「燃え尽きたぜ……真っ白にな……」

 赤ペンの入った模擬試験を持ち帰って、例のごとく復習した。

 翌朝、間違えた個所にしぼって、もう一度問題を解いてみた。

 正答率は九五パーセント。五パーセントなら、誤差の範囲だ。


(数学は、試験期間三日間の二日目――そこがヤマだな)


 その他の科目も、図書室での補習を通じて、見違えるほど自信がついた。


(そこさえ乗り切れば、なんとかなるッ!)


 試験期間は半ドンだというのに、おふくろが弁当をふたつ作ってくれた。


可奈かなでしっかり勉強しておいで、って意味だよな)


 今朝も可奈かなが迎えに来た。

 おふくろが弁当のひとつを彼女に手渡す。

 思いのほか驚いた可奈かなが、心底嬉しそうにお礼を言った。

 おふくろも、娘のようにかわいがっているのかもしれない。


「いよいよだね」

「いよいよだな」


 恋人つなぎをしたふたりが、今日も学校の門をくぐっていく。


 ***


 試験期間は半ドンだから、ラクでいいよね。

 周りのクラスメイトが何気なく口にしたのを聞いた。


(ああ、そうだよな。俺もそう思ってた)


 一年前、いや、ひとつ前の三学期のときの俺が。

 期末試験というモノになんら価値を見出していなかった俺自身が。

 初日の試験を終えて、ぐったりと疲れた気分になるなんて。

 絶対に予想できなかったし、言われても信じられなかったと思う。


「はぁぁ……疲れた、こんなに緊張したの、いつぶりだ」


 机に突っ伏したままの俺に声を掛けてくるヤツがいる。

 この学校セカイで、たったひとりだけ。


青葉あおばくん、お疲れ様」

「サンクス、可奈かな。マジで疲れた」


 隣の教室から地味子じみこが俺の教室に入ってきても、誰も止めない。

 学校一の不良と恐れられた俺と可奈かなが交際している件は公然の事実。

 誰もがもう、当たり前と受け入れている、日常の風景だからだ。


「ん? なんだ」

「どうしたの?」

可奈かな。なんでもいい、とりとめのない話を続けろ」


 ひとつ頷いて。当たり障りのない会話を向けてくる。


「今日の試験どうだった?」

「瞬間的に脳みそを酷使して、甘いモノが食いたい気分」

「ふふふ、そうなんだ」

「明日は俺のちょー苦手な数学だぜ? 集中力もつ自信ねぇや」


 適当に相槌を打ち、肩をすくめつつ、横目で廊下をちらり。

 ハゲ頭の教頭が、ハゲタカのごとく、じろりと凝視してた。


(なんか視線を感じると思ったら、アイツか)


 胸騒ぎがする。

 無事平穏に明日の数学の試験に臨みたかったのに、心がざわつく。


「さて、明日もあるし、今日はさっさと帰ろうぜ。図書室も使えないしな」

「そうだね、帰って試験勉強しよっか」


 その日の午後、俺は可奈かなで翌日の試験対策に明け暮れた。


 ***


 その翌日。

 俺は、大本命「数学」の試験に臨んだ。

 実戦において、装備の信頼性は重要である。

 シャープペンシルは使わず、鉛筆を数本揃えて、アクシデントを防ぐ徹底ぶり。

 試験官の号令がかかる。

 問題用紙を開き、全体を見渡す。

 正答率の高かった問題と、正答率の低かった問題。

 それを見分け、得意な設問の回答を問題用紙の余白に書き込んでいく。

 最初から解答用紙に書かなかったのは、解答欄を間違えるリスク対策。

 短時間で解ける問題を解き切ってから、解答用紙にまとめて転記する。

 この時点で、解答欄の五割強が埋まっていた。


(この手ごたえ、いけそうだ!)


 確信した。

 ひとつ目の奇蹟は確実に達成できる、と。


(着実に、地道に、取れる点数を獲得していくぜ)


 面倒なところは最後に残し、時間をかけて攻略する。

 反復練習を繰り返し、脳みそに叩きこんだとおりに。

 腕時計をチラ見して、時間配分を気にしつつ、設問をひとつひとつ。


(よし、あと五分!)


 試験時間を五分残して、俺はすべての回答を書き切った。

 残り時間を使い、ケアレスミスがないかをチェックする。


(最初に、解答用紙に名前――書いてある。あとは――)

 

 解答欄と回答内容がずれている箇所は――ひとつもない。

 その後は、自分がよく間違えた設問の再チェックに注ぐ。

 緊迫の五分間は長いようで、短かった。

 試験官の号令がかかり、俺は鉛筆を置いた。


(――やり切った)


 解答用紙を提出し終えた時。

 俺は燃え尽きた。真っ白に――。

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