのは、やめなさい。それがお前のためだ」

 神はそう断言した。

「でも彼は私の親友です。私のどんなくだらない話にも付き合ってくれます。呼んだらいつも来てくれます。メッセージにもすぐ返信してくれます」

 私は反論した。

「だからこそ付き合うべきでは無いのだ。彼と付き合い続ければお前は私を見失うだろう。」

 神の声は厳しかった。そして神はこう尋ねた。

「お前は私が人々になんと呼ばれているかを知っているか?」

 私は神のおぼろげな姿を見つめながら、

「自分の中だけの神に名前なんてあるんでしょうか?さっぱりわかりません」

 神の声はあまりに遠くから発せられていて、真意が聞き取れないほどだった。

「私の名前は理性であり、本心であり、精神である。お前が群れれば群れるほど、私の姿と声はおぼろになっていき、やがて私は消え去る。既にお前は彼に毒されて、私の姿を見失いかけている。私の声が届かなくなりつつある」

 神は消え入りそうな声で告げた。確かに神の姿は、彼と付き合う以前より、薄れたように思える。

 神が消えれば私は何も持たない凡人だ。それは困る。

 しかし友が消えれば、私の心の支えは一つ消える。神は私に力を与えてくれるが、癒してはくれない。

 彼は神の代わりに私に力を与えてくれるだろうか?

 

 神を選ぶべきか、友を選ぶべきか、私はまどろみの中で悩みに悩んだ。


 翌朝、目覚めと共に私は決めた。神を選ぶことを。


 それから彼とは疎遠になった。おかげで神の姿はよりはっきりと見え、神の声はより透き通って聞こえる。

 自分の中の神の信仰は、友情と並び立たない。最も親しい友との別れで私が得た教訓だ。

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