「じゅ、十分……経った、よ、ね……」

 期末試験初日を明日に控えた夜。

 キャプテン・カナの組んだカリキュラムは完璧パーフェクトだ。

 昨日までに、今学期の履修範囲に追いついてみせた。


「よし! 撃墜数、六。エース・パイロットの仲間入りだ!」


 撃墜マークに見立てた★シールが、俺の鞄に増えた。

 小テストで満点を取るごとに、俺はシールを貼った。

 昨日時点で四枚だったシールが、今日六枚になった。


青葉あおばくん、数学だけはダメなんだって言ってたよね。今の気持ちは?」

「もう何も恐くない!」


 なにか死亡フラグを立てた気もする。

 だが、フラグなんぞこの鉄拳で叩き割ってやるぜ。


「今日の最後のコマは、昨日言ったとおり、模擬試験です。試験中は一切の私語禁止だから、私に話しかけないこと!」

「質問でーす。おっぱいさわるのは?」

「もちろん禁止ッ! 一発退場ッ、今日のおさわりも没収ッ」

「マム! イェス、マァム!!!」


 実際の試験時間に合わせた、模擬試験を用意してもらった。

 時間配分を決めておき、得意な問題を先に片づけてしまう。

 残った問題にも優先度をつけて、少しでも点数を確保する。

 理にかなったキャプテンの指導方針を俺は信じ、実行した。


「採点しました。結果は……六十七点」

「おおおおッ! やった、奇蹟だ!」


 今までの二倍を軽く超える点数だった。


「これは奇蹟じゃない、必然だよ。青葉あおばくん。あなたはそれだけの努力を積み重ねてきたの。たった二週間で」


 高揚する俺とは対照に、可奈かなはすこぶるクールだった。


「先生へのインパクトを考えたら、七十点を超えてほしいところね。八十点超えたら上出来。今の青葉あおばくんなら絶対いけるって信じてる」

「よぉぉしッ! 明日も一日がんばるぞい!」

「……ぞい?」


 首をかしげる大天使様を横に座らせて、耳を噛む。

 最終日の小テスト満点を取られる予感があったんだろう。

 最初からノーブラだった。


「じゅ……十分も胸もんで、どこが楽しいわけ?」

「もまれる側の快楽をじっくり植え付けてやるよ」


 一日で小テスト満点二回は初の快挙。

 甘ったるい喘ぎが漏れた。すっかり俺の手に馴染んできた洋梨。

 俺は十分かけて、まんべんなく教官のたわわな果実を堪能した。


「じゅ、十分……経った、よ、ね……」


 とろけた青い瞳に淡いハートが浮かんでいる。

 少なくとも、俺の目にはそう見えたんだ。


「小官には、キャプテンが物足りなさそうにお見受けするのですが」


 口が嫌だと言っても、体は正直なもんだ。

 だが、優秀なキャプテンは任務に忠実であった。


「……あ、明日から本番だからッ……今日は、これでおしまい!」

「マム! イェス、マァム!!!」


 教官の命令に忠実であれ。

 俺は、数学に対する苦手意識を完全に克服した。

 それを、演習ドリルでなく、実戦テストで示さなくてはならないのだから。


「あ、そうだ。ひとつ贈り物がある」


 ラッピングされた箱を俺は差し出した。

 可奈が開封すると、レディースもののチョーカーがひとつ。


「これ……くれるの?」

「ああ。今までお世話になったお礼を込めて」

「ためしにつけてみてもいい?」


 二つ返事で頷く。

 花柄の黒いチョーカー。

 それを首元にかけて、可奈かなが見せた微笑み。


「きれいだ。よく似合ってる」

「ホントに!? ありがとう!」


 今まで見てきた中で、いちばん可愛い素顔だった。

 花の真ん中で黒光りする光沢に映った、俺の笑顔。


「それともうひとつ。これ、渡しておく」


 USBストレージのような外見をしている。

 それは小さなボイスレコーダー。


「俺がそばにいないとき、なにか不穏なことがあったら、なんでもいい。とりあえず録音しておいてくれ」

「……」

「俺がそばにいる限り、可奈を守ってやる。それができない時の保険だ」

「……うん、わかった。ありがとう、青葉あおばくん」


 別れ際にハグをして、頬っぺたに大天使様のキスをもらった。

 明日から三日間――絶対に負けられない期末試験ハード・ミッションが俺を待つ。

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